碧英のアーク
くるくるくるり
立志編
前世の記憶
僕ことアークには前世の記憶がある。
同時5歳、ヤンチャ盛りの僕はとてもマヌケなことに自宅の階段から転げ落ちた。
かなり強く頭を打ったのだろう、一瞬で気絶してしまったようだ。
どうして転んでしまったかは覚えていないが、ズキズキと痛む頭を抱えていたのは忘れていない。
目が覚めたら見覚えのある天井、心配そうに見つめる今世の母、そして見知らぬ前世を思い出していた。
前世の僕は日本人だった。
ゲームやアニメが大好きで、運動はてんでダメだ。
普通の高校を卒業して、中堅の大学に進学した。卒業しても彼女なんて出来なくて、いつもモテない野郎どもと一緒に騒がしく遊んでいた。
就職してからは代わり映えのない日々を送っていたように思える。
部屋の鏡に映る今世の僕といえば当然日本人らしい容姿はしていない。
僕は赤茶の髪に白い肌、スッと通った鼻筋に翡翠色の瞳。う〜ん、実に外国人っぽい。
この世界の美意識がよくわからないが、母は美人の方だと思う
最初に目につくのは少し垂れた目尻とサラサラの金髪だ。今はハーフアップにまとめている。
階段から落ちて気絶していた僕を部屋まで運んでくれたのだろう、僕の額に手を置いてじーっと目を覗き込んでいる。
記憶は所々曖昧で、友人や両親の顔すら思い出せない。
ただ、転生じゃないとは思うのだ。
だって神様とかには会っていないしチートなんかも貰った覚えがない。だけど覚えていないだけかもしれない。これからバラのチートハーレムライフが待っているかもしれないと思うと確認せずにはいられなかった。
テンプレ転生だったらスキルの一つや二つはあるでしょう。
「ステータス!」
………
………まあ知ってたけどね。
この世界で過ごした5年間の記憶もあるし。
両親が虚空に向かって「ステータス」とか言っている記憶なんて無かった。
そんなおぞましい光景を日常的に見ていたら頭がおかしくなるかもしれん。
んん?看病していた母が眉間にシワを寄せている?
そして右手を大きく振りかぶった。
「……
美しい投球フォームだった…。
右手から放たれた淡緑色の丸い魔法が鋭いフォークの軌道をなぞり、僕の頭にぶつけられた。
……ぺちんって言った。魔法なのにぺちんて……
…そういえば魔法あったんだ。
しかもちょっと痛かった。
厚紙で軽く叩かれたくらいの強さはあった。
オッケーママン、理解したよ。
この世界にステータスはないんだね。
僕は軽く絶望した。
「頭は大丈夫?痛みはない?この指は何本に見える?」
その大丈夫はどう言う意味で?
というのが僕が前世を思い出した時の記憶だ。
そして現在9歳。
この4年間、前世と今の世界の違いを大体分かってきた。
まず僕はココアット村という小さな村に住んでいる。
僕は母リリア、父ローガンの間に生まれたひとり息子だ。
人口200人くらいだろうか、主食は小麦。
野菜は見覚えのあるものから知らないものまでと色々ある、村の周りはほとんど小麦畑で自給自足が基本だ。
小さい村なのに塀は立派な石造り、周囲の安全対策はバッチリだ。
人間以外の種族もいる、2件となりには犬獣人の家族が住んでいるし、村の端にはエルフがいる。
頭には獣耳とお尻には尻尾が生えている。身体は普通の人間なのに耳と尻尾だけもふもふ…夏はほんとに暑そうだ。
種族間の確執や戦争もない、皆仲良く暮らしている。
何が言いたいかと言うと、この世界はとても平和なのだ。
そして当たり前のように魔法がある。
人なら誰でも魔力を持っている。
保有量に多少の違いはあれど、人は基本的に同じくらいの魔力は持っているようだ。
生活に根付いているから何もない所から火や水はポンポン出てくる。見ていてヒヤヒヤするのは前世の記憶の影響だろう。
子供の僕はまだ魔法を教えてもらっていない。
大人たちは口を揃えて「子供には危ない」と理由をつける、僕もその意見には賛成だ。
たかだか9歳の子供に着火の魔法なんて教えたらそこら辺は火の海に沈むだろう。
だけど僕には前世の記憶がある。
火の危険性なんて嫌でも知ってるし、どんな魔法も節度良く使えると思っている。
何をしたいかと言うと、魔法の訓練をしたいのだ。
魔法!使ってみたいです!
