第46話 禁断の奥義 シャークトパスですって!?

 わたくしは、ナイアさんによくしてもらった記憶を思い出します。


 あれは、幼少期の頃でした。悪ガキと遊んで帰ってきたときのこと。


 ナイアさんが、廊下でうずくまっていました。頬に手を当てながら。義父にぶたれたそうです。服もはだけて、大きな胸が片方こぼれそうになっていました。当時のわたくしにはわかりませんでしたが、そういう行為の最中に頬を張ったのでしょう。


「大丈夫ですの、ナイアさん」

「ええ。なんともありませんよ、ルクレツィア様」


 あの人の尖った耳と褐色の肌を、そうそう忘れることはできません。


 ですが、そのきれいなお肌を汚すとは。


 わたくしはハンカチを水に浸し、やや朱に染まったナイアさんの頬にあてがいました。


「ルクレツィア様、ありがとうございます。使用人のあたしに優しくしてくれて」

「どうってことありませんわ」

「うふふ。あなたは、誰とも分け隔てなく接してくださるんですね」


 子供の頃はわかりませんでしたが、あとになって知ったのです。当時のダークエルフは、裏の稼業を専門にしている種族だと。まともな職につけず、身体を売ってらっしゃる女性もいたそうです。


 幼いわたくしは、そんなナイアさんの事情などまったく知りませんでした。


「人って、そういうものではありませんの?」

「ああ、あなたはそういう方なのですね。美しいです」


 あのときの言葉は、もしかして傷つけてしまったのでしょうか。


 だから、ナイアさんは。


 とはいえ、ナイアさんが本心から人類の滅亡など望んでいる気がしません。 


 ですが、目の前のラトマは違います。


赤の女王キラー・トマトが、あんな愛をなんたるかも知らない女が、あなたなんかに愛情なんて注ぐわけないわ! あなたはただ、切り札として生かされていただけよ! この聖域を見つけ出すためだけにっ! あなたなんて、道具にすぎないのよ!」


 ヒステリックに、ラトマは叫びましたわ。


 たしかに、ラトマの言葉には説得力がありました。


 とはいえ、はたしてそれだけの理由で、わたくしは【赤の女王】によくしてもらったのでしょうか。だとしたら、相当な策士ですが。


 どうもラトマは、自分の考えを曲げたくない一心な気がしてなりません。


「第一、あたしがあなたを認めない! あなたがサメ使いの勇者? 笑わせないで! たいした力もないくせに!」


 ラトマは眉間にシワを寄せて、わたくしを嫌悪の眼差しでにらみます。


「だから、ここで決着をつける!」


 チェーンソーを構えながら、ラトマはステイサメさんに突進していきました。


 ステイサメさんは相変わらず、赤いサメ【デヴィル・シャーク】を追い詰めています。


「あなたの愛を試させてもらう! 【シャークトパス】!」


 なんと、ラトマはデヴィルシャークを真っ二つにしてしまいました。


「うわあああ!」


 返り血を浴びたステイサメさんの足に、イカの足が生えてきます。なんということでしょう。ステイサメさんの下半身がイカになったではありませんか。


「なんだこれ!?」


 イカの触手はステイサメさんの意に反し、デジレやエビちゃんさんを締め上げていきます。


 海軍の人たちも、縛り上げてしまいました。


「ルカン、どうしよう!? ワタシがワタシじゃなくなりそう!」


 いつも冷静なステイサメさんが、珍しく取り乱しています。


「気をしっかり持つのです! あなたは人を殺せるようなサメさんではありませんわ!」


 わたくしは、なんとか励ましの声を伝えました。


 触手はみんなを絞め殺してはいませんが、自由を奪っています。


「どう? 【サメ】と【深きもの】とが融合した、究極の抹殺生命体は! そのうち、デヴィルシャークはあなたのサメの意識も奪ってしまうわ!」


 ステイサメさんは、戸惑っていました。が、パーカーがデヴィルシャークに侵食されているのがわかります。


「ムダよ。あのサメを正気に戻すには、殺すしかないのよ。どうするの、姉さん? みんなを助けるために、あのサメを殺すか、お友だちと心中するか!」 


 ラトマが、わたくしを挑発します。


 ですが、わたくしは乗りません。


「ふん。サメ以外の生命体に頼るということは、サメを信じきれていない証拠ですわ!」

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