9、魔法使いの目撃情報
「――魔法使いの目撃情報?」
騎士団で出た話題にシリウスは思わずギクリとしてしまった。
何も知らない部下は報告を続ける。
「そうッス。ここから王都の西門から出たところにある、マレウス山の麓付近からの通報ですね。空き家に誰かが住み着きだしたらしいんスけど、火の玉を見たって情報が相次いでいて、ウチの部署に回ってきました」
第五部隊は他所からは雑用係の認識のため、怪異やオカルトめいた話が回されることも多い。そのほとんどが見間違いや自然現象などで無駄足になることも多かったが、魔女や魔法使いに直結していることはあまりなかった。
(当然だろうな。奴らはそう簡単に尻尾を掴ませない。しれっとした顔で俺たちに混じって暮らしているんだ。……カペラのように)
とは言え、通報を無視するわけにも行かないだろう。話を聞いた隊長が部下二人を見る。
「エディ、それからトール。確認に行ってくれるか」
危険性が低そうなためか、隊長はシリウスの直属の部下エディ、そして報告を上げたトールに指示を出した。
普段のシリウスならば部下二人に任せるような内容だが。
「……お、れが行ってもいいでしょうか、隊長」
山・空き家・人が住み着きだした、の情報につい反応してしまった。
まさかあの女、焦っておかしな場所に住み着こうとしているじゃ? と。
(可能性はある。隠れ家がある云々と話していたし、夜な夜な次の住み家を探しているのなら、行動範囲は限られているはずだ)
名乗りを上げたシリウスに隊長が怪訝な顔をする。
「なんでだ? 何か気になる事でもあるのか、シリウス?」
「……いえ。最近少し身体がなまっていて。訓練がてら山に行くのもいいかな、と」
「ほう? 訓練したいなら他部署の訓練にでも混ざってくるか? 御前試合が近いからどこの部署も気合い入ってるぞ」
隊長はシリウスが何か情報を持っているのではないかと思っているようだった。確かに疑われやすい言動だ。
探りを入れられているとわかったシリウスは「実は」と言いにくそうな顔を作った。
「……事情があって、今、別れた妻が我が家に滞在しているのです。顔を合わせづらいので遠出させてくれませんか」
カペラほどではないが、シリウスだって嘘をつく。徹底的に隠そうとするよりも、真実が混ぜられた嘘の方がもっともらしく聞こえるだろう。
案の定、部下たちも「なあんだ」と言う顔になった。
「奥さんって、新婚初日に仕事人間の先輩に愛想尽かして出てっちゃったって人ッスよね?」
「あー、だから先輩、最近毎日帰ってるんですね。元奥さんに気ぃ遣ってるんでしょ。甲斐性ナシのスカポンタンだと思われたままなのが嫌なんだ」
「誰が甲斐性ナシのスカポンタンだ。……というわけで隊長、構いませんか?」
「……ん、まあいいだろ。じゃあ、シリウスとトールに任せよう」
隊長はシリウスの言い訳を信じているわけではなさそうだったが許可を出してくれた。シリウスはトールを伴い、目撃情報のあったマレウス山の麓へと向かうことになる。
「あれが最近住み着きだしたって人の小屋みたいスね」
トールと共に訪れたのは、周囲を森に囲まれたボロ小屋だ。
近くには湖があり、獣道を下っていけば村にも出られるようになっていた。
「……俺には、ただの木こりの小屋のように見えるが」
「俺にもそう見えますけど、こんな森の中で火を見たって人が多いんで通報されてるんですよ。山火事になってないから、狐火なんじゃないかとか、妖術使いがいるんじゃないかとか……。まーよくありそうな話ッスよね~」
トールと話しながらもシリウスはほっとしていた。
外に出ている鉈やノコギリなどはどう見ても山男が使う類のものだ。カペラが使いそうなものではない。
雨風で傷みが激しい扉をノックすると、これまたイメージ通りの大柄な山男がのっそりと出てきた。騎士団の制服を身に纏った若い男二人の姿に目を丸くしている。
「突然の訪問で失礼する。我々は王立騎士団所属の警備隊だ。この辺りで不審人物を見かけたとの通報が入ったため確認にやってきたのだが……」
扉の隙間からサッと中を確認する。
室内は缶詰などの食料品、釣り竿や網などの雑多な荷物がごちゃごちゃと転がっている。おっさんの一人暮らし風景そのものだが、どこかの病弱令嬢のように擬態して暮らしている魔法使いという可能性もあった。
「……申し訳ないが、念のために中を確認させてはいただけないだろうか。不審な点がなければすぐに失礼させてもらうので、ご協力いただきたい」
「へ? 騎士? か、構わねぇけど……」
見た目よりも甲高く、弱弱しい声の山男に断りを入れ、シリウスが中に入った。トールには小屋の周囲を調べるように指示を出す。
山男はおどおどしつつもシリウスのことを上に下にと眺めていた。
「あ、あのー、通報っていったい、どんな……」
「この辺りで火の玉をよく見かけるようです。……申し訳ない、馬鹿げた通報かもしれないのですが、我々も要請があった以上確認する必要がありますので」
「火の玉……。お、おれ、ランプを持って外に出ることがあるので……、もしかしたら……」
「ああ、可能性はありますね。確認させていただいても?」
「これです」
見せられたランプを確認したシリウスはちらりと見てすぐに興味を失ったかのように「なるほど」と頷くにとどめた。特に不審な所はなかったと戻って来たトールと共に、「異常はなかった、勘違いの通報だった」と詫びをし、小屋を後にする。
山男には帰ったと見せかけ、シリウスたちは近くに潜伏した。
本当に魔法使いなら、《魔女狩り》らしき騎士が尋ねてきたら警戒するだろう。カペラがよく口にしている「人避けの香」を使うかもしれないし、逆にうまく騙せたと安心してぼろをだすかもしれない。シリウスたちはこうして二重に確認を行っていた。
辺りが薄暗くなり、小屋の中に明かりが灯った。
扉を開けて出てきたのは女だ。
トールが囁く。
「女? いつの間に……⁉」
「俺が中を調べた時にもいなかった。俺は女を追う。お前は小屋を見張ってろ」
「はい」
フードを被った華奢な体格の女が森の中を歩いていく。
シリウスは距離をとりつつも、足音を殺し、木々に身を寄せ、いつでも剣を抜けるような緊張感で後を追った。どう見ても女だ。そしてフードの下の髪は黒に見える。
(カペラ……? いや、そんな、まさか……)
だが、もしカペラだったら。
今度こそ見逃してやることは出来ない。
女は徐々に足を速め、まるでシリウスを撒くように木々の間を歩いた。シリウスも後を追うが、土地勘がないせいで迷いそうだ。
(しまった、見失っ……)
ヒタリ。背後から冷たい刃を首元に当てられたシリウスは息を飲む。
「……《魔女狩り》の騎士だな?」
ハスキーな声はカペラのものではない。いつの間にか背後に回った女が、シリウスの首に短剣を当てていた。
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