第20話 魔道具と召喚獣

 寝て起きて、現実で悪夢を見てまた眠る。そんな自堕落な生活で心の摩耗を癒した俺はついに現実を見ることにした。



(もう、冒険者を辞めよう。)


 召喚獣を手に入れるためにこれまで散々無理をしてきた。しかし、それでも手に入らないのなら……それはもう、『俺とは縁がなかった』と思うしかないだろう。

 決断するまでに随分と長い時間を費やしてしまったが、今ならまだダンジョンの無い生活にだって戻れる。


 ただ、その為には『冒険者を辞めた後、どうやってお金を稼ぐのか』が問題である。この年齢になるまで冒険者一筋だった俺を今更正社員で雇ってくれる企業があるだろうか?


(……それは流石に高望みし過ぎか。)


 探せば一社ぐらいはあるかもしれないが、仮にあったとしてもそんな企業は当然のように競争率も高い。もって俺が採用される事は無いだろう。



 であれば、基本的にはアルバイトをしながら細々と暮らしていくことになるが、それは今までよりも金銭的にも拘束時間的にも厳しい生活である。

 しかし、その見返りとして死の恐怖に怯える事のない平和で緩慢で、停滞した日常が得られると思えば……それは、悪くないんじゃないかな。

 常に進み続けていられる人間なんて早々いない。人間誰しもどこかで立ち止まったりするものだ。俺にとってはそれが今この時だったのだろう。




 でも、冒険者を引退するという事はそれまで買って貰っていた株を全て白紙にしてしまう訳だから……弥生さんに会わす顔がないなぁ、とは思う。

 それだけが心残りで何をするにも身が入らず、部屋の掃除で事態を先送りにすることしか出来ずにいた。こんな時にばかり掃除をするものだから、俺の部屋が片付いているのは大抵ろくでもない時ばかりだ。



「ん? なんだこれ?」


 やるせない気持ちをかかえながらに掃除をしていると、見覚えのないカードが2枚落ちているのを見つけた。いくら家の中に無頓着な俺でも金になるカードをそこらに放り捨てたりはしない。

 使わないなら売るし、使うなら使いやすい場所に置く。だからこそ、このカードには本当に心当たりが無かったのだが……。



「……ああ、そうか。 そういえば残りの2枚を確認していなかったな。」


 この前のガチャではハズレアの衝撃が大き過ぎて頭から抜けてしまっていたが、ガチャは一度回るとアイテムを3つ排出する。つまり、この2枚はその時に排出された残りのアイテムなのだろう。それならば見覚えの無さにも説明がつく。


 ガチャ結果を確認し忘れるなんて少し前の俺であれば考えられない事だったが、引退を目前に控えた今となってはそこまでの執着は生まれない。せいぜい、『金目の物だったら嬉しいな』と思うぐらいである。



「1枚目は……弁当か。」


 拾い上げた1枚目のカードに描かれていたのはデザイン段階でさえ匂いを感じてしまいそうな程にリアルなお弁当。500円で買えるならたまに買いたいぐらいには豪華で美味しそうだ。


 カードに対して魔力が流れていかない感覚からして、このカードは一度限りの使い切りアイテムなのだろう。魔道具や召喚獣と違って一度召喚してしまえばカードには戻せないし、修復もできない。

 カードの状態であれば時間経過がない上に幅を取らないので保存食としては非常に優秀だが、結局はただのお弁当なので魔石の方が価値は高い。引くだけ損をするアイテムの典型である。ガチャのノーマル排出にはこの手の使い切りアイテムが多い。



 ハズレアに続いてハズレを引いてしまった訳だが、その割にショックは薄い。なんと言うか、『ハイハイ、そうだと思っていましたよ』って感じで、諦めの境地に達してしまっているのかもしれない。


「2枚目は……えぇぇ?」


 さっさと確認を終えて掃除に戻ろうと思っていた俺の目は予想外にもそこで釘付けとなった。ただ、それは『喜び』からではない。しかし、『失望』からでもない。ただただ、『困惑』だったのである。



