第5話 おれをいちばん?

『そういえば』

 ここひと月ばかり、ミツルギに勧められたゲームにハマっていた。互いの世界へ入って素材を集めたり、ボスを倒したり、装備を強化したり、やることが尽きないので毎週のように通話アプリを立ち上げては二人で興じている。

『写真集、もう届きました?』

 ミツルギが話を振ってきたのは、エネミーを倒し終えてほっとひと息ついた時だった。ああ、と和樹は頷く。

「ちょうど今日届いたよ。見本分が」

『わぁ! 見たいです』

「ちょっと待って、送る」

 コミケのようなイベントで写真集を出す場合、和樹はたいてい「直接搬入」という方法をとっている。写真集を印刷してもらった印刷所から自宅ではなく、直接イベント会場に送ってもらう方法だ。今回は初めて出すオリジナルの写真集だからそう多い部数ではないけれど、普段のキャラクターの格好をした写真集の時はそれなりの冊数を持ち込むから、手持ちで搬入すると苦労する羽目になるからである。

 が、やはり刷り上がりの様子は見たい。なので、ごく少部数のみ家に送ってもらうようにしてあるのだ。

「えっと……こんな感じ」

 ぺらりと初めの数ページをめくって写真を撮り、表紙とともにメッセージアプリでミツルギに送信する。

『どれどれ……あ、いいですねー。本になってる』

 本になっているのは当然と言えば当然のことだが、ミツルギの声はやはり嬉しそうだ。

 どんなものであれ、自分の作ったものが物体としてこの世に存在している、ということは、クリエイターにとって胸のくすぐったくなるような嬉しさがあるものなのだと思う。和樹だって、中に詰まっているのが自分の写真だとわかっていても現物が手もとに届くとやはり嬉しくなる。

『あ、この写真を頭に置いたんですね。やっぱり』

「ああ、トンネルのやつ?」

『はい。たぶん、一番たかこさんの理想に近く撮れたやつです』

 和樹は刷り上がった写真集の最初のページを見やった。

 向こう側が白く輝くトンネルの前で、黒いドレスに身を包んだ自分がこちらを振り返っている。表情らしい表情を浮かべることのないその顔は、ただ「振り返る」という動作でのみ生き物らしさを滲ませている。

「最初はあれだけ笑えだの何だの言ったのに、結局これが採用なんだもんな」

『へへ、でもわかりますよ。たかこさんのコンセプトっていうか、今回のドレスを着たなごさんで表現しようとした、見たかったものからしたら、絶対この表情のほうがいいですもん』

「えぇ?」

『最初、生きている人形みたいに見えるように撮ってほしい、って言われたんで』

「なにそれ」

 初耳だった。曰く、和樹がメイクをしている時に二人は外で撮影の方向性について話していたのだという。

『もうすっごかったんですよ』

 ミツルギがくすくす笑う。

『あのドレスについて、熱弁って言葉がぴったりな喋り方してて、なのに途中で上手く言えない〜って頭抱えてて、もう推しを語る時の我々みたいでした』

「まあオタクだしな」

『あはは、それはそう。ま、でもあの言い振りならきっと、なごさんを見てるたかこさんを見てればわかるかな? って思ったんで、方向性をちゃんと決めたのは話した後ですけどね』

「あの語彙力がなかった時?」

『ふふ、そうです。その後もかなぁ。これは解釈の話なんですけど』

 そう前置きして、ミツルギは喋り始める。

『たかこさんは最初、なごさんのことを、地上に降りてきた天使にしたかったんだと思います』

「……黒いのに?」

『色は関係ないですよ。最初のイメージでは多分、人間離れした美しさを持つ人ならざるもの、みたいに考えていたんだと思うんです。だから天使でも悪魔でもいいし、彫刻や塑像でもいい。偶像です。生き物でなければ何だって良かったんでしょう。それがほんの少しだけ滲ませる生気、完璧なものがわずかに得た崩壊のかけら、そういうものが彼の考えていた美だった』

 随分と大袈裟な言葉だった。が、彼女は照れる気配ひとつ見せず、のんびりと独り言のように続ける。

『でも、多分実際に着た姿を見た途端、解釈が変わったんですよ。偶像ではなくなった。なごさん自身の美しさに気付いたというか……生きた美しさを表現してほしい、写真に残したい、って思ったんじゃないでしょうか。途中から笑ってって言われなくなったのは、そのせいかなって』

