君を愛せないと言われたが、中の人はおっさんです

白羽鳥

プロローグ

「はぁっ、はぁっ、苦しい……誰かわたくしを、ここから出してっ!」


 苦しさのあまり、わたくしはのたうち回りながら悶えていた。部屋に閉じ込められてから数時間、自らが調合した薬の効き目はまだ切れない。


 扉の向こうにいるのは、父がわたくしの護衛にと寄越した騎士の一人で、王国一醜い男だ。浅黒い傷だらけの肌に、一見するとゴブリンかオークのように恐ろしげな風貌をした大男。彼とならば決して間違いを犯す心配はないと言われていたし、わたくしとしても目に入れるだけでも不快だった。

 けれどこの体を苛む熱さと切なさから解放してくれるのなら、化け物にすら我が身を捧げてしまいそうだ……今のわたくしは、そのぐらい追いつめられていた。


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


「君を愛する事はできない」


 式を挙げた日の夜、寝室で準備万端で待っていたわたくしにそう言い放ったのは、夫となる御方――現国王の弟君、アメトリン=リクーム公爵だった。用意されたワインに口をつけたわたくしは、公爵の宣言が理解できずにグラスをテーブルへと戻す。


「何をおっしゃっているの? わたくしたちは本日をもって夫婦となりました。公爵家として民の見本となるよう、わたくしたちには義務がございます」

「ほう……君の言う義務とは、王太子殿下の婚約者となる令嬢に薬を盛り、むくつけき男に襲わせる事か」


 たいした民の見本だな、と鼻で笑われ、サーッと血の気が引いていく。あの計画が失敗に終わり、腹立たしくも王太子殿下の婚約式典が滞りなく行われたのは知っていた。すぐに切り捨てられる貧乏男爵家の娘に恩を売って実行させたのだから、足はついていないはず……


「婚約発表記念式典で、君に脅され薬を盛るよう命じられた侍女が、良心の呵責に耐え切れずにな……全て聞かせてもらった。殿下が心から愛した御方を事もあろうに、男に色目を使って誘惑する毒婦だなどとくだらん妄想で排除する気だったとな」


 あの女!! よりによってアメトリン様に助けを求めるとは!!


「違うのです、公爵……いいえ、旦那様! わたくしはただ、あのよそ者の本性を暴こうとして……そうですわ。それでも旦那様は、わたくしをお選びくださったではありませんか!」


 そう、今日はわたくしとアメトリン様の結婚式。そして今は初夜!!


 王国一の美貌の持ち主、麗しき公爵――幼い頃からずっとずっと好きだった殿下と結ばれなかったのは悲しかったが、彼との結婚が決まったと告げられた時は、時々感じていた視線の意味にようやく気付く事ができた。この御方は、わたくしの事を愛していた……そして殿下はそれを知ったからこそ、泣く泣く身を引きあのようなよそ者に走ったのだと。お二方たっての願いであれば、申し出を受けないわけには参りません。


 だと言うのにアメトリン様は、何故か妻のわたくしを虫けらを見るような蔑んだ目で見下ろしてくる。


「私が君をのは、これ以上野放しにしないためだ。元々権力闘争を起こさせないために、妻を娶る気はなかったからな。君はただのお飾り、でなければ誰がこのような性悪女と……」


 アメトリン様の美しい唇から、次々と毒が零れ落ちてくる。何を、言っているの? 理解できない……


「う、嘘です……アメトリン様は照れ隠しにそのような意地悪をおっしゃっているのですわよね? 妻として、ちゃんと分かって……うっ!」


 ドクン、と心臓が高鳴った。

 これから味わう素敵な一夜に対して反応したのではない。アメトリン様の口が、ニヤリとつり上がった。


「効いてきたか……どうだ? 自分で作った薬の味は」

「ま……さか……」

「ワインに一瓶、丸々入れさせてもらった。己が殿下の婚約者に行おうとした罪を自ら被り、せいぜい一人で苦しむんだな」


 そう言ってアメトリン様は、氷のような冷たい眼差しを投げつけると、わたくしを顧みる事なくさっさと部屋を後にした。


「待って、行かないで……アメトリン様あぁ!!」


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


「はぁはぁ……おのれ、出しなさいよぉっ!!」


 ガンッ、ガンッと体当たりを食らわせるが、扉はびくともしない。


 あれから退室するアメトリン様と入れ替わるように醜い大男が入ってきて、わたくしを後ろ手に縛り上げた。


「痛いっ、やめて放しなさい下郎! 汚い手でわたくしに触れた事、お父様に言いつけるわよ!」


 この縄を解けと、精一杯睨み付けながら抵抗するわたくしだったが。


「黙れ! その団長から直々に、娘が暴走するなら容赦するなと言われてるんだよ!!」


 怒号をぶつけられ、わたくしは一瞬頭の中が真っ白になる。嘘よ……あのわたくしに甘いお父様が? わたくしの味方をしてくれないなんて……


「あんたはこれから、一生愛される事なく飼い殺しにされるんだよ。『緑竜の巫女』なんて持て囃されて、調子に乗った報いだ。ざまぁみろ!!」


 どうしてこんな下郎にそこまで言われなきゃいけないの……愛されないのはあんたでしょう? わたくしの言う通りにしていれば、あのよそ者の女といい思いができたのに。


「あんたが脅した男爵令嬢は……俺の妹だ。周りの人間がどれだけ苦しめられてきたか、その身をもって少しは思い知れ。じゃあな」

「待ちなさい、だから何だって言うのよ!? これを解いていきなさい……くっ!!」


 ベッドに転がされた拍子に縄が食い込んで、思わず呻く。油断すると甘い声が出てしまいそうだった。こんな男の前で、醜態を晒す真似だけは絶対にできない。



 それからわたくしは、自由の利かない体で暴れ回った。扉にも壁にもぶつかり、肩とぶつかった調度品がいくつも落ちて割れた。


(そうだ、窓から出られれば……)


 朦朧とする意識に正常な判断力が奪われ、わたくしは窓ガラスに向かって思いっきり頭を叩き付け――


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