スピーカーを通して

陸沢宝史

スピーカーを通して

 蝉が泣き始める前の6月。数学教師がチョークで黒板に数式を綴っていく。緑の背景に羅列された数式の字はお世辞に綺麗とは言えない。時計の針は後、数分で二限目の授業の終わりを告げようとしていた。出来る限り授業を進めておきたい教師が数学を書く速度は速い。教室の高校二年の生徒もそれに必死に喰らいつこうとノートに数式を写していく。静穏の教室にはただチョークとペンが走る音だけが鳴り響いていた。


 僕も他の生徒と同じようにノートを取るが、意識は数学ではなく、先までグラウンドで行われていた体育の授業にあった。今は片づけ終わったため、外からは何も聞こえないが先まで体育教師の「よーいドン」の合図とともに生徒たちが百メートル先のゴールを目指し一斉に走っている音が教室まで届いていた。


 その駆け抜ける姿に僕はかつての自分を重ねていた。だがその重ねていた姿は良い思い出ではない。むしろ暗い過去であった。どれほど走りこんでも沼地に足を突っ込んでいるかのように、思うような走りは出来ず、自らに腹が立つ毎日だった。その日常から解放された今でも他人が走っている光景を見ると脳裏に蘇る。陸上部の頃の記憶が。


 数学教師がやっと思いで数式を書き終えた少し後に僕もノートを書き終える。黒板はすっかり数式で覆われており、今日の授業の密度の多さが伺える。もっとも昼休みが終え三限目になると教師の汗の結晶である数式は容赦なく消されることになる。


 他の生徒たちもノートを書き終えた頃、昼休みを告げるチャイムが鳴る。教室では「やっと昼か」や「早くご飯にしようぜ」などの声とともにクラスメートは弁当の準備を始める。だが僕は生憎教室でご飯を食べる予定はない。


「江村弁当一緒に食べるか?」


 クラスメイトの一人から苗字を呼ばれる。せっかく誘いだが僕は「部活があるから」と申し訳なさそうに断る。


 今から向かう場所は高校に通う僕の数少ない楽しみの場所の一つ。僕は鞄に教科書やノートを入れると弁当とCDを取り出して、教室を後にする。


 目的の場所に向かうまで廊下出来る限り早歩きで進む。その間僕の表情は笑顔を形成しつつあった。流石に歩きながら笑っていると気味が悪いので、笑顔をぐっと抑える。


 職員室で目的の場所の鍵を借りると、すぐに目的の場所へとたどり着いた。目的の場所の表札には放送室と書かれてある。僕ら放送部は学校がある毎日、部員が交代で昼の放送を担当している。


 今日は僕の当番というわけだ。もう一人当番がいるのだがまだ着いていないようだ。部屋の鍵を開け薄暗い部屋に明るいを灯す。部屋にはマイクなどが設置されている放送機材がある。毎日この放送機材から昼の音楽を提供している。


 僕は放送機材が設置されている机の前にある椅子に座る。弁当とCDを机に置くと弁当を開ける。母親の手作りである弁当は二段弁当で下段に白ご飯と上段にからあげを中心とした肉料理をぎっしりと詰め込まれていた。


「母さん、もう自分は体育会系じゃないから肉は詰め込まなくていいのに」


 あまりの肉料理の多さに苦笑いしてしまう。


「いただきます」


 手を合わせいただきますをすると、弁当に手を付け始める。早く放送を始めたいが放送部の決まりで当番が全員揃ってからの開始する。相方を待つ間、僕はからあげを食べ始めた。味は肉汁が染み込み、噛むほど鳥肉の味が舌に伝わってきて美味しい。もっとも冷凍食品だから美味しいのは当たり前かもしれない。