 私も最終的にはこれが一番綺麗だと思いました、と言う声がやたらと愛しげに聞こえる。……のは、さすがに僻みっぽいだろうか。

 恋する乙女のような声色だ、なんて、思い浮かべておいて腹の底が冷えるような気分になる。自分の知らない、わからない、隆太の考えていることを理解しているような言葉に、ほんの少しだけ胸が苦しくなる。

「……なんか、めっちゃ仲良くなった感じ?」

 けれども彼女の言葉選びを、あるいはその時彼女に語った隆太の言葉選びを貶すわけにはいかず、また、妬んだ見方を口に出すわけにもいかず、和樹は考え考え、それだけの問いを打ち返す。

『どうでしょうねー。だって、たかこさんはなごさんしか見てないですし、私も撮るのに一生懸命でしたし』

「はは、嬉しいってか照れるっていうか」

『本当ですって。……あのね、ええと、仲良くっていうか、私達……』

 和樹の返答に何を思ったか、ミツルギは少し唸った。そのまま黙り込む。彼女との通話においてはよくあることだった。ぺらぺらと間絶なく喋るくせに、何かを真面目に伝えたい時は無言でしっかり考えてから口を開く人間だった。

 そういうところはどこか隆太にも通ずるところがある、と和樹は思っている。どうでもいい時はいくらでも饒舌に話すくせに、肝心要のことを話すのには躊躇い、黙考するところが。言葉よりも作品のほうがずっと雄弁に、彼の、彼女のこころを伝えてくるようなところが。

『あのー、変な話なんですけど』

 ゲーム画面でキャラクターの装備を確認しながら待っていると、ようやくミツルギが口を開く。

『ほら、私、結婚式場で写真撮ってるじゃないですか』

「ああうん」

『だから人の、誰かに夢中になっている顔を見ることが多いんですけど』

「うん」

『あの時のたかこさん、そういう顔してました。恋する人の顔、愛しい人を見つめる顔、うーんそれとえっと、大事なものを慈しむ顔、とか。そういう顔でした』

「恋、って……」

 思わずどきりとする。ミツルギにはもちろん、他の誰にもこの恋心を話したことはない。だからそれは、考え抜いた末にこの子が思い付いた言葉に過ぎないはずだ。

 けれどもあまりに声色が真面目でつい、和樹は居住まいを正した。そんなこちらをよそに、ミツルギは滔々と話し続ける。

『例えば、教会の彫像ならたった一つの面、慈悲だとかそういうものだけを向けてくれればいいけど、愛しい人ならいろんな表情が見たいじゃないですか。はにかんだ顔も見たいし照れた顔も見たいし、嬉しそうな顔も楽しそうな顔も、違えば違うほどいいものじゃないですか』

 いちカメラマンとしての感覚ですが、と付け加えながら、彼女は言う。

『そうすると、笑みという記号は引き出したい魅力、たかこさんが見たい魅力とは違ってしまう。抽象化された天使ではなく、具体的に存在する、生きた人間が見たくなっちゃったわけなんですから。その結果、全ての表情への可能性を持つ表情こそが『欲しい』表情になったんじゃないか、って。どれか一つの完成された表情ではなく、蕾みたいな、変化や動きを秘めた表情がいいって思ったんじゃないかなぁ、と』

「……そんな感じに見えたんだ?」

『はい。あくまでも傍目から見た感覚ですが、少なくとも、初めに想定していた魅力の引き出し方と、実物を見た後のアプローチの仕方が異なっていたのは真実かと。岡目八目って言葉もあるので、あながち間違ってはいないと思いますよ』

「へえ……」

 彼女の言葉を新鮮に感じる。

長らく、隆太と自分の間には共通の友人がいなかった。彼が自分にどんなものを見ているかなんて、他の人から聞く機会はまずなかったと言っていい。隆太が自分に向ける表情がどんなものか、なんて。

あの日、衣装を身に纏った己に彼がどんな眼差しを向けていたか、なんて、気付きようもなかった。気に入られていた自覚こそあれど、その細やかな機微までは見て取ることができていなかった。

