第23話 白紙の召喚カード

 小麦に護衛して貰いながらの性能検証は思いのほか早くに終わった。ただ、その理由が『検証に時間を掛ける必要性が無かったから』であることを考えるならば、この結果を素直には喜べない。


(……見所がまるでなかった訳では、無い。)


 この召喚カードならではの使い道はあった。だが、それでも一言。感想はこれに尽きる。



「性能が極端過ぎない?」

「志麻先輩と相性が良いって言うのも、なんだか納得ですねぇ~。」

「俺だってここまで尖ってはいないだろ!?」



 特筆すべきは召喚に掛かる時間だろう。なんと、脅威の0秒である。

 当然だが、どんな召喚カードを使用するよりも圧倒的に早い。しかも消費魔力も極小なのだから、召喚カードとしての使い勝手は召喚獣よりも上だったのだ。


 それならば肝心のエリア効果はと言うと……エリア効果は、無い。と言うか召喚されるエリア自体が無かった・・・・・・・・・・・・・・・

 ……果たして、これをエリア召喚と呼んで良いのだろうか?



◇◇◇



 エリア召喚の性能検証は水場で行われる事が多いのだが、これには2つの理由がある。

 水と置き換わる形で召喚エリアが出現するので視覚的に召喚範囲が分かりやすいのと、置き換わる際の環境変化が大きければ大きいほど召喚維持コストも大きくなるので、要は負荷状態のチェックである。


(召喚維持中はエリアの法則が優先されるから、水中でエリア召喚してもエリア内に水が流れ込むことはない。)


 だからこそ本来であれば召喚維持コストは大きくなるのだが……白紙の召喚カードを水場で使用した場合にはなんと、なにも変わらなかったのである。

 召喚自体はされているようなのだが、空間の置き換えが発生せずに足元は水が流れるまま。置き換えが発生しなければ当然、エリアに特殊な効果が発生することも無い。なるほど、召喚に時間やコストが掛からないのも納得である。

 ……いやいや、これは納得しちゃ駄目だろう。幾ら召喚に時間やコストが掛からなかろうが、効果が一切ないのではそもそも召喚する意味が無い。



(戦闘での運用は……無理じゃね?)


 戦闘で役立つイメージはついぞ浮かんでこないが、その代わりに戦闘以外であれば運用先には困らない。召喚が容易という事は荷物置き場としては使い勝手が良いのだ。もしこれでもっと大きなエリア範囲であったなら、或いは結構な金額で売れたかもしれない。



 ちなみに、荷物収納については他の召喚カードと変わらなかった。召喚を解除する際に、召喚範囲内にある荷物を術師が『召喚解除に含める』と念じていれば、それもあわせて召喚解除時にカード内へと収納される。ただし、この方法で収納した荷物は召喚カードを使用する度に一緒に召喚されてしまうので注意が必要だ。


(その点だけはエリア召喚に利点、か。)


 一緒に召喚されてしまう仕様はエリア召喚でも召喚獣でも変わりないが、エリア召喚には召喚範囲をカードの絵柄全体ではなく一部にする『部分召喚』がある。これならば、余計な荷物まで召喚されることは無い。


 まぁ厳密には召喚獣でも部分召喚は使えるのだが……召喚範囲を狭めた結果、『召喚獣の上半身だけ召喚』なんてことになれば元も子もないので、召喚獣で部分召喚を行う召喚術師は滅多に居ない。



 その他にも生物の収納が不可能であったり、自身の所持物でなければ収納出来ないと言った制限もあるにはあるが、それにしたって便利な副次的機能である。


 ……とまぁ、これが検証で判明した白紙カードの性能の全てだ。


「どう思う?」

「そうですねぇ……消費魔力が少ないので、荷物置き場としての使い勝手は良さそう、かなっ?」

「それについては俺も同意見。 で、ここからが本題なんだけど……小麦はこのカード、売ってたら買う?」

「それは、えっとぉ……。」


 召喚カードは最低価格であっても百万円はする。俺より稼いでいるクラス2の冒険者だろうと、簡単に出せる金額では無いだろう。


 チラリチラリと俺の顔色を伺う小麦の表情が答えるまでもない結末を物語っていたが……俺は直接言葉で語られるまで可能性を信じるタイプなんだ。

 『目は口ほどに物を言う』としても、目にはまばたきがある。それならば瞬きの間に違う事を言っている可能性だってあるでは無いか。……まぁ、俺が現実から『目を背けている』だけかもしれないけども。



