錬金術師は石の魔人に心を見る

桃灯太郎

序章 石の魔人

 日本のとある田舎町、田んぼに囲まれた一本道の道路にあるバス停のベンチに座り、周囲の景色を物静かに眺める一人の若い女性がいた。

 彼女の名は、宝遠寺ホウエンジ 初芽ハツメ

 宝遠寺家、名の知れた芸術家の家系であり初芽はその家の長女として産まれた。

 しかし、初芽が幼い頃、家族は不慮の事故により初芽一人を残し亡くなり、彼女は親戚の元に引き取られた。

 それから間もなく、初芽は母方の叔母に引き取られるものの、母親から引き継いだ芸術の才能に目をつけ利用しようと考える。


 叔母は自身を養えるほどの大物になるようにと過酷な指導を行っていったが、それは初芽との間にある溝を深めるだけだった。


 そんな初芽にも、学友の出逢いで一時的に心の拠り所を得た事はあった。

 だが、初芽の心は家族を亡くしたあの時から、ゆっくりと壊れ始めており、叔母といる暮らしも遅かれ早かれ、限界が来るのを初芽本人が理解していた。

 彼女は高校卒業後、叔母に黙って家を飛び出し希望を求めてか、ただの帰巣本能か、彼女は幼き頃家族と過ごした田舎町に帰ってきていた。


 ベンチに腰掛ける彼女の隣に杖を突きながら歩く一人の老婆が近付いてきた。

 初芽は老婆に負担をかけまいとベンチから立ち上がり、ゆっくり歩く老婆の身体を支えながら席を譲る。


「どうぞお婆さん」

「あらあら、ありがとうね。ところでお嬢さん都会の人かい?」


 人口も少ないこの田舎町、偶に帰省する者がおれど、それを除けば、滅多に人が立ち寄ることもなく、老婆にとって都会育ちの初芽の存在は珍しくて仕方ない。


「はい。ですけど、都会よりも素晴らしい町だと思いますよ。友達に紹介したいぐらい」

「あらいやねぇ、お世辞なんていいのよ。……ところでお嬢ちゃんの顔……」


 何かが頭に引っかかる老婆は、初芽の顔をまじまじと見つめる。老婆と視線が合った初芽の方は、沈黙しながら目を逸らしてしまう。


「亡くなった宝遠寺さんとこのお母さんにそっくりだねぇ。」

「……ッ」


 咄嗟に言葉が出そうになった初芽は声を押し殺す。

 この老婆は、彼女の母を知る一人であった。しかし、初芽が誰かまでは気がついていない様子だ。


「ごめんなさい。もう失礼しますね」

「あらそうなの? 引き止めてしまったようで悪かったわね元気でねぇ」


 初芽はバス停からゆっくり離れ、老婆からある程度距離を取ると、その場から逃げるように走り出す。

 今の彼女にとって、懐かしい顔を思い出す事ですら心の傷を開くものであり、何よりを考えると、もし、素性が知られでもしたら、あの老婆に悪いと思ったからだ。

 そのような精神状態だが、その足はどんどん近づいていく。


 かつて、家族と暮らしていたあの場所へ。






「……、お父さん、お母さん。……、照音テオン……」


 長年放置され、雑草が生い茂った庭の中心に立って両親と亡き妹の名を呟く。

 初芽は家の方を見る。長年雨風に晒されたためか壁には罅が入り、窓は割れていた。


 初芽は経年劣化で錆びつき、動かしづらくなった扉を、強い力を込めて開く。

 初芽は中に入ると、まずは一階を見て回り、そして、二階へと上がって一通り見る。最後に初芽は自分の部屋だった場所に足を踏み入れる。


「ただいま……」


 もう何もない部屋だが、確かにここは今でも初芽の部屋であり、この家は初芽の帰る家だった。

 妹と走り回った廊下、隠れて落書きした柱、家族と楽しく喋り合いながら過ごした居間。

 初芽の脳裏には、鮮明にあの頃の暮らしが浮かび上がる。


 だからこそ初芽は


「家に帰れた……、だから次は皆の元に行くから…。待たせてごめんね……」


 初芽はポーチの中から毒薬を取り出し水で一気に呑み込む。

 そして初芽の意識はあっという間に薄れていき、彼女はその命の灯火が小さくなっていく。

 

