第10話 重なる天才達

 週明け講義が終わった吉岡と美智恵は戸谷に会いに来ていた。

「えっ⁉︎来る事になったのか?」

 美智恵に吉岡に相談しろと言った手前、顔には出さなかったが、予定では断られる筈だった。

「どうやって説得したんだ?」

 戸谷が二人に尋ねるが、よくよく考えてみれば何故参加する気になったのかが二人には謎だった。

「相手は来年確実にプロに入る野球界の逸材だぞ・・・」

 戸谷は内心焦っていた。東都大だけならば登山サークルの活動として学校に報告すれば良いだけだが、早政大まで加わるとなると話がややこしくなる。

(さてと・・・どうしたものか)

「学校から許可が出ないかも知れない」

「えっ⁉︎聞いてない」

「まさか本当に説得してくるとは思わなかったんだ。予定では断られて渋々納得してもらう筈だった」

 戸谷は正直に美智恵に自分が考えていた事を伝えた。

「戸谷ってさ、頭いいけど自分の手は汚さないタイプ?同じ天才でもトーマスとは違うよね」

 急に関係の無いトーマスの名前を出し、比較されてしまうが、そもそも接点の無いトーマスと比較されても戸谷には理解が出来なかった。

「何でそこでトーマスが出てくるんだ?」

 美智恵は精一杯の嫌味を言ったつもりだったが、戸谷とトーマスに接点が無い事を忘れていた。そこで吉岡が、トーマスの名前を出した今までの経緯を説明すると戸谷はようやく理解が出来た。

「お前らトーマスのてのひらで転がされたな」

「えっ⁉︎」

「タカに会いに行った時の経緯からトーマスは何の策もなく会いに行くやつじゃ無いのがわかる」

「あっ!」

 吉岡は何かを思い出したように席を立ち上がった。

「どうしたの?」

「立ち上がったんだよ」

「それは見ればわかるよ」

「違う。あの日、上本達とあった時真っ先に立ち上がって、『来てくれると思った』と確か言った」

「それだ!」

 吉岡の話を聞いて戸谷は全てを理解した。

「飯原が行く気になったのは事前にトーマスに説得されたんだ」

「でも、そんな事言ってなかったよ」

 人を疑う事を知らない美智恵は目の前で起こった事を全て鵜呑みにする。

「トーマスは恩着せがましい奴なのか?」

「全然。凄く良い奴だった」

 美智恵に同じ天才と言われた事で自分ならどうするかを考えると答えは簡単だった。断られるかも知れないのに無駄な話し合いに時間は作らない。かと言って本気で説得に行くのに美智恵がいると失敗する可能性も高くなる。

「だけど、どうしてそこまで他人の為に必死になれるんだ?初めて会ったあの日だろ?」

「だから、トーマスは尊いんだって」

 邪魔扱いされた事に気づかず、美智恵は勝ち誇ったように笑った


 


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遥か彼方にいる君は尊し 美心徳(MIKOTO) @bitoku

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