「江村くん先に来てたんだ。いつも待たせてごめんね。美術部の先輩に呼び止められて」


 放送室の扉がガラガラと音を立てながら開く。声の主は今日の相方である熊木菫さん。美術部と放送部の兼部しており、メインは美術部の方だ。


「僕もさっき来たところだから。気にしてないよ。それより早く放送始めよう」


 熊木さんは申し訳なさそうな素振りを見せながら僕の隣に座る。熊木さんと組むときは僕の方が早く放送室に着く。だがこれは熊木さんが遅いというよりかは僕がただ放送室に来るのが早いだけだ。他の部員と組むときも僕が殆ど先に着く。そのため放送室の鍵を取りに行く役目は自然と僕が担っている。


「今日はどっちのCDから流す?」


 熊木さんはピンク色の女の子らしい弁当を箱を開けながら、今日の予定を尋ねてくる。

放送部では昼に音楽を流すがその選曲は部員に委ねられている。昼に公然と好きな曲を流すことが出来るため、この瞬間を待ち遠しくしている部員もいる。僕は放送部の当番は好きだが流す曲にそこまで拘りはない。


「熊木さんから流していいよ。」


 持参してきたCDは以前流したこともあり、熊木さんに選曲を委ねる。


「それじゃ私から流すね。江村くん」


 熊木さんは持参したCDをケースから取り出す。白い表面にはいくつか文字が書かれてあった。そこには今流行りの人気アーティストの名前もある。熊木さんなりに選曲を考えてきたのだろう。だが何故か体育祭という文字も見受けられた。僕は心の奥底で嫌な気がした。


 熊木さんが放送機材のCDトレイにCDを差し込む。熊木さんは放送機材を操作すると一曲目が流れだした。


「この曲って今ドラマで流れている主題歌だよね?」


「そうそう、この曲なら皆しっているかなと思って選んだんだ」


 各部屋のスピーカーを通して流れている曲は人気バンドの曲でドラマの主題歌でもあった。爽快なサウンドが特徴的に聴いているだけで踊りたくなる一曲。ドラマで流れているだけあって、ドラマを見ている高校生ならば誰でも知っていた。


「いい選曲だね。昼にこれを聞けば午後からの授業も頑張れそうだよ」


「そう言ってくれありがとう。先週の週末に選曲考えてきたかいがあったよ」


 熊木さんはこちらの視線と重なるように顔を上げると控え目な声でお礼を言う。熊木さんは小柄で僕とは身長に差がそれなりにあるため、座った状態だと視線が重なることがない。そのため視線を合わせためには僕が視線を下げるか、熊木さんが視線を上げる必要がある。


 熊木さんは箸でご飯を救う。弁当箱は一段式で半分にふりかけが掛かったご飯。もう半分に野菜を中心としたおかずが入っている。僕とは真逆のタイプの弁当だった。


「熊木さんの弁当、栄養バランス取れてて良いよね」


「そうかな? 手作りだったから自信がなくって」


「自分は肉が多いから羨ましいよ。素直に」


 僕は箸で掴んだからあげを見せながらからあげを口に入れる。美味しくていいのだが毎日肉中心だと流石に野菜が恋しくなる。


「江村くんの弁当、そういえばいつも肉ばかりだよね」


 熊木さんは疑問そうな顔をしてこちらの弁当を伺う。理由は単純明快で自分が陸上部だった時、母親が筋肉を付けない駄目だね、と気を使ってくれて中学の時から肉中心の弁当になっていた。もっとも現在でも僕が陸上部だと勘違いしてか相変わらず肉が多めのおかず構成となっている。運動していない現在では増えた贅肉が少し悩みの種だ。


「まあ色々あってね。ただ肉ばかりだから体重が心配だけど」


 理由は誤魔化しながら、体重の心配でため息をつく。


 熊木さんは弁当を手に持つと僕の目の前に差し出す。だが差し出したまま熊木さんはこちらに目線を合わせない。僕としては反応に困る。


「熊木さん、弁当がどうかしたの?」


 熊木さんに弁当を差し出した理由を尋ねる。すると熊木さんから「良かったら私のおかず食べる?」と返答があった。声を籠らせながらだったため聴き取りづらい。有難い提案だが人の弁当を食べるのも申し訳ないため「熊木さんの大事な昼ごはんだから、遠慮しておくよ」とせっかくの提案を辞退する。