 発言を撤回する様子を見せない俺を前に、しぶしぶと言った感じで小麦は先の続きを口にした。


「エリア範囲がその大きさだと、ボククラス2では元を取り返すまでに時間が掛かり過ぎるから……買わないかなぁ。」

「そんな気はしてた。」

「でも、もっとハイクラスの人なら……!」

「ハイクラスの人なら、これよりも専用の荷物置き場を用意するでしょ。」


 これさえあれば大した手間が増えることなく持ち帰れる荷物量を増やせるのだから需要が無い訳では無いが、荷物置き場として活用するなら他により良いカードは幾らでもある。何をするにも、まず召喚エリアが狭すぎたのだ。


(こんな召喚カードが手に入っても、それでどうしろって言うんだよ……。)


 ガチャの自力排出では相性の良いカードが選出されると言うが、相性と趣味嗜好は違う。これならば相性が悪かったとしても、使い道が無かったとしても、何でもいいから召喚獣が欲しかった。



「そうだ、志麻先輩! これで検証は終わりですよねっ? 思ったよりも早くに終わっちゃいましたけど、この後どうします? ここからは本当にデート、しちゃいますぅ~?」

「デート云々は横に置いておくとしても……確かにこれで帰るのは早過ぎるよな。」

「えっ! なんで今デートを横に置いたんですか??」

「俺の両手が『未成年者には手を出すな』って常識を持ち上げるので手一杯だからだよ。」

「それなら安心して下さい、『ダンジョンでは常識が通じない』って言いますからねっ!」

「それはちょっと意味が違うんだよなぁ……。」


 気分転換も兼ねてだろう、弾む声で話題を変えてくれた小麦に内心で感謝しながらもこの後の予定を思い浮かべてみるが……当然のようになにも浮かんでこない。

 俺からダンジョンを除いたら何も残らない生活をしてきたからなぁ。我が事ながら、彩に欠いた生活である。

 出来ることなら今からでもバラ色の人生を送りたいものではあるが、ダンジョン内でのバラはモンスター枠だ。ダンジョンに居るうちはリア充とは程遠いだろう。ダンジョンで目に付くのはリア獣モンスターだけである。



 ともあれこの後に予定無く、小麦もまた時間に余裕があるのであればこのまま真っ直ぐ帰還と言うのは美味しくない。なにせ、これで帰ってしまえば本当に小麦クラス2を性能検証に付き合わせただけになってしまうのだ。

 小麦であれば『それでも良い』と言ってくれるだろうが、仮にも慕ってくれている後輩に甘えてばかりと言うのは先輩として些か格好が悪過ぎる。せめてお土産を持たせて帰らせるぐらいはしたい。いやまぁ、小麦にも働いて貰うのだから、厳密にはお土産とは言えないけども。



「適当に、ゴブリン狩って行くか?」

「おっ、いいですねぇ~! それなら折角なので、近くの集落をいくつか潰して回りましょうよぅ!」

「お、おう……。」


 軽い気持ちで行った提案は小麦の笑顔と共に上書きアップグレードされる。

 レッサーゴブリンと言えども、複数体同時に相手することになれば冒険者にとっては十分な脅威だ。それを複数どころか、集落単位で相手しようというのだから、小麦は紛れも無くクラス2である。

 普段であればリスク的にも挑戦することは無い。無いが……。



「よし、いいね。 やろう。」


 それでも今回の戦いは普段とは違う。今回は、パーティー対パーティー。

 つまりは集団戦なのだから。

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