第11話 とある村の魔道具店
帝都パライゾから南西に馬で数日ほど走った先に、人口わずか1000人ほどと小さな村――シルナ村はある。
麦穂が風に揺られる長閑な光景が延々と続く村。そんな村に似つかわしくない豪奢な馬車が一台、マルコス魔法道具店と看板を掲げた店先に停車している。
村人たちは角砂糖に群がる蟻のようにその周辺に集まっては、なにやら落ち着かない様子で固唾を飲んでいた。
「帰っとくれ!」
店からしゃがれた老人の怒号が静まり返った村にこだますると、店の周囲に集まっていた村人たちの表情が一気に凍りついていく。
店内には大きな三角帽子を深々とかぶった白髪の老人がおり、軍服に袖を通した壮年の男と対峙している。
蓄えられた真っ白な髭は、生まれてこの方一度も剃ったことがないのではないかと思うほどに長く。泥濁色の外套に身を包んだ姿は、1000年前ならば間違いなく魔法使いと呼ばれていた者たちの恰好である。
「これはエンヴリオン帝国――第5皇子、アビル殿下の命であるぞ!」
「だったらなんじゃ! 誰に言われようとも、わしはもう二度と人殺しの道具は作らんと決めておる。さぁ、とっとと帰っとくれ! 商売の邪魔じゃ」
「なッ!? 私はアビル殿下の命を受けてきたのであるぞ! このような無礼が――」
「ロザミア! 塩じゃッ! 塩を持ってこい!」
横柄な態度の軍服男がすべてをいい終える前に、老人は店の奥にいる少女を呼びつけた。
呼ばれて出てきた茶色いミディアムボブの少女は、歩く度に内巻きにした毛先をふわりと揺らしながら塩の入った壺を老人に「はい」と無表情で差し出した。
この、ちょっとばかり無機質な少女の名前はロザミア。
ロザミアは15歳の少女らしい背丈をしており、ケープの下から覗く胸はまだ発展途上だが、コルセットが巻かれたくびれは実に優美だった。また、丈の長さがバックよりフロントの方が短い前後非対称の所謂フィッシュテール・スカートが少女に蠱惑的な印象を与えている。
「このようなことをしてただで済むと思うなよッ!」
「なんじゃ砂糖の方が好みじゃったかァッ!」
塩まみれとになって店を飛び出した男に、職人気質の老人が捲し立てた。
「まったく、何が呪いの魔具を作れじゃ。下らん。帝国にはイカれた皇子しかおらんのか! 世も末じゃな」
老人は呆れを声に滲ませ、そう吐き捨てると、壺を抱きかかえたままポトンと座り込む。
「大丈夫……お師匠?」
少女は視線を合わせるようにしゃがみこむと、感情の乗っていないような声で問いかけた。心配そうに瞳が揺らぐのは、近しい老人にだけ観て取れる微かなものだ。
「なんじゃ、パンツでも見せてくれるのか?」
「師匠のスケベ……嫌い」
表情が乏しいながらも頬をぷくりと膨らませそっぽを向く少女に、老人はふぉっふぉっふぉと楽しげに笑った。そこへ勢いよくドアベルの音が鳴り響くと、血相を変えた村の男たちが店内に次々と雪崩れ込んでくる。
「マルコスさん困るよ! あの男は第5皇子の使者だったんだろ?」
「あんたのせいでこの村が第5皇子に目を付けられちまったじゃないか!」
「第5皇子に逆らった村が焼かれたって噂くらい、じいさんも聞いたことあるだろ!」
「なんかあったらあんたのせいだからな!」
「これだから
マルコスと呼ばれた老人は、村人たちから厄介者扱いされていた。
「ひどい……日照り続きで作物が育たない時には誰が雨を降らしたの? 村に魔物が襲ってきた時には誰が真っ先に立ち上がったの? 流行り病に苦しんだ時には誰が――」
「もうよい――よいんじゃよ、ロザミア」
二人きりになった店内で、ロザミアが唇を震わせた。頬を伝う涙はポロポロとこぼれ落ち、床に浅黒い染みを作り出す。
「ひどいよ……こんなのひどい」
悔しくて悔しくて涙を流す少女の髪を、マルコスはいつもの笑顔でくしゃくしゃになで回した。
「これくらい慣れっこじゃよ」
そう言って、老人はふぉっふぉっふぉと笑った。
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