Numbers!
槇
藤高バスケ部午前8時15分
正式名称、私立藤丘学園藤弥(とうび)高等学校。通称『藤高(ふじこう)』は、東京都某市に位置する私立藤丘学園の付属高校である。
生徒は中等部からの持ち上がり組と外部からの『輸入』組が大体半数ずつ。学業は中堅、運動部はそこそこ、売りは自由な校風というどこにでもありそうな一般的私立校だ。
その藤高の生徒に、学校の自慢をひとつ尋ねたとする。
すると10人中8人位は、こう答えるだろう。
「バスケ部が強い」と。
なにせ『どこにでもある私立校』である藤高の唯一して最大の看板だ。
特に男子バスケ部は、数ある強豪校の中でも頭ひとつ抜けているといわれる四校に京都の洛成、福岡の香椎第一、秋田の大館北工業と共に名を並べる程の実力を持ち、全国的な人気も高い。
そして勿論、何10人といる部員の中から選ばれる代々の部長は個人としても全国規模で名が売ている名選手ばかり。
現部長もその例外ではない。例外どころか、「1O年に一度の出物」とまで囁かれる程の実力者である。
全国レベルのバリバリの体育会系とくれば、緊張感溢れる、ストイックな集団を想像させるだろう。だが実際のところはどうか。
カメラもない、記者もいない。大人がいない。この状況での素の彼らの生活は、当然、当事者たる彼らしか知らない。
午前8時15分。
8時までの早朝練習を終えた部員達は大急ぎで後片付けを終わらせるとばたばたと部室に戻った。
朝礼まであまり時間がないだけあって、それぞれが身支度に忙しい。大男で埋め尽くされた狭い室内でなんとか自分のスペースを確保しながら、着替えを進める。
「……なんだこれ」
そんな中。遅れて部室に戻った世間的には「10年に一度のナントカ」であるらしい部長、一木荘介は自分の定位置である椅子の上に鎮座する黄色の物体を見つけた。
「どっからどう見てもバナナだな」
一木の疑問に答えたのは、藤高伝統の背番号「7」を背負う、エースの淮崎悟郎だ。
学年一と噂される程の華やかな顔立ちをした悟郎は、見栄えにもそれなりの気を遣っているらしく朝練後の髪型チェックまで抜かりがない。人の倍速で着替えを済ませ、今はもう手についたワックスを拭き取るという最終段階に入っている。
一方一木は未だ練習着のまま。
「……それは見ればわかるよ」
手には大きなバナナの形をしたビーズクッション。
両手で圧を加えながらパイプ椅子に腰を下ろすと、ようやくそこでバスケットシューズの紐を解いた。
「俺が来た時にはもうあったぞそれ。誰の?」
「俺が来た時には無かった。ったく誰だよ。でかい私物持込みやがって」
家が遠い悟郎が部室に到着するのは遅刻ギリギリの時間。
一方の一木は誰よりも早く部室に来て鍵を開ける。つまり容疑者はこの場にいるほぼ全員、ということになるが。
「はいはいはいはい! それ俺の!」
犯人があっさりと名乗りをあげた為、この謎はすんなりと解けた。
「……シムラ」
志村貴志。一応この男子バスケ部の副部長であり、センターでレギュラーを張る一応大黒柱的な存在なのだが。残念なことにシムラの場合は、プラスのステータスに「一応」の二文字がつくことが多い。
「可愛いでしょそれ。昨日駅ビルで半額セールやっててさー」
制服の前ボタンを止めるのも忘れ、褒めてくれと言わんばかりの笑顔で一木の前に座り込みバナナクッションを掴む。
その様子はまさに大型犬と飼い主だ。
言われたらお手でもしそうな勢いである。
「……なんでわざわざ部室に?」
「え? だって俺の部屋にあっても仕方なくない?」
「お前の部屋にあっても仕方ないようなもんを部室に持ち込むな! ただでさえデカイ男ばっかで狭っ苦しいのに!」
「ひ、昼寝用にいいかと思ったんだよ!」
「昼寝ってお前……」
「イチが」
「は……?」
「……イチが使うかなって」
筋金入りの忠犬と、飼い主。
同い年の男同士でその関係も十二分におかしいが、それだけでは片付かないのがこの二人の友情だ。
「……ほんと愛されてんな、イチ」
やりとりを間近で聞いていた悟郎が、呆れ混じりに笑う。
「や、勿論皆使っていいんだよ?!」
「なんでよりによってバナナ? 他にもありそうじゃんタイプが」
「それは可愛いいかなって」
「バナナが? それともそれを使って寝るかもしれない誰かさんが?」
「両方」
「即答かよ。そこは片方否定しろっつの。わざわざツッコミ所作ってやったんだからさ」
シムラの「これ」。異常なまでの一木好きは部内外問わず有名である。はっきりとその線……死守すべき感情の一線を越えている訳ではないらしいが、通常同性相手に使うことはないであろう形容詞を平然と口にする彼がかなりギリギリのところをひた走っていることに間違いはない。
「……そんなことより」
「わあイチ君超ざっくり。でもここ、お前には結構重要なポイントじゃないの。シムラやばいよ」
「そんなの今に始まった事じゃないだろ。もうどうでもいい」
だが二人には中等部からの付き合いがあり、志村という存在にすっかり慣れてしまった一木のリアクションもある意味の手遅れ感がある。
どうでもいいと言われてしまうともう、悟郎に言うべき言葉はなかった。
「シムラ、お前これどうやって持ってきたの」
わかりやくまとめると。頭に「一応」がつく副部長、志村貴志とは
明るくオープンな(局地的な)変態であり、
「え? 普通に手で抱えて」
「普通に……電車で」
「うん」
前向きな馬鹿だ。
前ばかり見すぎて四方のうち三方が全く見えていない。
「……なんか頭痛くなってきた。さっさと着替えよ……」
一木は平手でバナナとシムラの頭を叩くと、こめかみを抑えながら自分のロッカーへと去っていった。
「えっなんで!?」
バナナと共に残されたシムラの背中を、今度は悟郎が、遠慮のない大爆笑をしながら一発、思い切り叩く。
「190近い大男がでかいバナナ抱えて電車乗んなよ! 絵面シュールすぎだろ!」
「あ」
「そんなバスケ部丸出しの風体で馬鹿なことすんなっつの。……いや、俺は面白いからいいけど」
「ご、ごめんねイチっでも一応袋には入れてたから! は、半分くらい出てかもだけど、その、早い時間だから人あんま居なかっ……」
「よせ、シムラ。今何言っても火に油だ」
全国屈指の強豪校、藤高男子バスケ部。厳しい練習に熾烈な競争。強豪校につきものの青春ドラマもそこそこに、彼らの日常はその名前の知名度と派手な実績からは想像も出来ない程穏やかで和やかだ。
「うわ! ちょ、誰だよ犬連れ込んだの!」
「そこクソされてんぞ! 地雷注意地雷注意!」
「踏んだー! 注意報おせえ!」
「「「ちょ、イチ!」」」
「あーうるさいうるさい!」
部長、一木荘介。愛称は、「イチ」
10年に一度のなんたらであるはずの彼も、部室の中ではその威厳もそこそこに、頼れる皆のおにいさん化が進んでいた。
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