 ミツルギはどこか惜しそうな声で続ける。

『だから本当は、ちょっとたかこさんのことも撮りたかったです。いい顔、されてたので。嬉しそうで楽しそうで、素敵でした』

「見ておけばよかったかなぁ」

『式場だったら他のカメラマンが撮るとかできなくもないんですが……ああいや、そうじゃなくて、だからね、なごさん』

 ミツルギの声に笑いが混じる。

『たかこさんと私、たぶん全然仲良くなれてないんですよ。えへ、悪くもないとは思いますが……きっと、姿勢が違ったんです。アーティストとして仲良くなりたい気持ちはありましたが、あの日の私は傍観者で、あの人はたった一人を美しくするのに夢中な作り手だったから。同じフィールドにはいなかったのです』

「……そういうもん?」

『そういうもんです。ほら、この写真集を見た時の反応も違ったでしょう、たぶん』

「あー……いや、実はさぁ」

 自信ありげに水を向けられて思わず口ごもる。

 実のところ、最近隆太とほとんど連絡を取っていない。それこそ写真集に入れる写真の選定をした時以来、通話も一切していないし、メッセージでのやりとりもほとんどない。以前は何もしないでもメッセージが来ていたから、気がかりといえば気がかりだった。

 そんなことをもそもそと言うと、画面の向こう側でミツルギが不思議そうな声を出す。

『お仕事、繁忙期なんですかね?』

「今ちょうど色々明けて多少暇な時期だと思うんだけどな」

『例年だと?』

「例年だと」

『ふぅん……燃え尽き症候群的な?』

「どうなんだろ……」

『言っといて何ですが、多分それはないですね。気迫みたいなの、すごかったし』

「あはは、俺もそう思う」

 そう。そう思うからこそ、気になっている。彼の思ういっとう美しいものになれていたはずの自分に、彼が一切言及してこないことが。

 写真集がいつ刷り上がるのかだとか、現物を誰よりも先に欲しいから届いたら遊ぼうだとか、それくらい言い出しそうだと思っていたのに、だんまりを決め込まれては不思議にもなろう。

「SNSは元気そうなんだけどな」

『いや、あんま話してなくないですか?』

「もともと書き込みは少ない奴なんだよ。半分見る専みたいなとこあるし」

『あ、たしかに画像欄も衣装作りの経過ばっか』

「んー。だからまあ、体調が悪いとかってわけじゃないと思うんだけどな」

『うーん……』

 端末の向こうでおそらくミツルギも隆太のアカウントの投稿を眺めているのだろう。二人して何なんだか、と首を傾げていても、答えが出るはずもない。

『……ま、イベント当日には来ますよね、きっと』

「そうだな」

『その時に感想いっぱい聞きましょ!』

「ふふ、おう」

 休日の夜の会話はそんな具合に、どこか引っかかりながら更けていった。


          ☆


 真冬のイベントは風通しの良い場所に配置されると少々寒さが堪える。

「痛っ」

「大丈夫?」

「平気ですー、昨日ささくれが剥けちゃったとこが引っかかって……」

「あらら、ダン箱くらい俺がやるからいいのに」

「いや、せっかく売り子で来てるんですから働きますよ」

「売り子の仕事は十分やってたじゃん。俺一人じゃ捌けなかったと思うし、マジ助かったよ」

 和樹にとって、完全オリジナルのコスプレ写真集は初めての試みだった。だからいつもよりも作る部数を減らして搬入していたのだが、思いのほか需要はあったらしい。

 いつもほどではないがそれなりに盛況で、思っていたより早く全ての頒布物がなくなってしまった。うれしい悲鳴というやつだ。

 悩みながら撮った甲斐がありました、とミツルギも満足げではあった、のだが。

「来ませんでしたね」

 ミツルギがぽつりと呟く。可愛らしく光る空色の爪でかしかしと段ボールを引っかきながら、ついと唇を尖らせて。

「……あいつ?」

「はい。……今日は絶対、来ると思ったのに」

 自分よりもしょんぼりとして見える小さな背に、和樹はかける言葉を持たない。

 何しろ、自分も同じように思っていた。くだんの写真集を頒布する場には来るだろう、と。せめて、来られないなら来られないで、その旨を連絡してくるものだと思っていた。

 けれども、一週間前と変わらず隆太は連絡を寄越さず、顔も見せなかった。昼を過ぎたこの時間から来るとも考えられない。

「写真集はとっといてあるけどなあ……」

 落胆は、した。お前は俺を一番綺麗だと思っていて、そういうふうに作り上げた俺にあんな、茫然とした眼差しを向けてきたんだろう。だというのになぜ来ないんだ、と、思わなかったといえば嘘になる。

