第4話 妖精姫《リリィ》
「っかは、ひゅっ……」
窮地を脱したことでそれまで後回しにされていた呼吸を身体が求め始めたのだろう、急激な酸素の渇望に呼気が乱れる。
こんな時こそ落ち着いて深呼吸するべきなのだろうが……そのことを頭では分かっていても肉体が付いていかない。
心臓が痛いほどに脈動していた。ただ、それらは全て、生きているからこその苦しみでもあった。
(生き残った、のか……?)
生存を度外視にした戦闘を行っていた為に未だ追い付いていなかった実感がじわじわと染み渡っていくのを感じる。それと同時に恐怖心もまた、ぞわりぞわりとにじり寄ってくる。
(死んでいても、おかしくなかった。 そうだ、時間稼ぎにあんな無謀は必要なかっただろ……!)
あの時はあれ以外に道が無いように思えていても、過ぎ去ってしまえばその道は袋小路だったと分かる。今回はたまたま行き止まった先の
「ねえ、大丈夫かしら?」
いや、正確には壁はたまたま壊れたのではない。視力の回復を待って声のする後方へ視線を向けると、そこに居たのは可憐なる壁の破壊者。
階層渡りを一撃で殲滅してみせたのは、幻想系の中でもとびきり有名な幻想を引き連れた美少女だった。
煌めく羽根持つ小人型召喚獣、
少女の周りをクルクルと飛び回る手のひらサイズの召喚獣はこちらの視線に気付いたのだろう、人懐っこい笑顔を浮かべながら手を振っている。
まるで人の機微を理解しているようにも思える行動はそれもその筈。この妖精こそがまさに人の言葉を解するモノであり、微塵も悪意の含まれていない笑顔に思わず手を振り返しそうになるが…………騙されてはいけない。
人の言葉を解したとしても妖精には妖精の判断基準がある為、琴線に触れてしまえば笑顔を浮かべたまま無邪気に敵対してくることさえあるのだ。
召喚獣であるならさすがに敵対の心配まではないだろうが、それでもイタズラ好きな性格は変わらないので興味を持たれないぐらいの距離感が一番被害が少なくて済む。
小さな身体から繰り出される魔法は文句無しにクラス3
そして、妖精を使役する召喚術師の少女も或いは妖精以上に有名かもしれない。
太陽下で透き通る銀緑の長髪と熱量に溢れた緋色の瞳。整った顔立ちの中でも特に際立つこの2点があまりにも日本人離れしていて、妖精の一種と言われた方が遥かに納得し易い。これ程の幻想的な美しさは、もしかしたら本当に少女の家系のどこかで妖精と交わりがあるのかもしれない。
ただし、妖精とは対照的なのが目尻の鋭さと少女の態度だろう。親しみやすい妖精とは真逆で、少女からは冷ややかさを覚える。妖精とは違った意味で近づき難い印象だ。
召喚術師を象徴するローブの上からでも分かる抜群のプロポーションは若さに溢れているだけでなく情欲的であり、総合的な美しさは美形揃いの妖精とも並び立つ。
冒険者デビューから僅か1年で【
(この子が
真に美しい者を見たら人は息を飲むことしか出来なくなるらしい。縁に恵まれた交友関係のおかげで美女を見慣れている俺でさえそう思ってしまうのだから、妖精姫の美しさはずば抜けている。
「……? 大丈夫なの?」
返答が無いことを怪訝に思ったのだろう。妖精姫が再度尋ねてきた事で我に返る俺だったが、俺が返事をするよりも先に矢継ぎ早な歓声が上げられた事で返答の機会を
「さすがお姫さまっ! 倒し方からして美しいのですぅ!」
「クラス3モンスターを一撃って! 実力はもうクラス4ですねっ!!」
「お姫さま、素敵です!」
妖精姫の周りを取り囲む無数の女性。そのうちの1人が妖精姫を持ち上げる賛辞を述べると、その他も負けじと声を張り上げていく。
(ここ、ダンジョン内なんだけどなぁ……。)
まるでダンジョン内にいる自覚のない彼女たちは俺からの白い目線にも気付いていないように見える。或いは、気づいた上で気にしていないのか。
そんなに大声を出していたらモンスターが近寄ってくるだろと思うのだが、もしかしたらそれも彼女たちの狙いのうちなのかもしれない。
妖精姫とは違い、俺の生存を気にしている様子のない彼女たちは妖精姫のパーティーメンバーではない。
それなのに、彼女たちが妖精姫に着いて回るのには当然のように理由がある。
「あっ! 階層渡りが魔石をドロップしたみたいですよ!」
取り巻き女性の1人が妖精姫を差し置いて舞い上がりながらも俺の真横を指差し、歓声を上げた。
第1階層ではまずお目に見ないサイズの魔石は女性が言うように、階層渡りのドロップアイテムなのだろう。
ドロップアイテムの存在ばかりを気にするこの切り口、間違いない。彼女たちは……ハイエナだ。
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