第31話 そんなの聞いてない

「おかえ……なっ、何そのもみじは?」


 俺の顔を見る十日市の表情がなんだか引き攣っている。


「しずかちゃんのお風呂でも覗いて来たんですか?」


 覗かないし、しずかちゃんぺったんこだし。何がとは言わない。


「……そこの人にやられたんだけど、まぁ気にすんな」

「はっ、はぁっ!? それはっ……」

「……しっかし、折角危ないところを助けてやったのによぉ~、重いし文句言われるしぶたれるし……。あー重かった、久々にGを感じたぜ……」


 疲れた手をぷらぷらさせながら横目でちらと春川を見れば、華奢な肩をぷるぷるさせて、顔を真っ赤にしてこちらを睨んでいた。口をギュッと引き結び、目尻にはうっすらと涙が浮かんでいるような気がする。

 ま、日頃の恨み返却タイムはここまで。


「……そうだ、すっかり忘れてたけど春川の話にはまだ続きがあるんだったな。今から説明する」


 言いつつ、ごく自然に十日市の隣に座る。ちょっと抵抗があったが、まぁそこしか開いてないなら仕方ない。


「確かに、城ケ崎君の言う通り、話が終わってなかったね。遥ちゃんの護衛をこれからどうするかって話なんだけど、私と城ケ崎君と一緒に帰るのはどうかな?」

「え城ケ崎いらないんだけど」


 ……拒否早くない? そんな言うなら、俺もお前いらないんだけど。十日市と二人きりで帰りたいんだけど。


「そりゃ俺だって行きたくねぇ。でも頼まれたんだよ」

「遥ちゃん、我慢して?」


 いや、我慢て。十日市って、たまに素で辛辣なところがある気がする。


「まぁ冗談だけど。……はい、入部届、できた」

「ん、ありがと。え~っと、全部大丈夫だね、うん。……では改めて、春川遥さん、あなたの入部届を受諾しました。オカルト部へようこそ!」

「ようこそー!」

「よーこそ」

「えっと、あの、……よろしくお願いします」


 僅かに頬を赤らめながら、春川はぺこりとお辞儀する。

 そんな彼女の入部を、満面の笑顔で歓迎する十日市と本仮屋。そして俺。

 これにて、幸か不幸か、オカルト部の存続が決定した。

 微笑ましい光景の中、十日市が、太陽のような眩しい笑顔のまま。


「よーし! 二人の歓迎会を兼ねて、明日からの週末は~に行こう!」


 ……ん? なんで?




「なぁコレ……俺も行かなきゃ?」

「あっ、あたしも……?」

「行かなきゃだし、二人とももう来てるし」


 鬱蒼と生い茂る木々に、ごつごつとした古い道路。

 木々のざわめきを聞き、僅かな木洩れ日を浴びながら、俺たちは歩く。


「ここ、どこ……? 俺、誰……?」

「なんで自分まで見失ってんの……」

「……そーいえば十日市先輩、ここ来るの二回目ですね」

「そうだね。二人で来たときは変な声ぐらいしか聞こえなかったけど、今日はどうだろうね」


 ……え?


「へっへ、変な声って、言った?」

「……え? どうかしたの?」

「まさか、嘘だよな? ……嘘、だよ、な?」

「いや嘘じゃないですよ。実際声しか聞こえなかったし」

「うっ噓でしょ!? ななななんでそーゆーこと先に言わないの!?」

「そうだよ、先に言えよ! 説明もなしにそんなとこ連れて来るなよ!」


 必死に喚く俺と春川に対して、十日市と本仮屋はちょっとシュンとした様子で。


「ごめん……。ほんとはもっとすごいとこ連れて行きたかったんだけど、近いのがここしかなくて……」

「確かに、声しかしないんだったらテンション上がりませんよね……」


 謝ってくれてはいるようなのだが、どうにもベクトルが違う気がするのは気のせい?


 「そうだ! 十日市先輩、こんどはあっちの方にしましょうよ! 少し遠いけど、それなりに良かったじゃないですか!」

「そうだね! 本加ちゃんナイスアイデア! そうしよう!」 


 彼女らなりに改善の方向へ向かって行っているようだが、なんか、もっとヤバいとこに連れて行かされそうなのはなぜ?

 十日市と本仮屋がくるっと振り向き、パンと手を合わせて申し訳なさそうな表情で、


「ごめん二人とも! でも今度行くときは、もっといいとこ連れてってあげるから、今日は我慢してね?」

「運が良かったらちゃんとここも楽しめますから、安心してくださーい!」


 ……ん?

 俺と春川は顔を見合わせる。春川、超真顔。

 ん? もっといいとこ? もっとヤバいとこの間違いでは?

 ん? 運が良ければ? 運が悪ければの間違いでは?

 部長と幼女は、右腕を上げて声高らかに。


「それじゃ、れっつごー!」

「おー!」


 おー……おおおおおおおおおおおい!!!




「ここだね」


 十日市が見上げて言うのは、一つの古びたトンネル。

 鈍い鼠色のコンクリートはぼろぼろに風化し、その表面には、暗緑色のツタやシダがまるで血管のようにざわざわと這い回っていた。

 覗けば、終わりがないような暗闇があ~んと口を開いていて、誰かが足を踏み入れるのを待っているようにも感じる。

 目の前のトンネルの様子は、さながら森の怪物のようで。


「…………え……?」


 俺と春川は、再び顔を見合わせる。

 春川、超真顔。真顔だけど、目がちょっとうるうるしてます。

 確かに、「もう結構山上って疲れたのに、今度はこんなとこ行くの……?」って言う気持ちは分かる。いい運動になったし、もう満足なんだけど……。

 俺は次に十日市を見る。が、十日市は俺が目を合わせたのを勝手に準備完了の合図だと勘違いして、


「んじゃ、行ってみよー!」

「おー!」

「「おーじゃねえええええ!!!」」


 俺と春川の声が重なり、トンネルの中にわんわんと響いた。


「……え?」

「いや、その、はいつきましたねじゃ行ってみよー!とはならんだろ! 普通!」

「だから、今日は我慢してねって……」

「そうじゃなくてッ! 心の準備とか、もっとあるでしょ!」


 俺たちの必死の叫びを聞いた十日市と本仮屋は、ぼそぼそと互いに相談してしばらく考え込んでいるようだったが、あっとひらめいたように手をぽんと打ち、


「そうか! 初めての心霊スポットに興奮してるんだね! でも大丈夫、言うでしょ? 誰でも最初は初心者だって!」

「初めての新鮮な気持ち、大事にしてくださいね!」


 春川が、困ったような呆れたような諦めたような顔で俺の方を向いた。多分俺も同じような顔をしていると思う。困って呆れて諦めてるからね!

 なんだろう、今、めっちゃ春川と仲良くなれそう。それは、極限状態に晒されたからだろうか。あるいは、真の狂気に触れてしまったからだろうか。

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