僕に与えられた住まいは、2階建ての集合住宅の小さな一部屋だった。周囲には色違い、大きさ違いの同じような集合住宅がいくつも建ち並び、単身者用と家族用で部屋数も異なっているようだった。

部屋の間取りはシンプルだった。玄関を入るとすぐに右手にトイレ、左手には洗面台とお風呂場があった。A地区の豪華な別荘には専用の温泉と露天風呂まであったが、この家のお風呂は足を伸ばせる程度の普通の浴槽だった。その先には扉があり、ダイニングキッチンが広がっていた。広さは10畳くらいで、コンロや食器棚といった基本的な家具が備え付けられていた。さっきニュースを見たテレビも置いてある。その奥に8畳ほどの部屋があり、そこを寝室にすれば良さそうだった。ベッドと布団一式が新品で用意されており、小さなテーブルとイスを置けるベランダまで付いていた。

以前住んでいた家は広大で、使っていない部屋がいくつもあった。庭も広く、池まであった。だが、仕事が忙しくて、家はほとんど寝るためだけの場所だった。毎週決まった日に業者に掃除を依頼していた。果たして、それは快適な家と言えるのだろうか。家で過ごした思い出はほとんどなく、寝る以外のことはほぼ覚えていない。あの生活は一体何だったのだろうか。僕はガランとした何もない部屋でぼんやりと考え込んでいた。

耳をすませると、隣の部屋からわずかに生活音が聞こえた。この部屋の防音効果は高いらしい。挨拶くらいした方が良いのだろうか。ただ、A地区からB地区に移り住む人間など皆無だ。そんな僕が挨拶に行ったところで不審がられるだけかもしれない。僕はまだB地区のルールを知らなかった。この地区では人と人との関わり合いは非常に希薄なのかもしれない。トラブルを起こさぬよう、まずは様子を伺ってみることにした。

何もない、何もしない退屈な暮らしが始まるのだろうか。とにかく最低限の食料や部屋には用意されていない生活用品を揃えなければならない。ついでに近所も散策してみよう。役所からもらった地図を手に、僕はB地区の街へと足を踏み出した。