第32話 吊り橋効果とかやめてほしい

「ではでは? 二人にとっては人生初の心霊体験! いざ、行ってみよう!」

「いざいざー!」


 あー、ダメだコイツら。まるで何も聞いていない。でもね、きっと、あし・た・は! 君と、素敵なもーのがたりを・おね、がい・し・ます!


「二人とも、何止まってるの? 早く行かないと会えないかもしれないよ?」


 会いたくないから止まってるんだよ……。

 そんな俺と春川の心も知らず、二人は何の躊躇もなくトンネルの中に足を踏み入れた。

 トンネルの中からむっとした生暖かな風が吹いて来て、頬をざわっと撫でる。


「せんぱーい! 置いていっちゃいますよー!」


 置いていく!? ……それは困る。デパートで駄々をこねる子供に対してお母さんの「置いていくよ!」の効果抜群具合は異常。

「ボオオ……」と鳴る黒い空間を前にして、春川と二人。


「な、春川、行くしかねぇ」

「……ちょ、ちょっと、袖つまんでても、い、いい?」

「いいけど、もう泣きそうだぞお前……」




 春川に袖を引かれながら、前の二人がずんずん進むのに必死でついて行く。

 にしてもアイツら狂ってんだろ。なんで心霊スポットにいた方がいつもより活発で元気なんだよ。あまり驚かないからホラーゲームばかりやってるのかよ。


 あと、俺の隣の人は心霊スポットでも隣にいるが、なんかもう超びくびくしてる。

 アイツらの狂気にあてられたせいで、相対的にマトモな春川を好きになっちゃいそう。最初は袖をつまんでるだけだったのに、今じゃ手つないでるからね。振動凄いけど。これはもう俺の人生の隣人になる勢い。




「んー、やっぱり特に何も無かったねぇ」


 トンネルの出口で、十日市がんーっと伸びをして言う。


「そうですね、でも私的にはすごく……って、城ケ崎先輩? 春川先輩? そんなにくっついてどうしたんですか?」


 言われ、はしと抱き合う隣人の顔を見る。

 俺の視線に気づいてか、彼女の方もゆっくりと視線だけを動かして俺を見た。

 春川、超泣き顔。目の端にはうっすらと涙の跡が見え、形の良い桜色の唇からは、あふあふと情けのない吐息が漏れる。

 打ちひしがれた彼女と、同じく満身創痍の表情を隠せない俺。そんな二人を心配そうにのぞき込む彼女に、少し先で森の空気を胸いっぱいに吸い込んで満足そうな彼女。


「……なんで?」


 俺が放った、たった一言。

 このすべての感情をいっぱいに詰め込んだ、「なんで?」だった。

 その中の一つだけでも、俺の、俺たちの思いが、彼女に伝わってくれればいい。そんな思いで。


「何がですか?」


 駄目だった。何一つ伝わらなかった。もうおしまいだ。

 あのなぁ、俺だって散々我慢したんだぞ。

 隣の人がめちゃめちゃ震えるせいで乗り物酔いみたいになって、今少し気持ち悪いこと。

 生暖かい風が頬を撫でるたびに隣の人が超至近距離で叫ぶので、うずまき管が爆発した可能性があること。

 隣の人と触れ合ってる部分にどうしても意識がいってしまい、怖いドキドキか好きのドキドキか分からなくなったこと。

 吊り橋効果によってか、今隣の人に若干心惹かれつつあること、などなど。


「じゃあさ、山下りたらどこかでお茶して帰ろうよ!」

「あっ、いいですね! 行きましょう行きましょう!」


 そんな苦労の数々も知らずに、意気揚々と歩み出す二人。

 かたや、トンネル内で「もっ、もう帰ろう?」と計三十三回にわたってお互いに提案した二人。

 久々に見た空は青くて、木洩れ日が心地よい。


「春川、終わったぞ。もう大丈夫だから、帰ろうぜ?」


 俺の言葉に振り向き、赤く腫れた目でぽかんと俺を見つめた後、くしゃっと顔が歪んで、わっと覆いかぶさってくる。


「うわあああああん! ごわがったよおおおおお!」


 感情の堰が切れたように号泣する春川。丸まったその背中を優しくさする。

 正常な俺なら抱き着かれているこの状況にひどく動揺しているだろうが、今となっては「ああ……そういえばコイツの悲鳴、「SPIRYYYYYYY!!」だったなぁ……イマドキのJKの悲鳴ってそんなんなんだなぁ……」みたいな感想しか出てこない。


「怖かったな、ホント怖かった。でももう怖くないぞ。だからさ、泣きながらでもいいから、行こうぜ?」


 俺の提案に春川がうんと頷いたのが、背中越しに分かった。

 涼しげな風が、背中を吹き抜けていく。


「いつまでも抱き合っててもなんだからさ、ほら」


 言って、しがみつく春川の体を優しく引き剝がす。

 そう、ずっと抱き合ったままだとそのうち好きになっちゃうかも知れんからな。

 立ち上がり、街へと続く道を一人で下っていこうとしたが、やっぱりちょっと怖くなって、すっと後ろに腕を差し出して言う。


「なっ、なぁ、もしまだアレなんだったら、その、手、握っててもいいぞ」


 ちょっと恥ずかしいが、もし彼女が手を取ってくれたら、まぁその、なんだ、ちゃんと下まで送り届けると約束しよう。

 はしっと、手を掴む感触。

 安堵と高揚の入り混じる気持ちで、振り返った。


「……ァ……!」


 声が出ない。

 まさか。あり得ない。

 かさかさ、ざらざらとした感触が、俺の意識を駆け巡る。

 違う。絶対に違う。

 俺の手を掴んでいたのは。


「ケヒヒ……声が出らんか? 可愛いのぅ、ケヒヒ……」


 ぼろぼろの布切れを纏った、老婆だった。

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