第15話 手ぇひっこめろグズ
翌放課後。
いつものごとくバイトに勤しんだ俺は、(当たり前だが)特に体調を崩すということもなくその日の業務を終えようとしていた。
明日、明後日はシフトもお休み。
でもって、明後日である日曜日は、いよいよ坂巻とデートなわけで……
(あ。結局、服どうしよ……)
明後日は夏日らしいし、もうTシャツとデニムでいいか?
荻野に「せめて薄手のジャケットでも羽織ったら?」とか言われてたっけ。
「今年はダボっとしたシルエットがトレンド」とか、もうわけわからん。
ジャケットってどんなの? 持ってたかなぁ?
もういいや。最悪の場合、親父に借りよ――
などと諦めの境地に達していると、21時を回った。
店の入っているテナントの閉店時刻だ。
「ゆっきぃ君、あと私がやっとくから帰っていいよー」
「あ、はい。お疲れ様です」
店長に促されて帰りの支度をする。
アイス屋の制服から、着て来ていた学校の制服に着替えて、従業員用の出入り口から出ると、目の前の公園前広場で見知った顔がきょろきょろしていた。
(あれは……?)
こげ茶の髪にお嬢様学校の制服――
『キャラメルの君』だ。
(今日はやけに遅いな……)
週に二、三度。20時頃に来る彼女がこんな時間までここらにいるのは珍しい。
いやそれとも、俺が知らないだけで、
さすがは都内有数の進学校。すごい。偉い。俺も見習わないと。
口元を綻ばせながら通り過ぎようとしていると、背後から聞き覚えのある小さな悲鳴が聞こえた。
振り向くと、何人かの男に囲まれて困った様子の彼女が目に映る。
「え~、いいじゃん。俺らと飲み直そうよ~!」
「わ、私、未成年なので、お酒は……」
「じゃあ、ちょっと! ちょーっと遊ぶだけでいいからぁ!」
「遊ぶって~。何を~? どうやって遊ぶんですかぁ~!」
ひゃはは! と下卑た笑いを浮かべているのは、一次会で飲み潰れた後と思しき酔っ払いの大学生。
あからさまに最悪なナンパ……というか絡まれ方をしているが、様子を伺うに、男ども群れの中に、キャラメルの君の知り合い――というか、一方的にキャラメルの君を知っている塾の卒業生がいたらしい。
僅かではあるが顔を見知っているだけに、振り払えないようだった。
それによく見ると、赤ら顔でひと際態度の悪い男に、腕を掴まれている。
きっと、力が強くて、こわくて走り出せないのだ。
「おい三島~。お前こんな可愛い子と知り合いだったのかよ。紹介しろって~」
「知り合いっつーか、塾でちょっとした有名人だっただけっすよ。講師陣の間でも『おとなしくてくそ可愛い』って噂されてる、『お人形さん』。まぁ、そっちは俺のこと、微塵も覚えてないかもですね」
『お人形』、と呼ばれて、彼女は顔を赤くして俯く。
不穏な空気に、俺はつい足を止めて見入ってしまった。
(え。ちょ……助けないと……だよな?)
でも、どうやって?
俺はあの子の……何なんだ?
知り合いでもない、友人でもない。ましてや恋人でも何でもない。
俺とあの子は、アイス屋の店員と常連さん。
俺は、あの子の名前すら知らないんだぞ?
思考を巡らせ固まっていると、手首を掴んでいた男がにたりと下品な笑みを浮かべる。
「へぇ、『お人形さん』……ねぇ。俺、そういうの好きだよ。一緒にあっち行こ?」
「……!」
キャラメルの君が抜け出そうと手首を動かすが、そんな細腕で男に敵うわけもなく、苦痛に顔を歪める。
俺は思わず、駆け寄った。
「あの……!」
「ああん?」
一斉に振り返る男たち。俺は、脳内で最適解を思考する。
『やめろ!』 ……違う。俺にそんな正義漢っぽいの無理だ。
『そういうの、よくないと思います!』 ……なんか弱っちいな。
『おりゃああ!』 むしろ一気に掴みかかるとか。多勢に無勢でボコられるのがオチだな。
(ど、どうしよう……!)
こわそうな奴、こわそうな奴。
人を目で殺しそうな、凄んだだけで蜘蛛の子散らすような奴……!
脳裏に、休日本屋でたまたま会った荻野が浮かんだ。
荻野は友人を連れて買い物に来ており、気づいておいて無視するのもアレかと思って声をかけたんだ。
だが、瓶底メガネ姿の俺に慣れてない荻野は、どうやら友人の方に声をかけてきたナンパ野郎かと勘違いしたらしく。その水底のような蒼い瞳でガン飛ばされたのを思い出す。
首を傾け、ピアスごりごりの右耳を光らせて、警戒心MAXで、さも鬱陶しそうに、低い声で……
「なんだ、てめー」
俺は、あのときの荻野を寸分違わずトレースした。
荻野が俺にやったのと同じように、男の手首をがしっと掴む。
キャラメルの君が、驚いたように目を見開いた。
「は? 誰だよ?」
尋ねる男に、俺は……
「俺のツレに、なんか用?」
「「……!?」」
「手ぇ引っ込めろよ。グズ」
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