 が、同時に心配にもなった。心身の健康でも損ねているのではないか、だとか、何か事件性のあることにでも巻き込まれているのではないか、だとか。漫画やアニメじゃあるまいし、そんなことはなかろうとも思うけれど、好きな相手の安否が気になるのは仕方がない。

「ま、今度会う時にでも渡すし、感想も聞いとくよ」

「うー……お願いします。もう、すっごい残念です」

「なに、引きずるね、随分」

 ちくり、と覚えのある感覚が胸を焼く。そうだ、彼女にカメラマンを頼むことを決めて、隆太に話した時。

「……あいつが気になる感じ?」

 ぽろっと零して、しまった、と思った。この言葉はさすがに踏み込みすぎている。きょとんとした目でミツルギが見上げてくるのに、曖昧な笑みを浮かべる。

 色恋を前提としたような口を叩くのはルール違反だと思う。ミツルギと自分の間に無言のうちに存在している、近づき過ぎないためのルールに抵触してしまったような気がする。なのに、

(とられる、なんて)

 思って、つい飛び出した。とられるも何も、もとより自分のものではない男のことで。じわ、と季節外れの汗が背筋に滲む。

「気になる、っていうか」

 幸い、ミツルギはその言葉を他意なく受け取ってくれたらしい。色づいた唇に指を当て、あ、と慌てて指を擦りながら肩をすくめて和樹を見た。

「まあ、気になるとも言えますね。だってほら、オリジナルのコスプレの写真を撮るのはこれが初めてだったんで。ちゃーんと一番うるさそうな人に確認したいじゃないですか。どうでしたか、あなたの思う通り以上の出来になりましたか、って。印刷するような写真に関しては私、印刷した段階で初めて完成だと思っているので。完成品を見たあの人の意見が聞きたかったんですよ。なのに、もう」

「あー……はは、なるほど、そりゃそうだよな」

「ほんとですよ!」

 拗ねたような声とともに段ボールを折り畳んだミツルギに、和樹は苦笑した。

まったく、見当違いも甚だしい。恋はどうも、頭の回転を鈍らせる。彼女は単純明快にクリエイターだっただけだというのに、あらぬ疑いをかけて嫉妬しかけるなど。

(バッカみてえ)

 安堵しつつそう思う。こんなくだらないことでうっかり心地よい関係を壊しかねない言葉を投げてしまった己を恥じる。気をつけなければ、と改めて自分に言い聞かせる。

 通すべき仁義、というと仰々しいけれど、ネットから始まった関係には普通の人間関係以上にそういうものが大事になると思っている。何しろ、基本が見知らぬ同士だから。

 男女問わず、近づき過ぎないこと、距離を取り過ぎないこと。心理的な貸し借りはなるべく少なくすること、依頼は金銭等できちんと対価を視覚化すること。プライベートには踏み込み過ぎないこと、そして、センシティブな話題は避けること。

 コスプレイヤーには女性が多い。彼女らのネットワークの中で、まずい行動をとれば即座に村八分になると考えてもいい。末永く趣味を楽しむには必須の気遣いだった。

 ミツルギはその点をよく理解している人間だと思う。和樹が気を遣っているのに気付き、同時に彼女自身も気を遣っている。相互に適度な気遣いがあるゆえに気安い関係を築けているのだと、わかっている。

 だから、仮にミツルギが隆太に想いを寄せていたとしたって、それをからかうような真似はもってのほかだし、想いを寄せていないにせよ「それらしく見える」と冗談を飛ばすのだって当然、よろしくはない。

「お待たせー」

 段ボールをゴミ捨て場に運ぶ間にどうにか頭を切り替え、和樹はミツルギに軽い調子で声をかけた。荷物をまとめ、お互いに忘れ物がないことを確認して会場を出ると、冷気がじわじわ足もとから這い上がってくるのがわかる。