 熊木さんはどこか残念そうに「そうだよね」とぼそりと言葉を零す。自分の弁当が不味いと思われてショックだったのだろうか。僕は慌ててフォローを入れようとしたが、返って傷つけたら大変だと考え、その気持ちをぐっと抑え込む。


 二人の間に気まずい雰囲気が流れる中一曲目の演奏が終える。すると熊木さんは放送機材を操作して二曲目を選択する。それを弁当を食べながら横から眺めていた僕は音楽がこの雰囲気を変えてくれることを期待した。


 冒頭からボーカルのメロディから始まった曲は聞き覚えがあった。


「この曲ってまさか。体育祭の?」


「そうだよ。去年のリレーの時。江村くんも出場してたでしょ」


 熊木さんはどこか嬉しそうを顔に浮かべている。二十年前に発売されたこの曲は一年の体育祭のリレーで流れた曲だ。リレーは一年全員参加のリレーで、グラウンドの半周ごとに次の走者にバントを繋いでいく。


「あのときの江村くん凄かったよね。最下位だった私たちのクラスが江村くんの番で一気にトップになったわけだし」


 熊木さんの口から語られる昨年の体育祭の記録に僕は淡々と頷く。僕にとってあのリレーは満足に走れた最後のレースだった。


「一応、あのときは陸上部だったし、走者に陸上部がいなかったからたまたま全員抜けただけだよ」


 僕は苦い顔をしながら、事実を告げる。走者に陸上部がいなければ全員抜きが起きてもおかしくはない。ましてや短距離走の選手であった僕にはあのリレーはかなり有利な状況であった。


「そういっても、凄いよ。江村くんのおかげ私たちリレーで優勝できたし」


「あれは皆の頑張りがあったこそだよ。僕はその助けをしただけ」


 僕は謙虚にそう言うが、内心ではあの時の栄光が蘇る。


 あの時クラスは最下位であり、一位との距離は大分差があった。クラスの誰しもが優勝を絶望しただろう。僕自身も当時陸上部でスランプにあったため、陸上部だから期待しているとの声援にも喜べずにいた。


 だが手にバトンが渡り走り始めると普段以上に身が軽くなっていた。それは高校入学後の陸上部の練習やレースでは味わえない感覚だった。


 自分のイメージ通りにグラウンドを駆け抜け、前の順位の生徒を抜くと、間が空くことなく次の生徒を抜き、また更に生徒を抜いていた。気づけば順位は二位まで上がり、一位の選手を目の間に捉えていた。僕の快走にグラウンド中は沸き、クラスメイト達からは多大な声援が飛ぶ。陸上生活を送った中でこれだけの声援に包まれたことはなかった。


 それが体育祭のリレーだとしても僕にとって心地の良い空間であった。


 そしてあっという間に一位の生徒を抜き去り次の走者にバトンが渡す。走り終えた僕をクラスメイト達は賞賛してくれた。あのレースは僕にとってかけがえのない思い出であり、そして過去の挫折が蘇る扉でもあった。


 時間が進むにつれ熊木さんと体育祭の思い出で話しが盛り上がっていた。だが話が進むにつれ僕の顔は段々と引きづるようになっていた。別に熊木さんの話が退屈になったわけではない。少しずつ走ることを辞めた過去が僕の脳裏を廻り始めていた。


「けど江村くんなんであんなに走るの速いのに陸上部辞めたの? 私は勿体なく感じるけど」


 話の間に唐突に挟まれたとある疑問。それは僕が一番尋ねられたくない過去だった。


「それは……」


 急激に声が詰まる。「それは秘密」という否定の言葉すら発せられない。次第に顔色が悪くなるのが分かる。早く「それは秘密」と話を逸らさなければ、という意識が遠のいていく。僕の表情に異変の感じたのか熊木さんが心配そうに「保健室に行く?」と声を掛けてくれる。