「なんで、白紙ブランクカード……?」


 俺が手に入れたもう1枚のカード、そこには何も描かれていなかったのだ。



◇◇◇



 白紙ブランクカード自体は珍しくもなんともない。と言うより、魔道具・召喚カードを使用する全ての冒険者にとって関係のあるカードと言っていいだろう。



 例えば召喚獣が負傷した場合、召喚を解除しても負傷は負傷のままカードのデザインに反映されるのだが、それが負傷ではなく死亡だった場合にはカードのデザインは無くなる。つまりは白紙ブランクである。


 俺でも何度か見たことがある程度にはありふれているが、それにしたってガチャから排出した最初から白紙と言うのはどういう事だろう。無系の召喚獣だってここまで無ではない。



「! 魔力が流れる。 という事は魔道具か召喚獣ではあるのか。」


 これで手に入るアイテムが使い切りの『酸素』とかだったら目も当てられなかったが、とりあえずその心配は無いようだ。あとはこのカードが『魔道具』と『召喚獣』のどちらであるか、だが……。


(魔道具と召喚獣の特徴はそれぞれこんな感じだっけ。)



【魔道具カード】

魔道具を召喚、召喚解除できる。

召喚、召喚解除時には魔力を消費する。

召喚維持に魔力を消費しない。

魔道具起動時に魔力を消費する。

カードの世界に入れない。

ダンジョンでは召喚、召喚解除できない。

アイテム保管スペースとして使用できない。


【召喚カード】

召喚獣を召喚、召喚解除できる。

召喚、召喚解除時には魔力を消費する。

召喚維持に魔力を消費する。

召喚獣が使用する魔法は召喚獣の魔力を消費する。

カードの世界に入れる。

ダンジョンで召喚、召喚解除できる。

アイテム保管スペースとして使用できる。



 白紙からの修復はどちらにしてもカードに大量の魔力を注ぐだけであるが、いくら魔力を注ごうとも魔力が修復に使われる感覚はない。やはり、白紙がこのカードにとっての正常デフォルトのようだ。そうなると考えられる可能性としては……透明な魔道具或いは召喚獣だろうか。



(これは……ひょっとすると、ひょっとするっ?)


 当然ながら当たり枠は透明な召喚獣だが、透明な魔道具にだって夢はある。それこそ不可視の魔剣だったりしたなら売って良し、使っても良しだろう。

 僅かではあるが冒険者熱が戻ってくるのを感じる。俺はまだ、諦めなくても良いのだろうか。



 魔道具と召喚獣を見分ける一番簡単な方法はカードの世界に入れるかを確認する事。カードの世界は人体に害を与えないので、何かも分からない物体をそこらに召喚してみるよりもカードの世界に入って確認した方が安全性は高い。



(頼む、カードの世界に入れてくれ……!)


 願いは魔力を代償に叶えられる。身の回りの空間が揺らぐ感覚と共に俺は何も無い白色の空間に移動したのだ。つまりは召喚カードで確定である。



「ついにッ、ついに召喚カードを手に入れた……!!!」


 胸に込み上げてくるものがあって思わず叫んでしまったが、この世界には俺と召喚獣しかいない。召喚獣は驚かせてしまうかもしれないが、その程度の不信はこれからのコミュニケーションで取り戻せば良いだろう。それよりも今この気持ちを抑え込む方が余程難しかった。



「それで、俺の召喚獣は何処かなっ?」


 カードの世界を見回してみてもやはり何も見つからない。なるほど、どうやら俺の召喚獣は恥ずかしがり屋の引っ込み思案らしい。俺に似たのかな?


 召喚獣探しも兼ねてカードの世界を数歩進んでみるとそれ以上は先へと進めない境界にぶち当たった。この世界は俺が両手を広げた範囲しか無いようだ。荷物を預けるスペースとしては少々心許ないが、それでも預けるスペースの一切無かった今までよりは有るだけマシだろう。それよりも今問題なのはこの狭い空間で手を広げているのに召喚獣に触れない事である。


 ステルス性能の高い召喚獣が存在しない訳では無い。だが、常に透明かつ触れられない召喚獣なんてものは存在しない。と言うか、そんなものは居ても居なくても変わらないだろう。

 ……薄々そんな気はしていたが、流石にもう認めるしかない、か。





「これ、エリア召喚カードだ……。」


 俺が初めて手に入れた召喚カード。それはエリア召喚系だったのだ。

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