第33話 女友達とファミレス
デート用の服をひととおり買い終える頃、お腹が空いてきたので、俺たちは夕食がてら適当なファミレスに入ることにした。
がやがやと賑やかな店内で、端の方の二人席に向かい合う。
荻野は包み焼きのハンバーグ、俺はカットサーロインステーキを注文し、「ふたりで分けようか」と、フライドポテトも追加した。
オーダーを終えると、俺は、正面に向かってちょこんと頭を下げた。
「ありがとう、荻野」
「……へ?」
「おかげで良い買い物ができた。こんなに満足感のあるのは久しぶりかもしれない。自分で言うのも驚きなんだけど、デートに行くが少し楽しみになったっていうか……」
照れ臭そうに視線を下に向けると、荻野は「ハァ?」と聞き返す。
「坂巻さんのは、楽しみじゃなかったのぉ〜?」
「いや、アレは……初めて過ぎて、楽しみよりも緊張が勝ってたっていうか。あのときは、身バレも怖かったし……」
正直に話すと、荻野は殊更深いため息を吐く。
「はぁぁ〜。次の坂巻さんとのデート。絶対! 楽しんでくること!」
「いや、結果として、デートは楽しかったんだけどさ……」
「うーむ。なら、ヨシ!」
セットのスープをくるくるとかき混ぜながら、荻野はなんとなしに、自分の考えを口にする。
「それってさ、要は自信の問題だと思うんだよ。今回でいう、服はあくまできっかけで。自信のなかった真壁のコーデが良くなって、楽しみっていう、本来の『デート』が持つべき特性が、ちゃんとあらわれた。そういうことじゃないの?」
「えっ。ごめん。なんかちょっと小難しい」
「おい、しっかりしろガリ勉。まぁ、要するに。こっちこそ、お役に立ててよかった、ってことだよ」
「そ、そうなの?」
なんか、「説明するのが面倒になった」って、顔に書いてない? はぐらかされた感じ。
けど。これだけはわかる。
「荻野……いい奴だな」
「惚れる?」
「俺に、好きな人がいなければ」
返答に、荻野は「はは! 違いない」と爽やかに笑う。
こんな荻野になら、相談してもいいだろうか。
俺は、ぽつりと口を開いた。
「俺って、優柔不断なのかな?」
「ん? ふぁにが?」
早々に来たフライドポテトを頬張りながら、荻野はきょとんと、蒼い目を丸くする。
「いや、その、さ。好きな人がいるのに、色んな人とデートして。優柔不断なんじゃないかな? なんか、申し訳ないなって……ちょっと思ってて……」
「でも、デートは全部向こうから誘って来てるわけでしょ? 真壁はその願いに応じただけ。おまけにその『好きな人』は、まったく進展無しの脈無し。付き合ってる恋人がいるわけでもないし、別にいいんじゃない? いつかその『好きな人』が、変わるかもしれないわけでしょ? ケチャップいる~?」
「あ。いる」
「ん。じゃあ、この辺の端っこに……わっ。ミスった!」
塩派の荻野は、「ケチャップがついたところは全部食べて」と言いながら、俺の方にポテトを選り分ける。
「真壁は気にしすぎなんだって。脈無しの想い人に立てる操もないでしょう。逆に、あたしが坂巻さんや白咲さんの立場なら、『そんなやつ放っておいて、あたしとデートしてよ。絶対好きにさせるから』って思う」
「え。そうなの?」
「そうだよ。嘘ついてどーすんのさ」
だとしたら。荻野、メンタル強すぎない?
そんな顔で『絶対好きにさせる』って言われたら、俺みたいな押しに弱い奴、すぐ好きになっちゃいそう。
「昔兄貴が、『就活は恋人探しに似てる』って言ってたけど。本命がいても、他の会社の面接は受けるでしょう? だって、本命に受かってるかわからないんだもん。それにさ、その途中で『キミが欲しい』って言われたら、そっちを好きになる可能性もある。それと一緒じゃないの?」
「就活のことは、よくわからんけどさ」と付け加えながら、メロンソーダをチューとすする。
その鮮やかな炭酸が、どことなく荻野に似てるかも、なんて。一瞬そう思った。
「好きな人がいるなら、一途を貫け! ってのも確かに正しいと思うよ。そう思って、結ばれたら、どんなに嬉しいだろうって思う。でも、世の中そんなに甘くないし、全員が全員に優しいわけじゃない。だったら、あたしは。色々会ったそのうえで、『最高のひとり』に選ばれたい。もしそうやって選ばれたら、それは、先に好きになった者としてもサイコーの誉れだと思うし」
「荻野……」
すげぇ……大人だ……
以前、学校で、河野が「ホテルに行けばオトナだと思ってるところが子どもだよ」と言っていたのを思い出す。
そっか。こういう、自分の考えをちゃんと持ってて、それを堂々と口に出せるのが、『大人』ってことのひとつ……カッコいいって、ことなのかもな。
どうしよう。
俺は今、荻野に「六美さんをあたしにください」と言われたら、頷いてしまうかもしれない。
いやそもそも、そんな土俵に立つ資格すら、今の俺にはないのかも。
こと恋愛に関して、俺は。
未熟が過ぎるのだ。
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