第42話 城ケ崎なんか好きじゃない

「ねぇ~、遥ぁ?」


 後方から、やけに間延びした声。


「ん?」


 振り返ると、一人の「ギャル」がこちらを見て立っていた。

 なだらかな曲線を描く長い茶髪。ほっそりとした顔つきに、威圧感のある大きな目。

 いくらか制服を着崩したソイツは、ついこの間まであたしが仲良く振舞っていた友達だ。

 控えめに口紅を塗った唇を開き、クラスの陽キャグループの頂点・有崎亜理紗は話し始める。


「ちょっとさぁ~、遥さぁ~、最近付き合い悪くな~い?」


 ……相変わらずムカつく喋り方するなコイツ。「ちょっと遥、最近付き合い悪くない?」でいいでしょ。「さぁ~」不要でしょ。


「え? いや……」

「何で? なんでそんな風になったわけぇ?」

「それはね、えっと……」


「上辺だけの空っぽな関係はもう辞める」。

 城ケ崎と藤花の前で、しっかりと自分で決めたことだ。

 だけど、それを面と向かって伝えるのはやっぱりちょっと難しくて、あたしは思った通り口ごもってしまう。

 でも、あたしが前に進むためには、ちゃんと言わなくちゃ。

 そう思って、口を開きかけたその時。


「あっ分かったぁ~! 遥さ、城ケ崎と付き合い始めたんでしょ~!?」


 パンと手を叩いて、何もかもが腑に落ちたような顔でそんなことを。


「えっ!!!?」


 あたしの隣の空席をふぃっと指さし、亜理紗は続ける。


「だってさあ? 休み時間とか、いつも隣と楽しそ~にお喋りしてるしぃ、遥、何か表情豊かになったしぃ、最近早く学校来るようになったしぃ……」

「ちっ、ちちちちちち、違うしっ! 違うし違うし! 違うし違うし違うし違うし違うし違うし違うし違うし違うし違うし違うし違うし違うし!」

「ちょ、痛い痛い! ラッシュやめてラッシュ」


 全然力の入ってないパンチだけど、恥ずかしさと怒りは籠ってる。

 勝手な思い付きのくせに、核心突いたみたいな感じで気持ち良くなるのホントやめてほしいんだけどっ……!

 ちなみに隣の彼は、購買にパンを買いに行っている。昨日は空の両手を虚しく振って全てを失ったような顔で戻ってきたけど、今日は大丈夫かな……。


「だからとにかく、違うから! 違うから違う! だから違う!」

「遥さ、顔真っ赤でそんな言われても、何の否定にもなってないから。むしろ確定したようなもんだから」

「なっ……!?」

「それにウチ、見たからね~? 遥が城ケ崎にぃ、自分のお弁当食べさせてあげてるとこぉ~」

「そっ、それは昨日、あいつがパン買えなかったからって……!」

「……ねぇ、遥ぁ」


 両手で肩を掴まれ、いつになく真剣な眼差しがこちらを捉える。

 いつもバカっぽい亜理紗の、こんな表情は初めて。


「……カレシとか、好きな人出来たら言うって、ウチら約束したじゃん」


 そんな、モテない男子みたいな約束した覚えないんですけど。

 あとなんでお前の目はそんなに真っ直ぐなんだよ。それ、「これが最後の戦い。みんなあなたを信じてる」ってヒロインが主人公に言うときの目だぞ。


「……いや、か、カレシじゃないし……」

「じゃあ、好きな人ぉ?」

「……や、それは……」

「……遥の気持ちは分かった」


 分かってねーだろ。


「具体的には、真っ赤な顔と落ち着かない仕草で」


 ……。


「ね、ウチ、遥のこと応援するから。だから、困ったこととか悩みごとがあったらウチに相談して。自分で言うのもアレだけど、ウチってそれなりに経験豊富だし、ね?」

「……ありがと。違うけど」

「またまたぁ! あっ、あとあと、そのぉ、そういうことする~ってなった時も言ってね? 遥は派手な見た目してるくせに処女だから……」

「あぁ~っ! もういいから! ありがとうだからもういいから!」


 亜理紗の背中をぐいぐい押して、話はおしまいとばかりに離れたところまで追いやる。

 ……全くもう! あのクソビッチ!

 亜理紗を心の中で毒づきながら、あたしは席に着く。

 と、右から、今ではもう聴き慣れたアイツの声。


「どうかしたのか?」

「ひゃうっ! あ、あんた、いつからそこに!?」

「いや何? 聞かれちゃいけない話でも?」

「もしかして、聞いてた……?」

「何も聞いてない。何も聞いてないけど、お前処女だったn」

「ふん!」「あうっ☆」




 あたしは自分のお弁当箱を開け、譲はレジ袋をがさがさする。

 彼が取り出したのは、おっきなハニトー。……は? それ購買で売ってないよね? 駅のほうまで行かないと買えないよね?

 あたしがあんまりにもじろじろ見ていたのか、譲はちらっとあたしを見て、その後机の上のでっかいパン塊を見、そのパン塊をすすっとこちらに寄せてきた。


「ほれ」

「えっ? いいの?」

「いんだよ。隣だからな~」

「そっか。……ありがと」


 隣、か。

 コイツと昼を食べるようになって、もう一週間ちょっとになる。

 最初はかなり物凄くマジで嫌だったけど、今は……今は、ちょっと楽しい、かも、という可能性がある、かも。

 この学校では、昼食は自席で摂るのが校則となっている。

 教室の外で昼食を摂っていた者が昼からの授業に頻繁に遅れるため、「昼食は自教室で」との校則が制定された。しかし、それでも授業に間に合わない者が多く、「昼食は自席で」と定められたらしい。……食べ終わった後外出ていいなら、たぶん意味ないんじゃないかな……。


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