第21話 本当に解決したい
「城ケ崎君。まだ終わってないよ」
「え?」
「遥ちゃんは、悩みを解決してもらうために相談に来たの。まだ相談自体はちゃんと解決してないんじゃないかな」
「……そうか」
春川の相談は、「夜、帰り道を歩いていたら、視線を感じて、足音が聞こえる。誰もいないのに」だった。その解決とはすなわち「夜、帰り道を歩いていても、視線なんて感じないし、足音も聴こえない。誰もいないから」という状態にすること。
ならば、この男に「護衛」を止めてもらうことになるのか……?
「……あのな、春川が言うにはな……、夜道を歩いとったら足音が聞こえて、視線も感じてごっつぅ怖いらしいんや」
「なんでミルクボーイ……?」
「……だからその、後ろからこっそりつけるの、やめてやってくれないか?」
後藤龍雅とかいう男は、仰向けのままうーんと考え込む。
「でもよぉ……。組長の命令だし? 堂々と「護衛」するっつったって、遥さんは俺たちのこと怖がってるみてーだからなぁ……」
確かに、言っていることは分かる。
「恐怖」とは「拒絶」であり、「不干渉」の意志だ。
自らの存在を拒絶し、不干渉を望む相手と二人きりになるというのは、まさに「気まずさ」の塊。
加えて、面と向かって隣で護衛するのにも、「護衛」任務を賜った経緯をしっかりと説明し、そして隣で「護衛」する許可を春川自身から頂かなくてはならない。その説明すら春川に拒絶されているのだから、「一緒に帰る」護衛は難しいだろう。
どうしたものかしらん……。
「……あ」
後藤が何かに気付いたかのように声を漏らす。頭の上には電球がぱちこーんとついているから、水際立った案でも思いついたのだろうか。……それはそうと、何でいつまでも白熱電球なんだよ。この前発光ダイオードに変えろって言ったろ!
「……そうだ、お前が一緒に帰ってやるってのはどうだ?」
「「……え?」」
「お前さ、なんか妙な技使えんだろ。それに、同級生ってんなら、怖がりもしねぇで堂々と隣歩けんだろ。どうだよ?」
「…………オレェ?」
……俺が?
え、俺が? 「護衛」? 俺が?
俺が? 下校中、隣で護衛する?
……つまり、毎日一緒に帰れって?
俺がぁ!?
「家が近けりゃ、そうするのが一番だと思うがよ」
そうだけどさぁ……。だってそれ俺じゃん……。
「……まぁ、方角はこっちだけど、俺、いつも大通りで帰ってるからなぁ……。こっちからでも帰れなくはないと思うけど、でもなぁ……」
その、「一緒に帰る」ってのがなぁ……。それ俺なんでしょ?
「じょ、城ケ崎君! 私も一緒に帰るよ!」
「え? お前、家こっちなのか?」
「だって、横断歩道で会ったじゃん」
「あー……、そっか」
「組長から言われた手前、俺も一応お前らの後ろからつけていくが、まぁ、お前らがいれば気にならんだろ」
……そうか。
十日市がついて来てくれるのなら、俺と春川について変な噂も立てられる心配は少ないし、二人きりで妙に緊張することもない。
春川遥という女子は、やはり上位カーストにいるだけあって顔もスタイルもかなりいいほうなのだ。そのため、俺のような純情な思春期男子高校生が二人きりで一緒に帰るとなれば、それはもう意識しまくって挙動不審になるだろう。会話もぎこちなくなって、普段よりも色んなことが気になってしょうがない。
男子とはそういうものだ。
だが、間に緩衝材を一枚挟むことで、その意識は取り除かれる。
唯一懸念が残るとすれば、「あの城ケ崎譲ってヤツ、なんか美少女二人侍らせて帰ってるらしいぞ」みたいな陰口を叩かれること。
そう。俺は美少女二人と帰ることになるのだ。……マジで? それはそれで緊張するんですけど。
まさに両手に花。それも超ド級の花。……超ド級の花って言ったら真っ先にラフレシアあたりが浮かんでくるな。
とまれこうまれ、十日市がついて来てくれるなら俺も
「……分かった。じゃ、よろしくな」
「うん!」
「こっちこそ、よろしく頼む」
後藤龍雅は、仰向けに倒れたまま顎だけをかくりと動かしてお辞儀した。
「おう。……じゃ、帰るか」
「……うん」
まぁ、あのチンピラは放っておいてもいいだろう。だってチンピラだし。殴ってきたし。
相手のことをよく知りもしないで攻撃に及ぶというのは、まさに愚の骨頂ともいえる行為。反撃されて当然だ。
その上、ちゃんと話してみたら、そうするべき事情があったり、意外と協力的でいい人だったりする。
この点においては、まともに話したこともない、ましてや会ったこともない人を第三者の分際で罵り、生半可な知識と理解で批判する人々と、彼は同じレベルだと言えるだろう。よって、放っておいていい。このくらいの扱いで良いのだ。
俺と十日市は、未だ寝転んで空を仰ぐ男に背を向け、蛍光灯が照らす暗い夜道を歩き出す。
ふと眺めた夜空は、意外にも綺麗だった。
「ねぇ、良かったの? あの人」
心配そうにこちらを覗いてくるこの少女は、本当にやさしいと思う。
「いいんじゃね? だってヤクザだろ、アイツ」
「でもさ、結構痛がってたとおもうけど……」
そう言いながら、十日市は前を向いた。真っ白な横顔が夜に映えて美しい。
「まぁ、喧嘩慣れしてる人間なら大丈夫だと思うけどな」
いや、喧嘩慣れしてる人間はいても、大谷の本塁打を体で受け止め慣れしてる人間はなかなかいねぇか。
「ならいいけどさ……」
十日市はこちらへ振り向き、今度は真っ直ぐと俺を見る。
「城ケ崎君は……あの人に何したの?」
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