第16話 あたしは強く生きたい

 暗い夜道を、三人で寄り添って恐る恐る歩く。

 三人で寄り添ってというのは、真ん中に十日市がいて、その両端に俺と春川がぶるぶる震えながらぴったりくっついているということだ。


「じょ、城ケ崎君? 幽霊とか妖怪とか、信じてないんじゃないの? もしかして……怖がってる?」

「ちちち違うっ! こっこれはだな、そそその武者震いってやつだ。ほ、ほら、これからストストストストーカーをとっちめるんだからな」


 喉がわなわなと痙攣して呂律がままならない。

 あんな作り話を読んだだけで、ただの夜道がこんなにも怖くなるなんて。・・・作り話だよな?


「いや、大丈夫?」


 十日市は心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。


「お、お前は平気なのかよ?」


 そう、この十日市藤花は、校門を出た時から全く怯えた素振りを見せず、それどころかまるで妖怪に遭うのを楽しみにしているような、うきうきわくわくした笑顔を湛えているのだ。


「うん、まぁね。お化け屋敷とか結構平気なほうだし。それに、べとべとさんは人を傷つけたりはしないんでしょ?」

「あー……そういえば……」


 そうじゃん、何をこんなに怖がってんだよ俺、バカバカしい。……でも、まだ結構怖いです……。すんません……。


「それに、別の妖怪だったとしても、そのためにいろいろ持って来てるからね」


 そう言って、十日市がリュックをからい直す。

 黒のリュックはぱんぱんに膨らんでいて、棒状の物体が入っているのか一部分だけぴょこんと尖がっていた。


「あと……なんかこう、わくわくするんだ」

「……えぇ……?」


 十日市は、ほんのりと温かい笑顔で俺に微笑みかける。

 ……コイツ、今のは本気で言ってるのか? こんな暗い夜道を? ワクワクだと? ……ワ〇ワクさん? もしかしてワ〇ワクさんの話をしてるのか? 

 ワ〇ワクさん「ゴ〇リ! 今日は「争いのない世界」を作るよ!」ゴ〇リ「世界中の紛争や軋轢を解消して、広島の平和公園の灯が消えるところを見るんだ! いやったーぅ!」

 何か大きなことを成し遂げようとしているらしいなので、彼らはこんなところにはいないだろう。だから多分そのワクワクじゃない。こんなことを考えられる分、自分にはまだ余裕があることが分かって少し安心した。


