Noと綴らないで

なつとまと

Noと綴らないで

パラパラ、ギィギィ――


私には大きなそれは大きな秘密がある。

そしてこれはそんな私のつまらない日常を記したもの。


4/4ピアノ調律の日

今日はピアノ調律の日という記念日らしい。

私は1人教室の窓際の席で本を読む。

前の子が話しかけてくれた、が私は軽く会釈をするだけだ。

するとその子は苦笑いをし、そそくさと去っていった。

それを眺めた後、再び本に目をやる。

これが中学3年生、登校初日である。


家に帰りノートを開く。

適当な言葉を並べる。やはり面白くない。

主人公が人と関わらない私なのだからドラマもない。

面白くないのなんて当たり前だろう。


4/10よいトマトの日

人が全くいない公園、ブランコしか遊具のない寂しい公園。

ブランコの上にて私は彼に出会った。

周りがオレンジ色に包まれ、17時の音楽だけが流れていた。

たまたま出会っただけなので、静寂が訪れると思ったのだが、予想は見事に外れた。


俺のことは気にせんでええよ。

彼は笑顔で言って私の横のブランコに座った。いや、気になるわ。


「そりゃごめん」


彼はなぜこんなところに来たのだろう。それも1人で。

私の知る彼は常に周りに人がいる。

いわゆる人気者と言われる様な人だ。

1人になりたい人だけが来る様な公園になぜ。


「俺だって1人になりたいときぐらいあるだろ」


たまには1人になりたいと言った。

そんなにわかりやすいか?私は。

彼は続けて話す。気にせんでええでとは。


友人と一緒にいる自分は本当の自分なんかじゃなくみんなに好かれるように作ったキャラであること。それは人から嫌われることを恐れた結果であること。そんな小さなことを怖がる弱い人間であること。


そんな弱い自分を、本当の自分を誰かに知ってほしいこと。

そしてそんな自分を誰かに好いてほしいこと。


突然のカミングアウト。彼は淡々と話したのだ。

ほとんど初対面の様な私に、ここで出会って1分くらいだろうか。

正直びっくりした。当たり前だ。びっくりする。

もうただのやばい人である。

目やら顔やらで訴える、なぜそれを私に?