「さっむ」

「腹減ったな」

「ですねー」

「ミツルギさん、この後予定あるの?」

「あ、他ジャンルの友達と合流です」

「そっか。ほら、手伝ってもらったから、飯でもご馳走したかったんだけど、そんなら仕方ないね」

「え、そしたら今度コラボカフェあるんでそっちでもいいですか?」

「お、いいよー」

「やったぁ! 私の推し引いたら交換お願いしますね!」

「はいはい」

 彼女につられて笑う。こういう距離を維持するのは難しいけれど、一番心地よいのもまたこの距離感だ。手伝ってもらったら何かしらで返す。手伝ったらちょっとした見返りをもらう。貸し借りを常に少なくしておくことが対等でいるコツだ。遠慮しすぎず、押しつけがましくないように。

「じゃあまた、出かける日程とかはまた後で調整しましょう」

「うん。おつかれ、ありがとうね」

「いえいえ、おつかれさまでした!」

「おつかれー」

 さっぱりと手を振って去って行った彼女を見送り、和樹はスマホの画面を開いた。

 SNSアプリを立ち上げ、隆太の書き込みを探す。昨日見た時と何も変わらない画面だった。次いでメッセージアプリやメールも確認するが、目的の男からの連絡はない。

 和樹は小さくため息をついて画面の明かりを落とした。もうじき八つ時だ。終了時間まで一時間を切ったこんな時間からイベントに来るオタクはほとんどいない。隆太が今日、ここに現れることはもう、ないだろう。

 それでも離れ難くて、恨みがましい目でスマホを睨む。……睨んでメッセージが来るわけでもないのに。

「……くそ」

 空虚な悪態が乾いた風に消える。指先がかじかんできた。いい加減諦めて帰るか、と重い腰を上げてスマホごと手をジャケットへ突っ込み、立ち上がる。

 その時だった。

「和樹!」

「ってぇ!」

 後ろからものすごい勢いで肩を叩かれて思わず姿勢が崩れる。

「あ、悪い悪い悪い、大丈夫か」

「……隆太?」

 和樹はぽかんとした。この寒いのに額に汗を滲ませた友人は頷き、ぱちんと手を合わせてくる。

「ごめん、ちょっと色々あって、あとバタバタしちゃっててさ、今日まで全然連絡もできなくてごめん」

「そりゃ、いいけど……え、どうしたんだよお前。今着いたの?」

「そう。スペースまで行ったら撤収した後だったから、慌てて出てきてさ、もう無理かと思ったから、ホント捕まってよかった」

「おー……あ、でも惜しかったな。ミツルギさん、ちょうど今さっき帰っちゃったから」

「え、ああ。そうだな、あの人にもお礼言いたかったけど……そうだ、写真集はどうだった⁈ ちゃんと捌けたか⁈」

「落ち着けって、めちゃめちゃ捌けたわ。ったり前だろ」

 声を張り上げる隆太をはたきながら、和樹はつい笑ってしまった。

 まったく、燃え尽き症候群だとか、興味が失せたんじゃないかだとか、これでは疑う余地もない。あいも変わらず、こいつは自分だけに夢中なのだ。それを面白いくらい思い知らされる。さっきまでの漠然としたおぼつかなさが嘘みたいだった。

「マジ何も来なかったから死んだかと思ったわ」

「ひっで、元気だよピンピンしてる」

「ならいいよ。ミツルギさんとさぁ、病気でもしたか事故にでも遭ったかって心配してたんだよ」

「あー……いや、だったら連絡くれればよかったのに」

「普段そっちからだから忘れてた」

「忘れんなよ」

「あはは」

 イベントに来たばかりだというならこの後はもう一度会場に戻るのかもしれない。

「目的のサークルとかまだ全然見てない感じ?」

「ああ」

「じゃ、一緒に回ろうぜ、もうあんまり人いないかもだけど」

 久々に顔を合わせた友人に、あるいは想い人に、多少浮かれていた。

が。

「あのさ、ごめん和樹、一緒に回るのはいいんだけど、その前にちょっといいかな」

「ん?」

 ぱっと掴んでいた手を離した隆太が、まっすぐ和樹を見つめてひとつ、深呼吸をする。

「……話したいことがあるんだ」

 そうしてはっきりと告げられたその言葉に、なぜだか心臓がすくむような胸騒ぎがした。

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