第32話 今の僕に出来ること(2)
白狼族の五人組が王都に向けて行った後、僕は森の中でサバイバルナイフを右手に持って腰を少し落とし構えている。
このサバイバルナイフは分厚く刃渡りが30cmで剣先が尖っている剣鉈。分厚いショートソードと言ってもいいものだ。
「シュッ シュッ」
剣鉈を持った右腕を仮想の敵目掛けて勢いよく伸ばし斬り裂く。右から左へ、左から右へ、そして右斜め上から振り下ろす。
そして相手の攻撃を避けるように右へ左へと足を動かしながら攻撃を続ける。
「はぁ、はぁ、これはしんどい。たった二日練習するだけじゃ無理だ。相手を威嚇するとかトドメを刺すとかに使うしかないか。せめて素人だとバレないようないとな」
僕は片面が鏡面になっている結界を出し、その前で構えと防御の練習を一時間ほどした。
「うはー、めちゃくちゃ疲れたー。でもある程度は見れるようになった気がするな」
そう言って僕は地面に座り込み、魔法の腕輪からコーラを出してがぶ飲みする。汗が滲み出ている顔や腕に爽やかな風が吹き掛かり、火照った体が少しずつ冷めていく。久々の運動はとても気持ちがいいものだった。
僕は十分ほど休憩して立ち上がる。(ゆっくりしている時間なんて無いんだ)そして目視で十メートルほどの位置にある場所に人に見立てた枝を地面に何ヵ所か突き立てる。
僕は攻撃魔法が使えない。だから攻撃手段を考える必要がある。その一つが魔法の腕輪からの「大岩爆弾」だ。(爆発はしないけどね)
今の魔法の腕輪では十メートル先に取り出すのが最大距離だ。いかに早く正確に当てる事が出来るかがカギになる。
「よし、行け!大岩爆弾!」
十メートル先にある一つの枝目掛けて頭上から大岩を落とした。
「ドスン‥‥‥‥」
バスケットボールほどの大きさの石が地面に突き立てた枝の数メートル手前に落ちた。
「あれ?全然届いてないんだけど‥‥」
僕は今いる場所から歩数を数えながら落とした石と枝に向かって歩いていく。落とした石までは十歩で枝までは十四歩だった。
「人の平均歩幅は七十センチだった筈だ。だから石までが七メートルで枝までが十メートルだな。落とした高さは十メートル以上はあったように思えるんだけどな」
僕はしばらく考える。そして気がついた。
「あーそうか!高さが原因なんだ」
そう、高さ十メートルを基準とすると目線から斜めの距離になる。だからその分直線距離は短くなるんだ。確か直角三角形は三平方の定理だった。
「とすると、高さ十メートルだと直線部分は七メートルだから、丁度石が落ちてる位置で合ってるな。でも高さはもっと高かったような‥‥‥ああ、僕の目線の高さ分が加算されてるんだな。だとしたら僕の身長は172cmだから目線は160cmくらいとして‥‥‥‥高さ十メートルを基準とすると約八メートル先に落とすことが出来るのか」
僕は歩幅を利用して距離を図り直し、八メートルの位置からもう一度「大岩爆弾」を試してみた。
「ボキッ!ドスッ」
二回目の「大岩爆弾」は狙った枝に見事命中した。それも命中した枝は結構固かったのに四つぐらいに折れて散らばっていた。
「これは結構使えるな。ただ距離が意外と近いから自然に使えるようにしないとダメだろうな。あと大きな石や岩が見つからないんだよな。完全に個体で4/5くらい見えてないと魔法の腕輪に収納出来なかったし。落とした石を収納して再利用するには手で触る必要があるから戦闘時は厳しいだろうな」
僕は石を集めることは後回しにして、魔法の腕輪にストックしてあるもので練習を開始した。それは距離を正確に把握すること。剣鉈を振りながらでも自然に素早く取り出すこと。あとゼロ距離(目の前)に落とすことも追加した。
この訓練は距離感を掴む為に四時間ほど使って動きながらでも自然に素早く落とせるようになった。(うん、まずまずだな)
「ふはー、ちょっと休憩だ。お腹も減ったからここで昼御飯にするかな」
僕は鍋を取り出して生活魔法で水を入れ、結界の窯に火をつけて湯を沸かす。お昼ご飯は手軽なカップラーメンだ。市販のおにぎりも買っていたので助かった。(お米もあるけど炊くのは面倒臭いからね)
そして出来上がったカップラーメンをすすり、おにぎりを一口食べてカップラーメンのスープで流し込む。
「美味しいけど何か物足りないな」
僕の頭の中に浮かぶのは、昨日の夜と今日の朝の食事風景だ。イカしたラスカルや常に騒いでるリンドとランド。笑っている顔が可愛いサリーナと何故か僕に懐いているアンナ。
その五人組と食べたご飯はとても幸せで美味しかった。(いつも一人で食べてたのにね)
「さっき別れたばかりなのに寂しいな‥‥」
ここは僕の知らない場所。何が出てくるかも判らない。そんな場所にただ一人居るのだ。そう考えると少し怖くなる。
「さあ、気持ちを切り替えて特訓だ!」
僕は必要以上に大きな声を出して勇気を振り絞る。僕を必要としている人達の為に。そう、引きこもりだった僕が必要とされているのだ。ここで頑張らなければどうする!
「よし、これからが本番だ!」
僕はそう言って気合いを入れ剣鉈を右手に持ち、森の奥へと歩いて行った。
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