第1章 魔道具師の戦い
第1話 ダンジョンの実地訓練
「それでは、本日の授業を始めます。」
天気の良い
「皆さんもご存知のように、ここは東京ダンジョンの第1階層。 フィールドタイプはダンジョンでもごく一般的な『平野』ですね。 ダンジョン内なのに太陽が真上に見えているのも、都内に見渡す限りの平野が広がっているのも、『この階層はそういうフィールド』と決まっているからなんです。」
なぜならここは命保証されぬダンジョン内。穏やかさの裏側では常に誰かの命が危険に晒されているのだから。
まだ子供と呼んで差し支えない男女十数名に、大人が四名。
ダンジョンの実地訓練を義務教育で行うようになったのはいつからだっただろうか。数年前に同じ授業を受けた身としては懐かしさを覚える。
「この階層で出現するモンスターは主に小動物系と亜人系。 小動物系は武器さえあれば皆さんでも倒せる程度の強さですが、亜人系は難しいですね。」
小動物系とは普通の小動物にちょっとした要素が加わったモンスターのことを言う。例えば、ウサギに角が生えたホーンラビットが有名だろう。この階層でもよく出現する。
亜人系はゴブリンやコボルトなどの人型モンスターである。この階層に出現するのはその中でも
人型のせいで倒す事への忌避感を抱きやすく、不慣れな者が倒しきるのは難しい……この階層での事故原因ナンバー2だ。
その他にも植物系や幻想系、変わり種では無系なんてものも存在するが今は割愛するとしよう。
余裕があるとは言え、ここはダンジョン内。これ以上、思考の海深くに潜ってしまえば海面から取り残されてしまう。
「ただ、モンスターは
先程から慣れた口調でダンジョンの説明を行っている成人女性は恐らく、引率の先生なのだろう。未知への冒険を目前に控えた授業に、生徒たちはソワソワと浮き足立っているように見える。
果たして、この中の何人が先生の話を真面目に聞いているだろうか?
先生もそのことには気付いているだろうに、強く咎めたりはしないらしい。生徒の気持ちが分かるだけに、注意しにくいのかもしれない。
「……良いですか、皆さん。 初めてのダンジョンで落ち着かない気持ちも分かりますが、くれぐれも軽率な行動は控えて下さい。 ダンジョン内では、いつ命を落とすことになろうとも不思議ではないですよ。」
それでも引き締めるべき所ではキチンと引き締めているあたり、さすがはダンジョン実地訓練を任された先生である。
それまでガヤガヤと立てられていた物音は優しい声音から発された物騒な内容を前にピタリと止まった。
とは言え、その沈黙も何時までもは保つまい。なにせ、子供にとってのダンジョン探索は憧れの塊なのだ。
「でも、なにかあったらその人が守ってくれるんでしょ?」
男子生徒の1人が、彼らの傍らに立つ成人男性を指差し、先生に質問する。ダンジョン内だと言うのに何処か余裕そうな表情を浮かべているのは、周りに度胸を見せたいがためだろうか。
ダンジョン実地訓練には先生同伴の他にダンジョンインストラクターを最低でも2名、着けなくてはいけない。今、男子生徒が指差した相手が正にそのインストラクターで、第1階層のインストラクターは第2階層まで潜れる強さを持つ人じゃないとなれない。
つまり、男子生徒が言うように彼らがいる限り余程のことでもなければ事故は起きないのだ。そうでなければ、こんな危険なことを義務教育に組み込むなんて出来やしない。
……いくらかのダンジョン知識を持っていたならば、安易にそう思ってしまうかもしれない。しかし、その
「勿論、なにかあればインストラクターさんが召喚獣を呼び出して守ってくれます。 でも、召喚獣は呼び出すまでに時間が掛かるんですよ。」
そう、召喚獣は召喚を試みて直ぐに召喚できる訳では無く、召喚獣の強さやサイズによって、召喚までに時間がかかるのだ。
『だから、召喚獣を呼び終える前に襲われるような事があったなら……』
続きを言わずとも、先生が言いたかったことは全生徒に伝わったらしい。質問を行った男子生徒の顔色もみるみる真っ青へと変わっていく。
どんなに気を配ろうとも、ダンジョン内に絶対の安全なんてものは存在しない。
「それなら、もう召喚獣を呼び出してよっ!!」
別の女子生徒が涙目になりながらも先生に思いの丈をぶつけている。少しばかりヒステリックになっているのかもしれない。
「それは出来ないんです。 召喚獣は召喚している間、ずっと召喚主の魔力を消費しますから……。」
少女が言うように、誰もが『ずっと召喚獣を呼び出していたい』と思うのだが、それは現実的では無い。
それが出来るのは召喚術師の中でもほんのひと握り、魔力量に自信がある者だけなのだ。
首を横に振りながら告げられた否定の言葉に女子生徒は絶望しているようだった。
「でも、先生とインストラクターさんの言うことを聞いていれば絶対安全ですから! 焦らず、ゆっくり進んでいきましょうねっ!」
「「「はい……。」」」
言うことを聞いてもらうためとは言え、生徒を怯えさせ過ぎたことに気付いた先生が慌てて明るく振る舞うも、時既に遅く。ダンジョンに慣れている先生と違い、生徒は皆萎縮しきってしまっていた。
或いは、憧れの真実に
◇◇◇
集団が不用心な物音を立てながら移動していく。子供たちはヒソヒソ小声で話しているつもりなのかもしれないが、障害物の少ない平野では案外音は遠くまで響く。
少なくとも、生物の存在感は周囲に伝わってしまっていた。
本来であればそのお喋りも注意しなくてはいけないのだが、今の子供のメンタルに沈黙を強いるのは酷だろう。そんなことをしてしまえば恐怖に押し潰されかねない。
だから、多少の物音を立てながら歩く事は仕方がない事だ。問題があるとするならばそれは。
(やっぱり、こっちに向かって来るかー……。)
それまで遠見・遠聴の魔道具で動きを追っていた学生達の向かう先が俺のいる方角だと言うことである。
別に悪いことをしている訳では無いので、彼らと遭遇したとしても何も問題は無い。問題はないが……俺はインストラクターと違って彼らのお手伝いに雇われている訳では無いので、接触するメリットが
遠くから様子を伺っていた事も、それぐらい出来なければ魔道具師がダンジョンでやっていけないので批判される事では無い……のだが、不審には思われるかもしれないので隠しきれるのであれば隠しきりたい。
それならば、やるべき事は決まっている。彼らの行動に合わせて移動を開始しよう。
彼らに見つからず、
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