第6話 ぶち殺す
キャラメルの君が去り、いよいよ閉店間近となった頃、荻野は呟いた。
「あの子……来なかったね」
「あの子って?」
「ばっか。あの巻髪の常連さんだよ! 坂巻とかいう。っとに興味ないんだな、真壁は」
「ああ、坂巻ね」
……だって、急に『明日も来ていいですか?』なんてあからさまな好意を寄せられたからって、何をどうしろっていうんだよ。
興味無さそうに、開店中にできる範囲の閉店業務を進めていると、ふと気が付く。
「……てか、なんで荻野が坂巻のことを気にすんだよ」
「え?」
昨日出勤していなかった荻野が、坂巻の来店をいちいち気にする理由なんてないはずだ。だが、一瞬上擦った返事が、わけを述べていた。
俺は荻野にジト目を向ける。
「……店長に聞いたな?」
「…………」
「はぁ……店長も好きだよなぁ、そういうの」
諦めたようにため息を吐き、キャラメリリボンの追加注文に正の字を入れる。次にキャラメルの君が来たときに、間違ってもキャラメリリボンが品切れていないように。
「どうせ、坂巻が来たらどうなったか教えろって言われたんだろ? 告られるかも、とか、そうじゃないかもとか」
まったくもって図星だったらしく、荻野はバツが悪そうにレジのパネルを拭いている。ちなみに、レジのパネルを拭くのなんて閉店業務に含まれない。気を紛らわせるための苦肉の策だ。
しばらくすると、荻野は唇を尖らせる。
「……悪かったよ、ネタにして。でもさぁ、あたしも何度か見たことあるけど、あの子の真壁に対する視線は、割とマジでガチっぽかったよ」
(……って言われてもなぁ……)
「もし告られたらどーすんの?」
「どーするもこーするも……」
俺は、店長に聞かれたときと同じように答える。
「ナシだよ、ナシ。学校での俺と坂巻は、いわゆる犬猿の仲ってやつだし。それに、俺には……」
「俺には?」
問い返されて、口が滑ったことに気づく。
ハッとして荻野の方を見る。
じっとこちらを見つめる荻野の、海みたいなカラーコンタクトが、嘘をついたら水底に引き摺り込むぞ、と言っているように見えた。
荻野は、坂巻がガチであることを察して、俺のことと、あいつのことも心配しているのだ。そうして、俺があいつの好意を無下に扱わないか、伺っている。
俺は話を逸らそうとする。
「荻野、見かけによらず人情味があるんだな」
「は?」
「見ず知らずの坂巻のこと心配するなんて、優しいな、ってこと」
そう言うと、荻野はきょとんと目を丸くした。
一瞬面食らったように口元をおさえ、マスクをしているから意味が無いことに気づいて、恥ずかしそうに手を引っ込める。
そして、首を横に振ってから、俺に向き直った。
「……話逸らすな。『俺には』……何なの?」
「チッ」
……騙されなかったか。躱しきれなかった。
俺は仕方なく、小声で打ち明けた。
「…………好きな人がいるんだよ」
「は??」
仰天したように、荻野の目がカッと見開かれる。
……そんなに驚かれると、言っててこっちが恥ずかしいんだが……
「…………別に、変でも不思議でもないだろ。キモオタ眼鏡の俺だって、好きな人のひとりくらい……」
「は????」
「う、うるさいな! 何回も聞き返すなよ! 俺には他に好きな人がいるから、もし告られても断るの! 以上! お終い!」
閉店間際で閑散としたフロアが、シーンと静まり返って余計に恥ずかしい。
しばらくして、マスクの上からでもわかるくらいにぽかんとしていた荻野が、ハッとしたように我に返る。
「え。ねぇ、それって……もしかして、この職場にいる人?」
「え?」
「その、好きな人ってやつ……」
ちらちらと、視線を下に向けてもどかしそうに右往左往させる荻野。
普段クールな印象を受ける荻野の、こんな乙女チックな表情は初めてだ。
なんか……第三者的に見ても、すげぇ可愛い。
元来クールビューティ系な顔立ちの荻野にしては珍しい表情が新鮮に感じる。これがギャップ萌えってやつか。
不意打ちパンチを喰らって動揺していると、荻野は一変して真っ直ぐに俺を見つめた。
「ねぇ」
その迫力に思わず肩をびくつかせると、荻野は問いかけた。
「もしかして……
俺は二度ほど肩を震わせて、深呼吸をする。
……落ち着け。俺は確かにむつ姉が好きだけど、それは恋愛感情ではなく、姉に向ける親愛のようなもの……のはずだ。
今言っている、俺の好きな人は、むつ姉ではない。
だが、眼前で向けられるやたら強い圧に疑問を感じ、俺は逆に問いかけた。
「……もしそうだったら、何?」
荻野はかっと目を見開いた。
瞼でトリガーを引き、弾丸で撃ち抜くように、俺を目で射貫く。
そして、呟いた。
「ぶち殺す」
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