「それより遥ちゃん、どうする?」

「え……?」

「どこかのタイミングで私と城ケ崎君は離れて尾行することになってるけど。大丈夫、かな? できる?」


 いや、この春川の様子ではさすがに無理だろう。

 両手で十日市の腕にきゅっとしがみついてやっと歩けているのだから、何より一人で歩けるかというのがまず怪しい。

 全方位からの得体の知れない恐怖に蝕まれて、春川の表情は打ちひしがれたようにぼろぼろの表情だった。

 そもそも春川をここまで追いつめた原因は十日市にあるのだが。

 十日市の言葉を聞くと、春川はぴたりと止まって急に頭を抱え始めた。


「はっ……遥ちゃん?」

「うぅう……ううぅうっ!」


 春川が下を向き、何かと葛藤するように唸る。

 十日市は戸惑いと心配が半分半分の表情でその様子を見守っていた。


「~ッ! ………………やる」


 春川が、ぱっと顔を上げて前を見た。


「……え?」

「……やる。一人でも大丈夫。が、頑張るから」


 そう言い放つ春川の目は、鮮やかな決意で満ち溢れていて、暗闇の中でもはっきりとした光を持っていた。


「めっちゃ怖くて、てっ手も足も震えて、ヤバいけど……。でも、やる。もう、何かに怯えて生きるのはヤメにしたから」

「遥ちゃん……!」


 彼女から、今までにはない「強さ」を感じる。

 声は震えていて、随分と苦しげな表情をしているが、それでも十日市から離れて立っている姿には確固たる「強さ」があった。

 先程まで風に吹かれてしおれていた花が、茎から花弁の先に至るまで「強さ」に満ち満ちて真っ直ぐに咲いているかのよう。

 やれ妖怪だのストーカーだの、こんなちっぽけな悩みではない、もっと大きなものを今彼女は乗り越えたのだと思った。


「それに、あたしをこんな怖がらせてるヤツにムカッときた。絶対に見つけて、一発ぶん殴ってやる」


 決意と憤怒が絡み合い、春川の目はより真っ直ぐな意思を灯す。

 夜空に凛と咲き誇るこの花に、以前のしおれた面影はどこにもなかった。

 でも、あれ……? 怖がらせたのって、十日市じゃね?

 十日市もそれに気づいたのか、春川からばっと飛び退いて両手をあわあわと振る。


「……お前殴られるんじゃね?」

「ご、ごめん! ごめん遥ちゃん! 殴らないで!」

「なっ、殴るワケないじゃん! ………むしろ、感謝してる」

「え?」


 春川は、強い瞳で夜空を仰ぐ。


「なんかさ、あんた達と話してて、何ていうか……ホントに話せてる気がしたんだ。ちゃんとした会話、みたいな」

「……どういうこと?」

「あたしね、学校終わりと言ったら、いつも絡んでる奴らとゲーセン行ったりカラオケ行ったりだったんだけどね」


 春川がゆっくりと歩きだし、それに合わせて俺と十日市も歩き出す。


 「話すときっていったら、話だけ合わせたり、とりあえず盛り上がったりして……なんか、空っぽみたい」


 上辺だけの空っぽな会話、ということだろう。

 リア充グループを教室の別な場所から眺めていた俺でも、少し分かる気がする。


「でも、あんたたちは、……本当に、心から話してるみたいだった。話すってこういうことだったんだって、気づけた」


 上辺だけをなぞり、共感や理解を一切伴わない会話。

 そうではなく、面白いと思ったことには笑い、嫌だと思ったことには怒る、そういう「普通の」会話。俺たちにとっては至って「普通の」ことだが、春川遥の目には眩しく映ったのだろうか。


「こっこっこ心からって……! こんな人と、心から話すわけないでしょ!」


 電灯の無機質な光が、十日市の頬を赤く照らし出した。

 あっ、そっちに反応するんですね。しかも否定するんですね。ですよね~。

 俺と十日市は昨日会ったばっかだし、それで心が通じ合うんならもう結婚するしかないだろう。


「でも、楽しそうだったよ」

「ッ!?」


 どんだけ恥ずかしいことを言ってくるんだコイツは。もしかして俺と十日市をくっつけようとしてくれてる? なんて良い奴なんだコイツは。


「あたしも、久しぶりにちょっと楽しかった。……そうだ、離れるなら、ここらがいいと思うんだけど」


 俺たちに尾行開始を促すためなのか、はたまた照れ隠しのためなのか、歩調を速めた春川は並んで歩いていた俺達の一歩先に出て言う。


「は、遥ちゃ…」

「じゃあ、よろしくね」


 春川は俺たちの返事も待たずかつかつと歩き出す。

 未だ恐る恐るといった足取りで、手や足が弱弱しく震えてはいるものの、体の中を真っ直ぐに貫く太い感情の鉄芯によって、彼女は堂々と歩いていた。


「……んじゃ、俺たちもしっかりしないとな」

「……うん。そだね」


 立ち止まって、少しずつ遠ざかってゆく春川を眺める。

 春川遥が、恐怖――いや、それ以上の「何か」に立ち向かう決意を持ったのなら、俺たちも彼女の相談を解決する決意を固めなければならない。

 オカルト部最初の活動にして、「勝負」の記念すべき第一回戦。

 俺と『マクスウェル』の初陣は、淡い星明りと無機質な電灯の光に照らされていた。













































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