彼は言った。絶対に他言しない人だから。


なるほど。意味がわからない。でも当たっていた。

私が他言しない人間であること。

正確に言うと他言出来ない人間である。

だからなんだというのだろう。


そんなことよりもまず、彼が私のことを知っていたことに驚きだ。

私はあることが原因で他人と関わることを避けてきた。

よっていつも1人でいる。


休み時間は本を読み、お昼休みも本を読む。

放課後はというと家でゴロゴロし、気分転換にこの誰もいない、認知すらされていないまるで私のような公園のブランコの上でボーっとする。


そんな存在感の全くない私を知っていたことに驚きだ。

そして突然のカミングアウトにもまだ困惑している。


また話を聞いてくれと言う、色々整理が出来ていないからか反射的に頷いた。

頷いてしまった。彼は笑った。これも作った笑顔なのだろうか。

これが私と彼の関わり始めである。


それからというもの私は彼のことが気になりはじめ、

学校で彼の観察を始めた。我ながら少し気持ち悪いな。


4/12パンの日

どうやら彼は国語が苦手で英語が得意のようだ。

そしてたけのこの里派で、猫派らしい。

私はというと今日も1人本を読む。

彼の観察を続ける。


4/13喫茶店の日

彼の好きな季節は夏らしい。

そして気づいたことが一つ。

彼は周りのことを本当によく見ている。

そして私は今日も本を読む。


放課後、今日はいつもの公園にてまた彼と会った。

彼はくだらないどうでもいい話だけして去っていった。

一体なんなんだろうか。

彼の観察を続ける。


5/16旅の日

大方基本的な情報は集め終わったが、特に面白くない。

普通である。そして気づいたことが一つ。

彼は基本的に笑顔を絶やさない。

だが、その顔はあの時見せてくれた顔とは違う顔である。


私はというと今日は久しぶりに前の人に話しかけられた。

だが今回も私は会釈をするだけだった。


6/11傘の日

席替えがあった。彼と席が隣になった。

何故か少しだけ緊張した。


その日教科書を忘れた。私にしては珍しい。

なので私は教科書なしで授業を受けようとした。

いつもそうして困った試しが無いからである。

というよりも人と関わらない私なのだから当然だ。


右から教科書が伸びてきた。

そのまま彼は何事もないように授業を受ける。

周りは少し驚いたような反応をしていた。


月日は流れ、夏が訪れる。


8/8世界猫の日

ブランコの上にて急に猫の話を始めた。彼が言うには、

猫は自分の死期を悟ると飼い主の前からいなくなると言われているらしく、なんでもその理由は自分の弱いところを飼い主に見せたくないからと考える人もいると。

それに対し彼は長年一緒にいたんだから弱いところくらい見せてくれてもいいのにと。


うん、なんの話だ?そんな話をするために私を外に呼んだのか。

よし、しばこう。と思ったのだが、アイスをくれたので一旦保留にしてやる。


「危ないなぁ、おい」


それから夏休みが終わり、秋が訪れ、少し肌寒い時期となった。


10/6夢を叶える日

そんな時期でも私達はいつものブランコの上で喋る。少し寒い。

彼はいつものようにカイロを渡してくれる。


まさか私がこんな風に誰かと関わる時が来るとは。

人生何があるか分からないものだなと、考えていた今日このごろ。


この日々に突然終わりが見え始めた。


「……」


気づけばあの意味不明な日から半年がたっていた。

私の転校が決まった。ここを離れる日は約1ヶ月後だそうだ。


10/7ミステリー記念日

なんか今日変じゃね?

ブランコの上で彼が言う。さすが。鋭い。

返答に困った私はとりあえず首を横にふる。

毎度思うが、彼は心の中が見えているみたいだ。

そうでなければ私と関わることなど出来ないだろう。


さてどうやって彼に伝えようか。

まさか私が他人へものの伝え方について悩む時が来るとは。

そこで私が選んだものは手紙だった。簡単だ。

引っ越す旨を書いて、楽しかったなどの社交辞令的なものを書いて渡すだけだ。

…文が思いつかない。いや、思いついてはいる。

ただこれでいいのか分からない。


…怖い。


人に何かを伝えるのはこんなにも怖いものなのか。

大きな思いを告白するわけでもない。

ただただ事実を書いて渡すだけだ。

難易度はかなり低いはずだ。


ずるずると時間が過ぎていく。


10/11カミングアウトデー

いつものブランコで彼はいつも通り話す。

恐怖は無知から来るのだと。

昔の人は怖いものをこのように表現する。

地震、雷、火事、親父と。

これら全部いつ起こるか分からない。だから怖いのだと。


毎回思うのだが本当になんの話なんだろう。

ただ今回ばかりはいつものどうでもいい話に助けられた。

どうもありがとう。


「どういたしまして?」


分からないから怖い。

手紙の書き方を調べた。

書き終えた。

これで大丈夫だ!とはならないが、割りとマシな気がする。

後は渡すだけだ…。


11/3文化の日

転校当日。

私はこれから引っ越す。

渡すことは出来なかった。

この手紙は処分することにした。

代わりにこれをブランコの上に置く。

彼は来てくれるだろうか。


……伝えないつもりだったが、やはり後悔しそうなので、ここに自分の思いも全部おいて行く。

ついでに彼の問題解決にも多少役立つようなことをおいて行こう。

それからブランコの上においても間に合うだろう。


最後に。


もう気づいてるかもしれないけれど、ここに私の秘密をおいて行きます。


私は喋ることができません。


私は誰かに何かを伝えることが限りなく難しく、

他人と関わることを諦めていたのです。

あなたと出会うまでは。


私は知りました。喋らなくても人と関わることが出来ることを。

人と関わることが出来ないのは、喋ることが出来ないからではなく、

単に私が他人と関わることを怖がっていたのだと。


本当は口で伝えたいけど、それは私には無理なので、ここに綴ります。


私は弱いあなたが好きです。だから、大丈夫じゃないでしょうか。

そうだ、もしまた会えたときには、私にいつもみたいに喋ってくれますか。


「…」


私はこのノートをブランコの上においた。


――パラパラ、ギィギィ






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