第20話 国語力を上げたい

「極道……。 じゃあ、お前はここで何してたんだ?」

「そっ、それは……、それはだな……」

「え? まだ重さが足りないって? もう、欲しがりだな~」

「違う違う! やっやめてくれ! 話す! 話すから! だかっだから、その前に一つ確認させてくれ!」

「今質問してるのは俺で、答えるのはお前だ。もう一人乗っかる前に、早く話せ」

「ちがっ、違うんだ! ソレを確認しなきゃ話すことは出来ねぇ!」

「どんなことだよ?」

「おっ、お前が、地平會ちへいかいの奴かってことだ!」

「……ちへいかい?」


 なにそれ。海の向こうでも見てるの? ちなみに、地平線までの距離はおよそ5kmらしい。意外と短い。


「俺たちとは別の極道だ。シマが被ってて、昔から仲は良くねぇ。抗争なんてのはしょちゅうあったらしい。……まぁでも、今の反応でお前が違うってのは分かった」

「それとこれは何の関係があるんだ?」

「……この前、その被ってるシマでちっとばかし揉めたらしくてな……。それに、向こうにはかなり頭のいい奴が入ったそうで、組長はそれで警戒してんだ」

「何を?」

「……自分の娘が、奴らに誘拐されないかってことをだよ」

「……は?」


 全く分からない。

 何かすごく重要なこと言った感出してるけど、何も分からない。

 なぜここで組長の娘が出てくるのか? シマで揉めた? 頭のいい奴? そのことが俺たちやコイツと何の関係があるのか? まるで繋がらない。

 第一にこの男、説明が下手だ。

 もしかして、時間稼ぎのためにそれっぽくて関係ない話をしてるのか? それとも、大マジに説明してコレなのか?

 俺は再び、男の胸ぐらを掴む。


「言ってることがまるっきり分からねぇぞ。それが何に繋がるんだよ? 関係のないことは言うな、ちゃんと分かるように説明しろ!」

「いっ、今ので分かるだろぉ、普通……」


 分かんねぇよ、分かるワケねぇだろ。

 時間稼ぎとか妙なことでも考えてんなら、マジなめるなよ。お前なんか一晩中サッカーボールみたいに扱っても全然平気だからな。むしろ、大谷選手のバッティング練習に一晩中付き合ってもらっても全然平気だからな。

 今の分かった?とばかりに十日市の方を向くと、少し不安そうな顔でこくりと頷いた。 ……あれ? 俺がダメなの?


「だから、俺は組長に言われて、娘さんの帰り道を見てやってたんだ。俺はこれでも、腕っぷしには自信がある方でな。……あの娘さん、どうにも俺たちのことが苦手らしくて、怖がって目も合わせてくれねぇから、物陰からこっそり見守ってくれだとよ」


 ……いやだからどういうことだよ!?

 コイツ、さっきから何の話をしてるんだ!? 何の関係があるってんだよ!? 一向に分からん。

 掴んでいる胸ぐらをぐわんぐわん振って、俺は男を問いただす。


「娘って誰だッ! 俺に分かるように話せって言ってんだろ!」 

「むっ、娘さんってのは、春川遥のことだよ! 何で今ので分かんないんだよぉ……」

「はっ、春川……? 春川……!」


 ……そういうことか。


 俺のクラスメイトで隣の席のリア充(笑)女子・春川遥は、犯罪組織「春風組」の組長の娘。

 その「春風組」は、「地平會」という別のヤクザと何らかのことで揉めて、しかも相手方には稀咲鉄太的な頭脳キャラがいる。

 これから始まるかもしれない抗争に自分の娘が巻き込まれることを心配した組長が、娘に護衛をつけたと……。


 今この瞬間、頭の中に点がいくつも生まれ、点と点が繋がって線を描き、一つの図形となって浮かび上がった。いや、点すら生まれてなかったのかよ。

 でも、さすがに分からんだろ普通……と思って十日市の方を向くと、「城ケ崎君、さすがに分かるでしょ……」と言わんばかり呆れた表情でこくこく頷いていた。……あっ、俺が理解力無いだけ? え、オレェ?


「……国語は苦手なんだよ。でも分かった。お前は、言わば春川の護衛だったんだな」

「そう、そうだ。分かってくれて良かったよ」


 春川は組長の娘で、コイツはその護衛。言い換えると、ボスの娘の護衛。つまり、コイツはブチャラティってこと? ……何だろう、急にカッコよく見えてきた。


「……お前が聞きたがってたことを話そう。俺たちは、トリッシ……春川遥と同じ学校の生徒で、オカルト部だ」

「お、オカルト部……?」


 そうそう、その胡散臭がる表情。それが「オカルト部」って聞いたときの一般的な反応ですよ。


「オカルトに関する相談も受け付けてるんだが、今日、まさに春川から相談を受けたんだ。「誰かがつけてる気がする」って」

「……!」

「今日はその調査で来たんだけど……それ、多分お前だよな?」

「……ん、ああ、多分そうだ。俺が見てた限りじゃ、俺以外に誰もつけてなかったよ」


 春川をつけてたのはコイツで、春川が感じた視線、聴いた足音はコイツのもの。

 その行動の目的は「ストーカー行為」「誘拐」の類ではなく、彼女を守る「護衛」だった。

 これ以上コイツを痛めつける必要もないし、首を突っ込む必要はない。


「……そうか、なら相談は解決だ。なんか、済まねぇな」


 具体的には、重力を勝手に操ったり、大谷選手のホームランを体張って阻止してもらったり。……物理的にも法的にも危ないな。ごめん大谷さん。


「ああ、まぁ…………けどよ、お前、……俺に何したんだ?」

「…………言わない。……女性はミステリアスなほうが魅力的だからな」

「いやお前男だろ」


 ちゃんとツッコんでくれるあたり、かなり好感が持てる。

 さっきはバッターボックスの前になんか立たせてごめんな。もうホント頭が上がらねぇ。大谷さんに。


「……んじゃ、帰るかな。帰って「ノゲノラ」見ないと」


「ノゲノラ」の視聴は法律で義務化されている(されてません)。そのことを口実に煙に巻いて帰ろうとしたその時、十日市が俺の袖を掴んだ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る