第156話 どうします? 母さん。

 意表をつかれたウェアエルズあちら側の先制攻撃。麻夜ちゃんの鑑定の結果によると、過去に捕縛されたと思われる虎人族や猫人族の人たちがかかった罠はなんとマタタビと同じものらしい。

 虎人族の人たちが状態異常におちいったのなら、捕らえられたときの記憶がなくても仕方がないんだろう。その証拠に、ウェアエルズ側の犬人族たちこいつらは、実にあっさりと船に乗り込んできたみたいだから。


 エンズガルドの漁師さんや冒険者さんたちも、犬人族たちと同じようにロザリエールさんの眠りの魔法にかかって寝たままの状態だけど。それは俺が解除していないだけ。状態異常はもう治してあるけど、俺たち3人の都合で寝てもらってる。

 俺とロザリエールさんさんは、アレシヲンに乗って飛び立った麻夜ちゃんからの連絡を待ってる状態。実に静かなものだよ。冬の夜だけあってね。


『ぺこん』


 お、麻夜ちゃんだな。


『おやしきなう』

「『こちら準備おっけー』、送信っと」

『ぽぽぽぽぽぽ』


 通話の呼び出し、はいはいぽちっ。


『タツマくん、聞こえるかな?』

「あ、はい。母さん」


 まじか。ビデオ通話に出たのは、麻夜ちゃんじゃなくプライヴィア母さんだった。反則だろう? 麻夜ちゃんプライヴィア母さんの肩口からこっち見てるし。ピースしてるし。


『麻夜くんから状況説明は受けたよ。この「スマートフォン」という魔導具で証拠映像も残せるんだったよね?』

「はい」

『それならそのまま一度、ジャムリーベルくんのところへ捕虜を連れて行ったのち、すぐに現地へ飛んでくれるかな? 私も彼のところへ麻夜くんと一緒に向かうからね』

「わかりました」

『麻夜くん。ありがとう。……ということだから兄さんまたあとでねー』


 麻夜ちゃん、プライヴィア母さん背中から手を振ってる。


「あ、切れた。……しどいわ」


 ロザリエールさん見たら、苦笑してるし。


「麻夜さんらしいというか」

「なんというか、だね。仕方ない。さっさと準備しますか」

「かしこまりました」


 俺は漁師さん、冒険者さんたちを起こしてから、鹵獲した船と一緒に一度戻ることになった。『個人情報表示謎システム』の時間はまだ21時を回ったあたり。ウェアエルズあちら側も余裕ぶっこいてるだろう。これからが勝負どころという感じなんだろうな。


「面白くなってきましたね」

「うん。久しぶりにストレス解消になりそうだね」


 俺もロザリエールさんもこのあたりはそっくり。こんな状況を楽しめるんだから、お上品ではないわな。


 エンズガルドこちら側の東にある浅瀬に到着。船と捕虜の引き上げ作業が始まった。俺たちはジャムさんのいる作戦室として利用しているギルドの現場事務所へ。


「タツマくん、ご苦労様」

「あ、母さん。お疲れ様です」

「おっつー」

「連絡ありがとう、麻夜ちゃん」

「いえいえー」


 身体の大きなジャムさん、いつになく小さくなってる。いや、緊張してるんだろうね。彼の一番上のお姉さん、ジェフィリオーナさんは来ていないけど、プライヴィア母さんがいるからま、仕方ないか。


「それで、何やら薬のようなものが使われていたという報告だが」


 プライヴィア母さんの口調がやや強め。ジャムさんいるからかもだね。一応、エンズガルドにいるときはトップのひとりだから。


「母さん、マタタビって知ってる?」

「いや、聞いたことはないんだが……?」

「そっか。嗜好品として存在してるわけじゃないんだ、……なんて説明したらいいのかな」


 お酒なんかと同じ扱いかなとは思ったんだけど、そうじゃないっぽいね。マタタビがいいものと思っているあちらの世界じゃ、猫は愛玩動物ペット、虎は猛獣だからな。

 こっちでは俺たちと同じ人だから、そういうわけにもいかないんだろうな。ひとつ間違えたら使っちゃまずい薬みたいなカテゴライズになりそうだし。

 俺は素直に麻夜ちゃんをみた。アレシヲンをもふってる麻夜ちゃんはこっちを見て。


「そだねー。お母さん」

「なんだね?」

「猫さん、虎さんには『お酒よりも強い効果』がある、植物の実からとれる成分、としかここでは言えないんですよん。説明するとかなり面倒だからさ」


 あちこち探して、麻夜ちゃんなら鑑定したらいつか見つかるだろうけど。

「なるほどね。記憶を失うほどの作用なら、そうなのかもしれない」

「だから兄さん。素直にさ、とっ捕まえた犬さんたちをきゅっとしめて吐かせたらどうなの?」

「それが一番早いか」

「なるほど。そうさせてもらおうか。……その前にタツマくん」

「はい」

「すぐにあちら側へ飛んで、証拠の映像を撮ってきてもらえないだろうか?」

「いいですけど、この暗い状況じゃバレますよ?」


 俺は写真を撮って見せる。もちろんこの暗さだと、フラッシュが焚かれてしまうわけだ。


「あぁ、そういうことなんだね。うん。構わないよ。それが争いごとになったとして、こちらには証拠のひとつが手に入ったのだから」


 捕虜のことだ。プライヴィア母さんの口角が上がって、牙がちらり。こわいこわいこわいこわい……。


「それじゃ、俺とロザリエールさんで現地に飛ぶから、麻夜ちゃんは連絡役としてこっちに残ってくれる? それでいいですね?」

「あぁ、構わないよ」


 この場で即開戦というわけじゃないんだろうから。政治的にも色々あるんだろうし。


「有事の際は、私も麻夜くんと現地へ飛ぶからね」


 ジャムさんの尻尾がぶわっと広がってる。ビビってるよね。うん、俺も怖い。


「あははは。母さんはこういう人だったわ」


 知ってるんだよ。たとえウェアエルズ側あいてをぬっころしても、俺がいたらなかったことにできるってさ。ヤバい考えなんだけどね。

 捕虜のみなさん、お大事に。ちーん。


「じゃ、いってきます。麻夜ちゃんあとは頼んだ」

「かしこまりー」


 俺とロザリエールさんはセントレナの背に乗って飛び立った。ロザリエールさんに暗視バフをかけてもらって、うんよく見えるわ。


「これ、便利だねー」

「これがないとその、仕事になりませんでしたので」


 忘れてた。ロザリエールさんって元ガチ系アサシンだったっけ。てことはあれかい? 眠りの魔法のあれの中、このバフで見通せるとか? そしたら位置取りなんかも無敵状態じゃないかい?


『くぅ?』

「お、そろそ――ありはひどい」

「そうで、ございますね……」


 なんとまぁ。明るいというか照明の魔導具かな? 大漁大漁、乱獲まくり。

 大きなオオマスから、小さなものまで。つかみ取りができる状態ほどじゃないけど、網で掬えるくらいの集まり方。

 漁といっていいのかわからないけど、100人以上出て獲りまくってるよね。


『ぺこん』

『兄さん、カメラカメラ』

「お、おう。ちょっと待って」


 フラッシュ焚いてもわかんないわ。数枚撮って、麻夜ちゃんに送信っと。


『ぺこん』

『お母さん、ドン引きしてる』

「まじですかー」

「それはそうですよね」


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