 何とか声を振り絞って「大丈夫」とぎこちない笑顔を見せる。気が付いたら二曲目の演奏が終わり掛けていた。熊木さんは僕を気にかけながら慌てて次の曲を流す。


「江村くんが嫌なだと思うことを質問してたらごめんね。」


 熊木さんは目をうるうるさせながら謝罪を述べる。


「そんなことないよ。ただちょっと嫌なことを思い出しだけだから」と僕は熊木さんに責任はないことを伝える。今は過去に囚われている暇はない。放送部の仕事に集中しないといけない。僕はそう自分に言い聞かせるが、トラウマは僕の心を針で指してくる。気が付けば熊木さんから視線を逸らし「ただ逃げただけだよ。陸上から。情けないだろ」と哀れな台詞が口にしていた。


 その言葉を受けて熊木さんは少し思い悩むと「何でそう思うの?」と率直な疑問を返してくる。


「中学から陸上をしていたけど、高校に入学してから急に記録が伸びなくなってそれまで好きだった陸上に熱意が無くなった。それで一年生の三月には辞めた。端的に言えば逃げたわけだよ。辞める時陸上部の先輩から陸上から逃げるのかよとも言われたし」


 僕は洗いざらい陸上を辞めた経緯を話す。今でも陸上を続けていれば記録が伸びていたかもしれない。ただ僕は一年だけで辞める決断をしてしまった。辞めただけならばそれでいい。だが僕は未だにその決断を後悔している。そして走る話題が出ると決まって陸上で伸び悩んだ過去と辞めた後悔を掘り起こしてしまう。


 僕はそっと熊木さんの顔色を伺う。熱が冷めただけで逃げたことを告げられたら軽蔑されてもおかしくはない。だが熊木さんの眼差しは軽蔑するものでなく、思い悩んでいるように見えた。


「江村くんが陸上から逃げたと思うのはいいよ。でも情けないと思うのは良くないよ。部活を辞める理由なんて人それぞれだし、私も兼部している美術部で実力がないからって辞めた人も知ってる。けどね、それを情けないと思っていたらいつまで経っても前には進めない。それに陸上でやってきたことは無駄ではないと思うし、これからの人生で陸上をやってて良かったって胸を張れるときがきっと来るよ」


 熊木さんから掛けられたまっすぐな励ましの言葉は僕の心を貫いた。陸上部を辞めて三か月。ずっと心の内で生い茂った悩みの草木を一気に刈り取られていた。確かに熊木さんの言う通り情けないと抱いていては前には歩みだすことは出来ない。


「ありがとう熊木さん。おかげで少しは気持ちが楽になったよ」


「どういたしまして。江村くんが役に立てたならば、私としては本望だよ」


 熊木さんは満面の笑みで胸を張る。僕も熊木さんの笑顔に釣られて頬が緩む。


「さて江村くんの悩みが晴れたところで早くご飯食べよう。昼休み終わるよ」


「そうだね。ご飯食べようか」


 そう言いながら食べ残してあった弁当に手を付け始める。


「今日の部活は終わり。皆お疲れ様」


「お疲れさまでした」


 学校のとある一室で放課後の放送室の部活動を終えた放送部一同は部長の合図とともに解散する。放送部の部員は六名。だが今日いるのは五名だけ。熊木さんは美術部の活動がある日はそちらを優先している。もっとも放送部は昼の放送担当さえ守れば、放課後の部活参加は自由である。僕も陸上部時代から放送部を兼任していたがその緩さがあったからこそ陸上部と両立できた。


 部員が部屋を出る中、僕も鞄を取り部屋を後にする。


 廊下を歩いていると同じく部活を終えたであろう熊木さんと遭遇する。


「お疲れ様熊木さん」


「江村くんお疲れ様。部活終わり?」


「うんそうだよ」


「なら久々に一緒に帰らない?」


 熊木さんのから帰宅の誘いに僕は「いいよ」と即決で頷く。熊木さんとは同じ部活とはいえ放課後は会う機会があまりないため、一緒に帰る機会など殆どなかった。


 二人で廊下を歩くが外はすっかり夕日色が覆い、幻想的で美しかった。廊下には部活動を終えた生徒たちの姿が見受けられる。皆部活でくたくたなのか表情はどこか疲れ気味である。熊木さんの方に視線を移すと授業と部活の疲れで眠たいのか口を覆いながら欠伸をしている。熊木さんは僕を欠伸を目にしていたことに気づくと「あまり欠伸しているところ見られる恥ずかしいから、見ないでくれると助かります」


