7、やり直しの新婚生活?

「…………お肉を買いに行っていただくように頼んだのに、坊ちゃまが奥様を連れて帰られた……?」


 ぽかんとした顔のアデールに出迎えられたが「もう妻じゃない」と否定はさせてもらう。使用人二人にかいつまんで事情を説明すると、シリウスの想像通りアデールは目を潤ませてカペラの手を握った。


「お父様が亡くなられてさぞや寂しい思いをなさったでしょう。奥さ……、カペラ様。戻ってきてくださって、私、本当に嬉しいわ!」


「……アデールさん。良くしてくださったのに、早々にこのお屋敷を出て行ってしまって本当にごめんなさい。ひと月だけこのお屋敷に居候させてもらいますが、どうぞ、お気遣いなくお願いします」


 儚げな美人のカペラがそんなセリフを口にすると大抵の人間は庇護欲をそそられるらしい。


「そんな、ひと月なんて言わずに、ずっといてくださっても――ねえ、シリウス坊ちゃま?」


「そんなに長く空けられないだろう、カペラ? お母上の植物を育てられる温室か庭園が早く見つかるように俺も協力しよう」


 アデールからは「本当に一か月で追い出すなんて、あんたは鬼か! 人でなし!」とでも言いたげな視線が飛んできたがシリウスは無視した。当然、継母に知られれば無駄な期待を持たれそうなので、実家に伝えたりしないようにアデールとトムには厳重に口止めしておく予定だ。


「ありがとうございます、シリウス様」


 カペラも文句を言わずににこりと微笑む。


 互いに復縁するつもりはないというオーラを出し合いながらも、温室付きの物置小屋で寝るというカペラの意見は却下しておいた。隙間風が入るような小屋に女を寝かせるなど非常識だろう。例え、相手が魔女であっても。


 ◇



「…………」

「…………」


「さあさ、お二人とも積もる話もあるでしょうから、どうぞごゆっくりなさってくださいね」


 食事の用意を終えたアデールは下がっていき、ダイニングではシリウスとカペラは向かい合って夕食をとる羽目になった。


 シリウスが肉屋に行かずに帰ってきたせいで、ありあわせの家庭料理だ。保存用の分厚いベーコンを使った野菜の煮込みやパンといった、これといった豪華さはない食事だが、匙を入れたカペラは「おいしい」とほっと息をついていた。


(そういえば、この屋敷で二人で食事をとるのははじめてだな)


 結婚式後の食事はすっぽかしたし、デートではレストランに行ったが、気取ったメニューやマナーに気をとられて食事を味わうと言った感じではなかった。


「シリウス様、わたしに構わずお酒を飲まれてもかまいませんよ」

「馬鹿言え。危険人物が目の前にいるのに飲むわけがないだろう」

「危険人物ってひどーい。わたしは無害な魔女ですよぅ」


 そう言ってパンを頬張るカペラは確かに人畜無害そうに見える。

 上品に食事をとっている姿しか知らなかったが、これが彼女の「素」なのだろう。



〝今日は素敵なお店に連れてきてくださってありがとうございます、シリウス様〟

〝ああ、その、喜んでくれたのなら何よりだ……〟

〝こういった場所にはよく来られるのですか?〟

〝……いや、仕事が忙しくて、なかなか……。カペラ嬢は?〟

〝わたしも体調が優れないことが多いので……〟

〝……そうか〟

〝はい……〟



 互いに猫を被りあい、本音で話したことなどただの一度もなかったことを思い出す。


 カペラは今さら取り繕っても無駄だと思ったのか、病弱の仮面を脱ぎ捨てて食事を頬張っているし、シリウスも令嬢相手には些か失礼すぎる雑な口調で話を続けた。


「……で、植え替えとやらは済んだのか」


「ええ。急ぎのものは大方。植木鉢だといい子にしてくれなかったから間に合って良かったわ」


「………………持ち込んだものは本当に無害なんだろうな? 二足歩行で歩き出して逃げ出すとか、引っこ抜いたとたんに叫び声を上げる植物はないんだろうな?」


「やだ~、シリウス様ったら想像力豊かですね~」


 あるともないとも言わずにカペラがさらりと交わす。


「心配されなくても、シリウス様のお立場が悪くなるようなことは致しませんよ。魔女を匿っているなんて知られたらお立場が悪くなるでしょう? そこまで恩知らずじゃありませんわ」


「……なら、いい。くれぐれも問題だけは起こすなよ」

「はいはい」

「はいは一回だろうが!」

「はーい」


 なんだこのやりとりは! と思いながらも、結局はカペラに甘い顔をしてしまう自分を呪った。


 ◇


(あいつ、部屋に引き上げていったが、変なことはしていないだろうな)


 夕食後。シンと静かなカペラの部屋が気になったシリウスは、つい上階や廊下の物音に耳を澄ませてしまう。


 いつぞやのように、窓から箒でひとっ飛び、なんてことをしでかしていないか。


 気になったシリウスはそっとカペラの部屋の前まで行ってしまう。物音一つしない室内はいっそ不気味で、騎士団で叩きこまれた身のこなしで音を立てないようにドアノブを回した。


 部屋の中は真っ暗だというのに、カーテンすら閉めていない。


 あいつやはり出ていったな……と室内に入ったシリウスは、ソファで寝こけているカペラの姿にぎょっとした。


「おい……っ、こんなところで寝るな。風邪ひくぞ」


 着替えすらしていないじゃないか。

 食事をとったあとそのまま眠ってしまったらしい。

 起こそうと肩に手をかけようとしたシリウスだが――


「と……さま……」


 眠っているカペラの眦から涙が一筋流れたのを見て思いとどまった。


 かといって、抱き上げてベッドに運ぶのもためらわれ、黙ってブランケットをかけてやって部屋を出る。


(……一か月。一か月だけの居候だ)


 ただでさえ、《魔女狩り》の自分が魔女を家に入れているだけでも問題なのに、深入りしてどうするんだと自分を律する。


(そもそも、俺がこいつに甘い顔をしてしまうのも、おかしな香水のせいで操られてしまっているからで……)


 今は、カペラからはあの甘い匂いはしない。

 宣言通り即刻落とさせたからだ。代わりに、肌や髪からは石鹸の良い香りがして、……シリウスは入ってきた時と同様に音を殺して部屋を出た。そして夜のうちに屋敷を発つ。


 帰るのが億劫だった自分の家だが、騎士団の詰め所に戻る足取りは重く、なぜだか後ろ髪をひかれるような思いだった。


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