第37話

するとタツは小さく微笑んで

「恭介さん、私が何者か分かっていますか?」

そう言うと、そっと俺の頬に触れて微笑んだ。

「はぁ?龍神だろう?」

呆れた顔で答えた俺に

「あなたの考えている事、思っている事は全て筒抜けなのですよ」

そう言われて、俺は穴があったら入りたいと思う程恥ずかしかった。

「それじゃあ……お前はずっと……」

そう言い掛けた言葉を、彼女の唇がそっと塞ぐ。

「恭介さん……私はずっとあなたが好きでした。私をあなたの妻にしてはいただけませんか?」

そう言われて、俺は彼女の身体を強く抱き締めた。


「ならぬ!ならぬならぬ!」

俺達の結婚は、龍神の里では大騒ぎになった。

大龍神が現れ激怒した。

「人間なんぞに心を奪われおって!このバカ娘が!」

大龍神はそう叫ぶと

「人間は私利私欲の為にしか動かぬ!他の命を粗末に扱い、無駄に乱獲して森を荒らす!百害あって一理無しだ!」

怒り狂う大龍神に

「私はどんな罰でも受けます!私が、私がこの方を唆したのです」

「タツ!」

大龍神に頭を下げる彼女に

「そんな姿になりおって……情けない。そんなにその男が欲しかったのか?未来の大龍神となる者が、みっともない」

吐き捨てるように言うと

「人間の男よ。この美しい姿は、タツの本来の姿ではない。お前は本来の姿でも、タツを愛せると言えるのか?」

大龍神が小さく笑う。

俺は彼女を真っ直ぐに見つめ

「タツを愛したのは、容姿では無い。そもそも、こんな整った容姿では生きる感じがしないと言ってる。でも、彼女は本当の姿を見せてはくれないのだ。それでもお前が疑うのなら、仕方が無い」

俺が彼女を見つめてそう言うと、大龍神は小さく笑い顔を近付けると

「隠れんぼに勝ったら、お前の願いを叶えてやろう」

そう呟いた。

「隠れんぼ?」

俺がそう繰り返すと、大龍神は身体を起こして背中を向け

「タツの腹の中に居る子供に免じて、許してやる」

と言われた。

「え?」

驚いて大龍神の顔を見ると

「なんだ……人間は、そんな事も分からぬのか?」

呆れた顔をされて言われ、タツの顔を見た。

タツは頬を染めて

「まだ、安定期ではないので……。ぬか喜びさせても申し訳ないと思って……」

そう呟いた。

「タツ!そういう事は、早く言ってくれ!」

俺が彼女を抱き上げて喜ぶと

「此処ではしゃぐな!」

と、大龍神に一喝されてしまう。

そして大龍神はゆっくりと俺を見つめて

「人間の男よ。お前は2度と、元の世界に戻れない。それでも良いのか?」

大龍神にそう訊ねられ、俺は覚悟を決めて頷いた。

「もし……それを裏切って人間界へ戻れば、2度とタツや子供に会えないと思え」

大龍神の言葉に俺は再び頷いた。

俺とタツは、古い山小屋から春、夏、秋、冬とある龍神の里の中で、春の山に程近い人間界と龍神の里の結界近くに住まいを与えられた。

なんだかんだ言って娘が可愛いらしく、大龍神は立派な住まいを与えてくれた。

十月十日。

彼女のお腹に芽生えた命の誕生を、心待ちにしていた。

彼女と暮らす穏やかな日々。

俺はいつしか、自分が人間であった記憶さえも無くしていった。

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