第6話 食い違う意見

『ゼハハハ、よいぞ小娘ッ! そうだ、その調子で俺の元まで来るのだァッ!』


 閉めきられた部屋のなか、闇に映し出された少年が一歩、また一歩レザーブーツを踏み鳴らすたび、魔王は興奮を抑えきれずに声を大にして叫んだ。


『その暁には人族ミムルとしては初の、この俺の部下にしてやろうッ! ゼハハハ、光栄に思え!』


 ようやくこの殺風景な部屋から出られるかもしれないと希望を抱く魔王は、傲慢な態度で口上に述べる。


『ああんっ、もう天使ちゃん早く来てぇ! お姉ちゃんはここよぉ~~!』


 勇者は自らの身体を抱きしめるような仕草で緩慢と揺れている。酒飲みが酒に酔うように、映像のなかの少年の一挙手一投足に酔っては、目を恍惚とさせ、いい気分になっていた。


 誰かに見られているなど露程も思っていない少年は、魔物犇めく迷宮にも少しはなれてきたのか、時折鼻唄を口ずさんでいる。


「せやぁっ! 僕だって一騎討ちなら負けないですよ!」


 巨大蝙蝠を一刀両断にするヨハネスは、大きく腕を振るって剣身に付着した血液を地面といわず岩壁や天井に飛ばし、一切無駄な動きなく刃を鞘に収める。


「ヨハネス、冒険は女のロマンだッ!」


 耳にタコができるほど聞かされていた剣聖マーベラスの冒険譚と武勇伝、それらを思い出してクスクス肩を揺らすヨハネスは憧れの師範に近付けた気になっていた。


「なんだか物語に登場する英雄になってしまったような気分です。これはたしかに誰かに話したくなるかもしれませんね」


 赤く嬉々としたヨハネスの頬に悩ましい影が差す。同時にぐぅ〜……とお腹から情けない音が聞こえた。


「さすがにお腹も減っちゃいましたね」


 無理もない。

 迷宮に入りすでに丸一日経っていたが、その間に口にしたものといえば水だけである。


 困ったようにお腹をさするヨハネスは、今しがた斬った巨大蝙蝠をじっと見据えている。

 飢餓のような空腹といえば多少大袈裟に聞こえてしまうかもしれないが、腹が減っては戦はできぬという。ここでは死活問題だ。


「いいかヨハネス、ダンジョンではすべてが食材だ! 好き嫌いするような奴は真っ先に戦線離脱することになる。食えるうちになんでも食うのが鉄則だ。たとえどんなゲテモノでも胃に入ればすべて同じだからな」


 師範の有難い教えに額からは一筋の汗が流れ落ち、苦渋に満ちた表情で喉を鳴らす。


「本当にこんなの食べれるのかな?」


 半分になった巨大蝙蝠をつまみ上げ、疑問符を瞳に宿したヨハネスが戸惑いを振り払うように大きく頭を振る。


 それから表情を引き締め、炎のブレスレットを発動させて巨大蝙蝠の肉を一気に高温で焼き上げる。すかさず顔を近づけてクンクンと器用に鼻先を動かした。


「うーん、焦げ臭いです」


 半生でお腹を壊してしまうよりかは100倍マシだと自分自身に言い聞かせるヨハネスは、瞼をぎゅっと閉じて大きく口を開ける。そのまま豪快に焦げ肉にかぶり付いた。


 もぐもぐと味わうように咀嚼するヨハネスの顔が、見る見るしかめっ面に歪んでいくことになるのは云うまでもない。


 空っぽの胃に染み渡る予想通りの不味さに、「うぇっ……」と思わず下品に舌を出してしまう。


「お師匠さまはこんなに不味いのをずっと食べてたのか、すごいや」


 と、よくわからないことに感心を示すヨハネスの知らざるところで、



『『違ぁぁああああうっッ!!』』



 見事なソプラノとバスでハモリを作る魔王と勇者。


『焼いてしまっては繊細な蝙蝠の脂(旨味)が消え失せてしまう。あれは刺身(生)で食うから絶品なのだァッ! バカ者がッ!!』

『全っ然違うわよ! 巨大蝙蝠は鍋で煮て食べてこそ至高の食材に変わるの! 繊細な脂がほどよく染み出した出汁に溶けてからまり、煮込むことで柔らかさとジューシーさが格段に跳ね上がる。そして口に入れただけでほろっじゅわってほどけるのよ!』


 互いに巨大蝙蝠についての調理法と感想を述べたところで、数瞬の沈黙が訪れる。



『はァッ?』

『あんっ?』



 食い違う意見に睨み合う二人が熾烈な火花を撒き散らす。



『刺身だァッ! それ以外は認めん!!』

『煮込みよっ! それ以外は認めないわ!!』



 獰猛な魔王と勇者が威嚇し合っている間にも、ヨハネスは「胃に入れば同じだ」という師範の教えを守り、けなげにも焦げ臭い蝙蝠肉を完食していた。


「ぷうっ、食べれなくはないですけど、できればもう二度と蝙蝠焼きは食べたくないですね」


 それからも何かに導かれるように迷宮内を移動し続けるヨハネス。

 魔王と勇者は映像に向かって時に感情的に吠えたり祈ったり、一喜一憂を繰り返しながら救世主の訪れを待ちわびていた。



 そして、遂にその時が訪れようとしていた。

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