 熊木さんは目を丸くし恥ずかしそうに顔を隠しながら注意してくる。女性からしたら欠伸する姿を目にされることは恥ずかしいのだろうか。


 僕は「ごめん」と一言軽く謝る。


 下駄箱で来ると上履きから外靴に履き替える。同じく外履きに履き替えた熊木さんと合流すると校舎の外に出る。外ではまだ運動部が練習をしていた。その中にはかつて所属してた陸上部がランニングをしていた。


「陸上部か、今となっては懐かしいな」


 昼の一件で陸上部の過去は遠い思い出のように感じれるようになっていた


「もしかして陸上部が恋しい?」


「いや、恋しくないよ。ただ懐かしく感じただけ。それに今は放送部があるからね」


 今の僕には放送部という居場所がある。それだけで心が満たされる。陸上に未練はあるがそれもやがて消えるだろう。


「そっかなら良かった。それとね、江村くん覚えている? 去年の体育祭の障害物競争」


 熊木さんから脈絡もなく告げられた体育祭の種目名。だが僕にとってその障害物競争はリレーと同じぐらい忘れられない大切な思い出だ。


「覚えているよ。僕が体育祭で初めて実況した種目だからね」


「その種目なんだけど私、その種目がきっかけで放送部入ることにしたんだ」


 僕はその事実を聞かされた時思わず「えっ?」と聞き返してしまう。何故体育祭と放送部が関連しているのか結びつかなかったためだ。


 熊木さんは僕の反応を見て、そうだよね、と言うと事の経緯を説明し始めた。

「あのね、あのとき私障害物競争出たんだけど、運動が苦手案の定ぶっちぎりの最下位でさ、皆ゴールする中まだ私一人走ってたんだよね。正直言って一人取り残されて恥ずかしかった。だけどねその時江村くんが実況で私のこと必死に応援してくれてね。それで何とか最後まで走りきれたんだ。そんな江村くんみたいな実況が出たらいいなと思って放送部に入ったんだ」


 熊木さんの話を聞いて僕はもの凄く照れくさくなる。正直あのときの実況は無我無心で何を言ったか覚えていない。ただその実況で救われた人がいるならば実況者として嬉しいことはない。


「僕がきっかけだったんだね。そんな人がいると放送部に入った甲斐があるよ」


 陸上部の走る音が外を埋め尽くす中、僕は「帰ろう」と歩き出す。だが熊木さんは足が前へ進むことはない。


 僕は熊木さんの方を見返すと、熊木さんは何かを落ち着かせるように大きく息を吸うと瞳を僕の瞳に重ねる。


「熊木くん、今だから言うね。私江村くんのことが好き。だから付き合ってくれませんか」


 熊木さんから唐突の告白に僕は一瞬目を疑う。だが熊木さんの純粋な目を見てそれが本気なのだと自覚する。


「気持ちは嬉しいけど、一体なぜ?」


「江村くんは覚えていないかもしれないけど去年のリレー江村くんの出番までにクラスが最下位になったの私の足が遅かったせいなんだ。私正直言って焦った。私のせいでクラスが最下位になったらどうしようかと。だけど江村くんが一瞬でその不安を拭い捨ててくれた。あのとき走っている江村くんは誰よりもかっこよかった。それで気が付いた好きになってて」


 自分にとって最高の走りであったあのリレーで心を動かされる人がいたとは思いもしなかった。それを聞いた僕は告白の返事を出す。もちろん「はい」だ。晴れて付き合うことになった僕ら二人は初々しく手を繋ぎながら、放課後の学校を後にした。

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