第8話 コウスケ、父を亡くす

 父のことを思い出すと心が痛みます。不器用ながらも家族を愛してくれて、育ててくれて、ようやく今は感謝できるようになりました。


 小学生~中学生時代、父は常に反対者として、母と子供たちの宗教活動を妨害してきました。酒を飲んで母を殴る、僕と弟たちは泣きながら布団の中で堪える。そんな日が続いていました。僕たちはずっと父に怯えて暮らしていたように思います。


 母が聖書研究の司会者、輪玉さんに相談していることや、幸せな家族生活を送るための秘訣といった書籍の中で印をつけていた箇所から、父は不倫をしていたこと、経済的なDVもしていたこと、子供ながらになんとなく理解していました。


 コウスケが中学校の卒業を控えていた頃、ひとつの転機が訪れました。当時、実家は祖父が経営する個人商売をしていましたが、父はそこから独立して自分の店を持つようになっていました。そして、母親とケンカして父は事務所で寝泊まりするようになりました。


 数日後、父の仕事仲間から母親に連絡が入ります。父がなんかおかしいと。呂律が回っていない、何かふらふらしている、と。


 慌てて母が父の職場に向かい、病院へ直行。分かったことは、一酸化炭素中毒を起こしていたようです。季節は寒い冬の2月。雪が結構積もる地域です。石油ストーブを付けたままソファーで就寝。換気もしておらず、この時にしばらく意識が飛んだようです。


 そこから父親が変わりました。病院で検査した結果、脳の“怒り”を司る部分が損傷を受けていたということです。それと少しの言語障害が残りました。非常に珍しい現象だそうです。


 家族は驚きです。あれだけ毎晩怒鳴っていた父が、全く怒らなくなりました。それどころか、夏になり、エホバの証人のメンバーで行く海水浴に一緒についてきました。他の信者さんも、どれだけ暴力をふるい、反対していたか知っていたので、みんなビクビクしていたはずです。が、時折ニコッと笑いつつ、海辺でバーベキューしていました。その後、エホバの証人の集会にも何度か出席するようになりました。自分が過去に暴れて妻と子供を引きずり出そうとした場所に行く、想像もしなかったでしょう。


 誰もがこれで、コウスケくんちも安泰、神権家族(家族全員信者である家族のことをこう呼んでいた)になるでしょう、と。


 そしてコウスケが高校1年の晩秋、事件が起こります。その日、早朝、まだ日が昇っていない時間に、祖母が僕の部屋に来ます。父さんが事故を起こして亡くなった、と。母さんは病院に行っている、と。


 そこからの記憶がしばらくありません。自宅でお通夜もしたと思いますが記憶にありません。お葬式は、近所の同級生が気に掛けて数人参列してくれた、くらいしか記憶にありません。そして、お葬式と言えば仏式で行われるので、焼香など、エホバの証人として出来ないことが多々あり、それを拒否するのをどうしようか、という葛藤をしていた記憶だけ残っています。最低ですね。


 松平健に似ていた父。B型。母とは高校時代の先輩後輩の間柄で、大人になってから再度知り合い、大恋愛だったそう。次男坊で婿養子。酒に弱いくせに飲む。


 そして最後は、運転中単独で電信柱に激突。享年43歳。


 -エホバはこの人を楽園で蘇らせてくれるのですか?






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