第48話 俺はお前の彼氏じゃない

 神羅ボックスにも見える謎の木箱を台車に乗せ、本仮屋と共に歩道をゆったりと歩く。

 肌に触れる暖かな日差しや、頬を撫でる涼しい風。


「先輩先輩、あのホテルから出てきたの、校長じゃないですか……?」


 そんな爽やかな感情を一言で台無しにする、隣の可愛い後輩。


「よせよせ、見てやるな。休日なのは俺達だけじゃない」

「大人の休日、ですね……!」

なまめかしく言うなよ、俺の中の校長のイメージが歪んじゃうだろ」


 思わずちらっと二度見すれば、道路の向かい側のホテルの前、やっぱり俺たちの校長先生。

 後ろから女性が出てきたところで、俺はさっと目を逸らした。




「あ、公園」


 そう呟く本仮屋の視線の先には、この地域の児童なら誰もが知っているであろう、ここ一帯の地域で一番大きな公園である高縁たかふち公園。

 ソメイヨシノの木が青々と茂り、無邪気に駆け回る子供たちの声が初夏の空気に溶ける。

 後ろに聞こえるパタパタという足音は、俺たちの間をさっと通り過ぎ、サッカーボールを抱えた少年と野球バットを担いだ少年が公園に吸い込まれてゆく。


「ついたぜ! タカフチコーエン!」

「ちげーよ、コーエンコーエンだろ!」


 ちげーよ、高縁たかふち公園だろ。……あと、サッカーか野球かどっちかにしろ。欲張りか。

 遊歩道の木々がさわさわと葉を鳴らし、柔らかな木洩れ日が優しく降り注ぐ。

 そんな心安らぐ風景の中、「あはれブレイカー(雰囲気を台無しにする人の呼び名)」こと本仮屋が、突然公園の中を指さし、


「あっ、あれ私の弟です! おーい!」


 言って、公園の中央の少年グループに元気よく手を振る。

 こちらに気付いた5、6人の少年たちは、「なんだあのガキ……?」といった怪訝な表情を浮かべていたが、そのうち一人、がはっと気づいたような顔をして、仲間たちに一言断りつつ、駆け足でこちらへやって来た。


「ね、ねーちゃ……姉御!」

「おー弟よ! 先輩こちら、弟の来智らいちです!」


 ツンツンとしたブラウンの髪。切れ長の目に、ほっそりとした顎。

 少し大きめな黒いパーカーに、ところどころ擦れた黒いジーンズ。

 ……そして何より、右目を覆う純黒の眼帯。……いや、何で眼帯? アレですか? 中学二年男子に症例の多いあの病気ですか?

 眼帯が強烈な印象を放っているせいでもあろうが、顔立ちはそれほど本仮屋と似ていないように感じる。……あと、何で眼帯つけてんの? カネキ君? 真島の兄さん? ……もしかしてマリン船長?


「……ふん


 ライチ、という名前の少年は、挨拶もせず、俺の体をスニーカーの先から頭のてっぺんまでじっくりと観察した後。


「貴様……姉御の何だ?」


 無駄にキザっぽく、そう一言。

「何じゃその言葉遣いは! まったく、最近の若モンは礼儀がなっとらん!」などと怒鳴りつけようかと思ったが、俺もバキバキの若者でした。老人にそういうこと言われるの、どっちかというと高校生でした。サーセンしたー。……あと何で眼帯付けてんすか?

 返事もできないのは「初対面の人にお前何だ発言」よりも礼儀がなっとらんので、ここは俺も。


「えと、ども、城ケ崎譲です」

「……」


 ライチは、隠れていないほうの左目で俺をじっと見た後、姉と言うより妹な姉の方を向いて、


「姉御、この男は?」


 どういう訳か眼帯をつけた弟からの問いかけに対して、本仮屋はちらっと俺の方を、にひっと悪戯っぽく微笑んで。


「かれぴっぴ♡」

「はぁ!?」

「違う!」


 ちょっと待て、変な嘘つくんじゃねぇ! 「面白そうだから」「面白くなりそうだから」みたいな理由で嘘つくの、お前の悪い癖だぞ! 何で急にそんな噓……俺を見てにひっと笑うな。可愛いかよ。……あと、お前の弟は何で眼帯なんか付けてんだよ。

 ふと弟の方を見ると、ライチは、両の拳をぎゅっと握りしめて肩をわなわな震わせ、呆然と俺の方を見つめていた。(片方の目で)


「おっ、お前……いや、貴様が……? あ、姉御を……?」

「え?」


 俺が? あなたの姉貴を? 違いますよ? 何? なんでそんな、世界が崩れてゆくのを眺めるような顔してんの? しかも眼帯なんか付けて。


「……いや、嘘だ」


 震えた声で、独り言のようにライチは呟く。

 うん、合ってるよ? 嘘で合ってるよ? 眼帯も似合ってるよ?


「あの、俺はそんなんじゃ」

「……嘘だっ……! ねーちゃ……姉御が、そんなッ……! 姉御は我の……」


 ……わ、我?

 ライチはこめかみを押さえ、少し俯きながら苦しそうに言葉を吐く。

 動揺でゆらゆらと揺れ動くそのブラウンの瞳(左)に、だんだんと激情が灯っていくのを感じる。


「だから、俺はそんなn」

「姉御は、我のッ……! 姉御は、姉御は……!」


 言って、ライチはばっと顔を上げ、俺の顔をビシッと指さし、


「じょっ、城ケ崎ッ! ……我と、ッ!」


 ……我と?




 青く茂るソメイヨシノに囲まれた、だだっ広い公園のど真ん中。

 目の前には、拳を構えて俺を睨みつける、可愛い後輩の弟(眼帯着用)。


「なぁ、何でタイマンなんだ……?」


 あと、何で眼帯付けてんだ? むしろこっちの方が聞きたい。


「タイマンではない、一騎打ちだッ! おとこおとこの勝負は一騎打ちだと決まっているだろうッ!」


 お前、ジェンダーフリーの世の中でその発言は……。コントロバーシャッてる。もう、超コントロバーシャッてるわ。コントロバーシャりまくりんぐでしょそれ。


「来智ぃー! 頑張れー! 先輩をボコボコにしちゃえー!」


 背後からは、可愛い後輩の声。

 振り返れば、少し離れた場所から、本仮屋がこちら(たぶん弟)に大きく手を振っている。


「ライチー! やっちまえー!」

「ボコボコにしろぉー!」

ちり一つ残すなッ! 殺せッ!」

「ライチ―! てかげんすんなよー!」


 ライチの友達の男子たちが、高校生に立ち向かう友達に声援を送る。

 ……一人だけすげぇ鋭い奴いなかった? 「殺せ」って言ってたよね? 気のせい?


「せんぱーい! 来智にケガさせないでくださいねー!」


 それに加え、唯一顔見知りの本仮屋(姉(?))まで対戦相手の肩を持つ始末。

 ……ていうか本加たん、お前はホント何なの? 何がしたいの? なんで俺に年下とタイマン張らせてんの? 実の弟と部活の先輩を戦わせて、何が楽しいの? ……あと、弟さんは何で眼帯付けてんの?

 完全アウェーどころか四面楚歌まであるこの状況。


「とくいの空手をブチかましてやれ! ライチー!」


 しかも、対戦相手は空手を習ってるという。あと眼帯付けてる。


「……応」


 ライチは、たぶん何か空手の何かの構えの何かであろう何かを何かしながら、何か鋭い何かのように鋭く俺を何か睨みつける。……それ、眼帯付けたままヤる気ですか?

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