第4話 魔王と勇者
ヨハネスは余程疲れていたのか、それとも王蟲網から逃れたことで安心してしまったのか、小さく蹲り寝息を立てている。その寝顔は12歳のあどけない少年、というよりかは、可憐な少女のようである。
『女……だと? ふざけるでないわァッ! 1000年待ってようやく誰か来たかと思ったら子供ではないかッ! しかも女だと!? ゼハハハ――笑えぬッ、断じて笑えぬッ―――!!』
迷宮の奥深く、鉄扉に閉ざされた場所からガラの悪いざらついた怒号が聞こえてくる。不良少年のような、ナイフの刃のような危険な感じをまとった攻撃的な声である。
『うっさいわね! もういい加減にしてよっ! つーかあんたよくもまあ1000年間もそうやって文句ばっかり言ってられるわね。ちょっとは静かにしようとか思わないわけぇ?』
続いて聞こえてきたのは麗しい娘のように華やいだ声。しかしこちらも声音には怒気が含まれている。例えるならノイローゼ寸前でもう参ったと今にも爆発てしまいそうな、そんな声である。
『なんだと貴様ァッ? 元はといえば誰のせいでこうなったと思っているのだッ! このボンクラ勇者がァッ!!!』
『なっ、それはこっちの科白よ! あんたが大人しくくたばっていればこんなことにはならなかったのよ!! このトンチキ魔王!!!』
『だ、誰がトンチキ魔王だァッ!』
『あんたこそ誰がボンクラ勇者よ!』
ここ1000年、閉ざされた部屋のなかで若い男女の言い争う声は絶えることなく続いている。が、もちもんその声を聞いたものは誰もいない。
『にしても、勇者よ』
『なによ?』
『あの小娘、ここまで降りてくると思うかァ?』
殺風景な部屋の真ん中に浮かび上がる黒い影。中心の表面には、此処ではないどこかを投影したと思われる映像が映しだされている。
声の主二人は、どうやらそれを観ているようだ。
『ちょっ、不吉なこと言わないでよね! 降りて来てくれないと困るわよ。1000年待ってようやくきたチャンスなんだから。しかもあの娘めちゃくちゃ可愛いじゃない!』
映し出された映像には、スヤスヤと気持ち良さそうに寝息を立てる金髪碧眼の子供が一人。
『ここで引き返されたらまた1000年……冗談ではないッ!? なんとかするのだボンクラ勇者! 貴様には女神アストライアの加護があるのではなかったかッ!』
『無茶言うんじゃないわよ! そもそもここは光も届かない魔王城の地下深く、あんたの庭みたいなところなんでしょ? なら外の魔物に思念でもなんでも送って、あんたがなんとかしなさいよ』
『そのようなことができるのならとっくの昔にやっておるわッ! だから貴様はボンクラなのだァッ!!』
『ボンクっ、また言ったわね! この勇者に向かって何度もボンクラボンクラ言ってくれてんじゃないわよ、このトンチキ魔王!』
責任の擦りつけ合い。
終わらぬ醜い言い争いが今日もまた繰り返されると思われた矢先――
『おいッ! 起きるぞ!』
男が息を飲むような声で女に言う。
『えっ、もう!? どうするのよ! まだ何も策を練れていないじゃない!? てか寝起きも可愛いわっ!!』
女はあたふたと上擦った声で動揺を隠せずにいるかと思ったら、次の瞬間には瞳を輝かせていた。
『念じるのだッ! 俺と貴様――魔王と勇者が同時に全力で念じれば、きっとあの小娘をここまで導けるはずだァッ!!』
『あんたと協力するなんて死んでも御免だけど、あんたと二人でここに留まり続けるのだけはもっと嫌っ! なによりあの娘を手に入れたいわ! 死ぬ気で念じるわよ、魔王!』
仲が良いのか悪いのか、判断に困りかねる二人が蛙の合唱――共鳴するように唱え、繰り返す。
『『来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来いっッ――!!!!』』
ただの自棄っぱちである。
かつては勇者と功績を讃えられた者も、深淵の支配者と畏れられた魔王も、こうなってしまってはただの形無し。
今となっては気が狂ったように叫び続けることしかできないのだから、運命とはとても残酷なものだ。
しかし、時にその執念が奇跡を起こすことも、あるのかもしれない。
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