宇宙(そら)へいくために
軌道航空機
北の仙台も良いけど、そろそろつくば行きたいなあ。ここより北は死の土地になっているというし、もう北に行く必要もない。遺跡はたくさんあるそうだけど。
「そろそろつくば行かない?エンジンを載せ替えたら、の話になるけど」
「うーん。うーん。ツクバねえ。そういえば涼くんの言っているツクバってシンツクバで良いのよね?」
「ん? つくばってつくばじゃないの?」
「んーとね、第三次世界戦争でコロニーが落ちて、チバも吹き飛んだしイバラキもかなり南の方が吹き飛んだらしいのよ。私はツクバと言ったらシンツクバしか知らないわ。あそこって特に航空機関連が盛んな所じゃないのよね。宇宙にもあまり関連がないし」
その言葉を聞いて背筋が凍る。つくばの宇宙貿易事業団なら軌道航空機があると思ってつくばに行きたかったんだ。そのつくばが、ない。シンツクバは宇宙をやって、ない。
じゃあどこになら軌道航空機があるかというと、大阪のウメダ地下都市、つまり首都にならあるということらしい。首都とコロニー国家群は友好関係があって航路があるみたいだ。
「ウツノミヤとウメダ地下都市には空港があって航空機の航路があるけど、軌道航空機の航路はないわ。じゃあウメダ地下都市で高軌道の航路があるかといったらそれはないわ。あくまで地球の安定軌道にあるコロニー国家群との貿易と人の輸送用。高軌道に飛ぶような実験機はないはずよ」
「じゃあ、どうすれば良いんだ? 高軌道に行ける軌道航空機はどこで手に入る?」
「今の時代じゃ作ってないかも。ルナ三のラグランジュポイントにある大規模コロニー国家とはもう通信してないし。安定軌道までしか飛べない軌道航空機しか世界にないかも。アメリカに行けばあるかもしれないけど……」
体が震える。行けないとは思っていなかった。複数の戦争や企業紛争を乗り越え技術は発展しているはずだと思っていた。それが逆に退化しているなんて。ああ、正田愛理には会えないのか。
「そうだ、戦前で軌道空港がある場所なら高軌道まで飛べる軌道航空機が有るんじゃ無いか? 例えば仙台空港とか。青森にもコロニーへ核物質を運ぶ空港があったはずだよな」
「センダイはどのタイミングかわからないけど完璧に空港及び関連施設を破壊されてるわ。今ある空港とは違うんじゃない? アオモリは核処理施設があったからだったかな、今は死の土地よ。遺跡は残ってると思うけど」
がっくりと肩を落とす。放射線は通常の人間は勿論、機械化した人間にも畏怖の存在だ。強力なガンマ線で電子回路を破壊して致命的なダメージを与える。勿論ガンマ線濃度は濃度分布があるから一切入れないというわけではないだろうが。
一章正田愛理と会えないのはこれから長い時間を生きる僕にとってあまりにも辛すぎる。
希ちゃんと曖昧な関係を続けるのも希ちゃんに対して失礼にもほどがある。
どうにかして探さないと。梅田に一度行ってみるか……?