今日も今日とて夕飯の準備をしているママンに声をかける。
トントントンとまな板の上の野菜をテンポ良く刻んでいる。
「ねえ、お母さん」
「だめよ」
まだ何も言ってないじゃないか。
「まだ何も言ってないよ」
「どうせまた魔法使いたいって言うんでしょ?」
「……そうだけど」
「だめよ、家が燃えたらどうするの?」
ママンは僕が魔法を使うと家が燃えると思ってる。どこの放火魔だ。
「僕なら大丈夫だよ」
「その自信はどこからくるの?」
「んー……勘?」
「もっとだめよ」
ぴしゃりと否定された。
前世の記憶あるからなんていえないしなぁ…。
仕方ないからパパンにねだるか。
パパンはこの村の衛兵をしている。
「警邏隊」という組織にいるらしい。
事件なんてほとんど起きないこの長閑な村でも一応必要なお仕事みたいだ。
パパンはムッキムキのマッチョマンだ。
真っ赤な短髪で鋭い瞳、かなりがしっしりした体格で2メートル超えの高身長だ。
もちろん剣も握るし毎日訓練している。
魔法も使えるらしいがほとんど見たことがない。
そんなパパンはお酒を嗜みながらペラペラと雑誌を読んでいる。
テレビもネットもないこの村にある少ない娯楽だ、表紙には日刊ココアットの文字。
一体誰が作っているのか……
印刷技術もあるのだろう、紙も安いのかな?
村のちょっとした事件や読者のコラムなんかで半分は埋まるっている。
村民の考えた大喜利やギャグコラムなんかを読んでたまにパパンは笑っている。
「ねえお父さん」
「だめだ」
「えー、僕もお父さんみたいに強くなりたい」
「うぐ……うーん……でもだめだ」
パパンはこの言葉に弱い。
『お父さんみたいに』というと大抵どうにかしてくれる。
ちなみにママンはこの言葉にめっちゃ強い。
逆に『お父さんみたいになっちゃうよ』なんて言ってくるくらいだ。
パパン不憫…
「ほら、あきらめなさい」
ママンは今日も諦めさせようとしてくる。
でも今日の僕は隠し球をひとつ準備してきた。
「魔法は諦めるから…魔力操作を教えてよ」
「魔力操作…?どこでそんな言葉覚えた?」
「ルミちゃんパパ」
「あいつ……」
お向かいさんのルミちゃんは僕と同い年の女の子、基本的にジト目無口で言葉よりも行動で態度を示すタイプの幼馴染。
幼馴染ということは必然的に家族絡みの付き合いが増えるわけで…ルミちゃんの両親とも頻繁に交流している。
ルミちゃんパパはパパンの同僚でよく飲みに行く仲らしい。
ルミちゃんはいつも「ん」しか言わないからボディランゲージでコミュニケーションをしている。
まるで亭主関白の妻のような気分になるが、表情は豊かなのでなかなか面白い。
そんなルミちゃんに「魔法おしえて?」と聞いても「ん」と困った表情しか帰ってこないので言葉で教えてほしい時はルミちゃんパパに頼っている。
ルミちゃんパパにも魔法は教えてもらえなかったが、魔力操作なら?と提案されたので僕はその案に乗ったのだ。
「でもそうか…魔力操作なら教えてやってもいいかもな」
「ちょっとパパ!」
ママンがパパンを叱っている。
パパンが手を上げてママンの言葉を止める。
「いや、魔力操作は魔法じゃないし…普通怪我なんてしないから」
「でも心配よ、何が起こるか分からないし…」
「大丈夫だろ、基本的なことしか教えないから」
「……貴方が大丈夫というなら平気だと思うけど」
「それにいつまでもワガママ言われると困るだろ、大きくなるまでだ」
「…わかったわ」
そんなこんなで僕の魔力操作が認められてパパンによる魔法講義が始まった。
「アーク、魔法って何か分かるか?」
「うーん…なんかすごいの」
「まあ、今はそれでいい。魔法というのは魔力の属性変化と魔力操作で作られるんだ」
「属性変化?」
「たとえば回復なら治癒属性、物を燃やすなら火属性なんて形に魔力に属性をつけるんだ」
「それは魔法とは違うの?」
「属性変化だけじゃ何もできない、ただその属性があるだけの状態で終わるんだ。そしてその後に魔力操作を乗せて属性のついた魔力に方向性を持たせてやると魔法になる」
「方向性?」
「物性とも言うがな、今見せてやる」
パパンは右手をお椀型にして回復球を浮かべる。
右手から出てきた魔力の塊は腕の中でふわふわと浮遊していた。
「この属性は分かるか?」
「回復でしょ?」
「そうだ、
パパンに言われて回復球をつんつんしてみた。
ぷにぷに…ぽよん
ゴムボールを触っているような感触がした。
「……なんかぷにぷにしてる?」
「それだけじゃない、ちょっとみてろ」
パパンは立ち上がって床に回復球を投げつけた。
床に叩きつけられた球は壁に当たってパパンの右手に戻ってきていた。
まるで本当にボールを投げたかのような軌道だった。
「これが球の物性だ、俺がイメージした球という方向性を再現して実行させるこれが魔力操作だ」
「はえ〜」
なんというか、小難しいことを言われてよくわかってない。
「まあ魔力操作はそんなに難しく考える必要はない、まず身体の中の魔力を感じるところから始めていけばいい」
「そういえば…魔力がよく分からないや…」
「じゃあそこからだな」
こうして僕の異世界魔法ライフが始まった。
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