『おねえちゃん……』

「ああ、照音……」


 幻聴なのか呼び声なのか、初芽は妹の声を聞き取ったという最期を迎えた。


『おねえちゃん……おねえちゃんならまだがんばれるよ……』


「えっ」


 命を閉じた筈の初芽は照音の声を聞き取ったと感じたと同時にその瞳を開いた。






 初芽は目を疑った。


 何故なら、先程まで初芽がいた部屋ではない、見たこともない場所だったから。

 焦げた血と火薬の臭いが入れ混じる空間。

 夜空は月の光を通さぬ黒雲に包まれ、地上は辺り一面、粉塵と炎が波のように人や物を包み込む。

 初芽はこの世の地獄そのものだと感じた。


「何よ……これ。何なのよ!」


 状況が理解出来ず、ただ叫ぶ初音であったが、逃げ惑う人々には聞こえないのか、初芽に気づく者はいなかった。

 そんな中、初芽は空の方を見ると、戦場を見下ろすように一つの影がその目に映った。


「対象は空に在り! 撃ち落とせ!」


 初芽のようにその影を見つけたのか、何者かの声が聞こえた瞬間、地上の粉塵の中から多数の矢が飛び出し、空に浮かぶ影を狙い、一直線に飛んだ。


「それがどうした」


 影は落ち着いた冷たい言葉を発する。

 それと同時に影は背中にある何かを振り、突風を引き起こす。

 突風は影に迫る矢を逆に襲い、矢を一本残らずバラバラにしていく。


 そして、偶然なのか影の上の黒雲が割れ、そこから漏れた月光が影を照らし、影の姿をハッキリと映し出す。


「あれは何……?」


 その姿は、最初は人間の男だと思った。

 いや、一部だけなら人間に見えるが正解だ。

 何故なら、それは、《《岩石で構成された巨大な両腕が付いていた》からだ。

 

石魔人イマジン……」


 初芽は、急に思い出したかのように空中の男をと呼んだ。彼女自身も、何故そう呼んだか理解できない。


「数だけが多い奴等が……!」


 男は後頭部に長く伸びた青髪を風で揺らしながら、地上にいる敵の影を睨みつけ、両腕を敵の方へ突きだす。


「ねえちょっと待って、何をするの……?」


 初芽はこれからさらに現実離れした光景を目にする。


「これで最後だ、外道共」


 岩石の指先から、無数の何かが高速で飛び出す。

 それは鋭利に尖った石の刃。まるで石の爪を矢の様に放つ異様な攻撃だった。


 その無数の刃は、地上にいる敵目掛けて降り注ぐ。

 粉塵から多量の血飛沫が吹き出して次々と人の倒れる音が聞こえてきた。

 咄嗟の判断で、粉塵から逃げ出した鎧の兵士らしき者もいたが、既にその背中は刃に貫かれており、初芽の前で倒れ、死亡した。


「貴方は……誰?」


 初芽はあまりの状況に、目の前の死体を目にしても悲鳴をあげることすらない。

 初芽はただゆっくりと、青ざめながらも再び男の方を見る。


「…………ッ!」


 なんとその男は、彼女の存在に気がついたのか初芽を強く睨んだ。


 そこで初芽の意識は途絶えてしまった。






 ある村に一人の年若い色白の黒髪の少女が歩いていた。

 彼女の名は。錬金術師である。


 そして、宝遠寺初芽が記憶を持ったまま、この世界【トライアス】に転生した少女。


(見つけなきゃ……あの時見た彼を……私がこの世界で生き続けることになった意味を知るためにも)


 彼女はかつて見た男を探していた。

 そう、を……。






 ハツメが訪れている村からさほど遠くない位置にある山、そこに遺された古い神殿跡、その中に一つの棺があった。

 頑丈な鎖に縛られたその棺、棺の横にはこの地方の古い文字でこう刻まれている。


『古の石魔人 ガーゴイル ここに眠る』


 棺は静かに揺れている、何かを感じたかのように。


 三千年の時を越え、錬金術師と石魔人の運命が交わる時が近づいていた。

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