んー、まてよ。
「仙台空港跡地に行ってみたいんだけどどうかな。いくら核でも地下深くにある空間にはダメージを与えられない。僕の時代だと主要空港にはシェルターが存在していたんだ」
「うーん、いっても良いけど、無駄だと思うわよ。シェルターがあっても入り口が崩壊してるのが殆どじゃないかしら」
「そこら辺にある重機をパクって掘り返せば良いさ」
「しょうがないわねえ。あなたはショウダアイリのことになると何が何でも成し遂げようとするものね。一度くらい私のために成し遂げる物があっても良いと思うんだけど」
「ありがとう、希ちゃん」
「ふん、もう慣れっこよ。さ、聞き込みを開始しましょう。今じゃどこにセンダイ空港が残っていたのかわからないんだから」
ごった煮の街仙台。酒場や屋台を渡り歩いて情報を探す。とある情報屋から一〇〇年生きているじいさんがいるとの情報を掴んだ。
大戦争を何回も経験してかつ生き残るとは、凄い人だな。会いに行くことにした。スラム街のBブロックにいるとのことだ。
Bブロックの中にある、スラム街の建物とは思えない屋敷に到着する。インターホンを鳴らし用件を告げる。中に入ってこいとのことだ。ドアを開ける。
そこは戦前の家にタイムスリップしたかのような室内だった。綺麗な壁紙、アンティーク調の家具、窓際に置かれている瓶の中に入っている航空機。
「この部屋は……今じゃ考えられない。維持にどれだけの苦労をしているのか」
「なに、仙台なら何でも手に入るから。昔の材料なんかも手に入る。いらっしゃい、不思議な旅人さん」
そう言いながら酒を飲んでいる、体がほぼサイバネになっているおっさんがいる。
「あなたが一〇〇年生きているという?」
「いかにも。一五〇年くらい生きているけどね。柳裕太だ。君らが私に会いたいということは知っておるよ、これでも耳がきくんだ」
「希・サンダースよ。子分がたくさんいるのね。一五〇年生きているからおじいちゃんになっていると思ってたわ。サイバネ化して寿命を延ばしたのね」
「完全生身のおじいちゃんじゃこの世界は生きられん。後で市役所にでも行って平均寿命や生後五年生存率などを調べてみなさい。サイバネで長寿になった人もいるが、金がないとそれもできない」
金か。確かに金がないとスラム街で過ごすことになる。スラム街は死亡率が極めて高い。病気や犯罪だって上位階層からは見て見ぬ振りをされている。スラム街から成り上がるためにはそれなりの金が必要だが、スラム街ではその金を稼ぐこともできない。だからスラム街の民衆は貧困にあえぐか、一攫千金を狙って遺跡や森などに行って無駄死にする。
エッジを渡らないと成り上がれないが、そのエッジが鋭すぎるんだ。
「それで、仙台空港の跡地だが、情報料は高いぞ」
「それも把握済みか。――いくらだ? 僕たちは腐っても中級階層ですごしてる」
「金は要らん。場所も今言う。それよりも仙台空港跡地でとあるロボットの破片を集めてきて欲しい。ひとかけらでも良い」
「なにそれ、破片になってるんじゃ風化してボロボロになってるんじゃないの? 大体何年前のロボットよ」
拍子抜けたように希ちゃんが言う。
「七五年前に行方不明になった、私の大切なメイドロボットだ。型式番号はSMR‐〇一。愛称はキア。第四次世界戦争の時、仙台空港への爆撃に巻き込まれて行方不明になったんだ、私はどうしても彼女を取り戻したい。たとえそれがかけら一つであっても」
そういう柳に対して希ちゃんはあきれ顔になりながら、
「男ってのは昔の彼女を忘れられないのかしらね。ショウダアイリといいキアといい」
「おお、正田愛理ちゃんを知っているのか! あの子は素晴らしいアイドルだったな」
柳が目をきらめかしてそう言う。一〇〇年生きているじいさんだけあって正田愛理も知っているか。
「僕は一七まで正田愛理のボディガードだったんだ。第三次世界戦争が起こった二〇五五年に凍結されたけど。その後の正田愛理はどうだった?」
柳は首をかしげる。
「いや? ちょっと時間軸が合わないぞ。正田愛理は二〇六五年に勃発した第四次世界戦争で登場したスーパーアイドルだ。彼女は第四次世界戦争において日本を勝利に導いた英雄と言われている存在だったよ。彼女の士気向上効果はものすごかった。それで、戦争勃発時に一五歳だったから、二〇五五年の第三次世界戦争の時には五歳だし、実際第三次世界戦争には登場していない。君の記憶違いではないか?」
「そんなはずはない! 確かに俺は正田愛理のボディガードで、二〇五五年の時一七歳で凍結されたんだ! 二〇六五年の時なら二七歳だろう!」
思わず叫ぶ。正田愛理との記憶を汚されたような気持ちになった。
「どこかで戦争と正田愛理の歴史を調べてみると良い。彼女は第三次世界戦争には存在していない。いくら脳の解析が完璧に完了しているといっても、個々人の思い違いはよくあることだ。正確なデータとすりあわせれば事実がどうなのかわかるよ」
「俺の脳が間違うはずはない!」
「これ以上言い争っても無意味よ、調べるなら首都のウメダ地下都市へ行きましょう。それよりもまずは仙台空港跡地へ。キアの痕跡を探して遺跡も探すのよ」
「……そうだな。すまなかった」
ここは引き下がったが俺の記憶が間違っているはずはない。俺の脳はバイオコンピュータで、スペシャルなんだ。
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