第44話 悪素被害の報告。

 俺の質問に対して、コーベックさんは、何やら後ろ頭をかきながら、恥ずかしそうに答えるんだよ。


「はい。その虎人族さんの……」

「あぁ、紹介が遅れたね。私はここの総支配人で、プライヴィア・ゼダンゾークというものだよ」

「なるほど、あなたがプライヴィア様だったのですね。お館様――いえ、ソウトメ様からお噂は伺っておりました。私は先日まで、黒森人族、族長代理をしておりました。コーベックと申します。プライヴィア様には、私たちの住居を用意していただいたと聞いております。本当に、ありがとうございます」

「いやいや。損得勘定で考えたら、安い投資みたいなものさ。ところで本当のところ、どうなんだろう?」

「はい。おっしゃるとおり、私たちは『それら』を得意としております。ご用命がありましたら、何なりとお申し付けください。ご予算に応じて、何でも対応させていただきますので」

「これはまいった。先手を打たれるとは思わなかったよ。とにかく、よろしくお願いしたいところだね。うちの職員、クメイくんあたりから、話がいくと思うから、頼むね」

「はい、かしこまりました」

「そうそう。あの建物は、好きなように修繕してくれて構わないから」

「ありがとうございます」


 コーベリックさんは一礼すると、ブリギッテさんのところへ。


「うんうん、よい買い物をしたような気分だね。ソウトメ殿」

「そんなものですかね」

「そんなものなんだよ。明日からまた、よろしく頼むね」

「わかりました」

「では私は、失礼させてもらうよ。皆さんよろしくね」


 皆、プライヴィアさんに一礼して見送る。彼女は、受付の左の扉をくぐって、総支配人室へ戻ろうとしてる。挨拶だけしに来たんだろうか? ほんと、読めない人だな。


 でもさっきの話から考えるにだよ? 黒森人族って、『ダークエルフというより、やっぱりドワーフじゃないの?』って思うんだけど。だからって、誰も、髭はないし、筋肉質でずんぐりしてる人もいないし。皆すらっとした、いかにもエルフ的なスタイルなんだけどなぁ……。よくわかんね。


「プライヴィアさん」

「なんだい?」


 彼女は、足を止めて振り返った。


「先日見てきた、黒森人族の集落での報告ってした方がいいですか?」

「あぁ、できるなら聞いておきたいね」

「今、時間大丈夫です?」

「いいよ。聞こうじゃないか」


 俺はプライヴィアさんについて、扉をくぐる。そのまま総支配人室へ。


 プライヴィアさんはどかっとソファーに座る。俺にも座るよう、促してくれる。遠慮無く座ると、彼女から切り出してきた。


「……いや、すっかり忘れていた。これはどうしたものかね?」

「どうしたんですか?」

「クメイくんがあの状態では、お茶が飲めないじゃないか」

「あのですねぇ……」


 俺はインベントリから、冷たく冷えた飲み物を二つ取り出す。


「これで我慢してください」

「これはこれは、便利なものだね」


 これは昨日、黒森人族の皆にも振る舞った果実水なんだよね。お気に入りで持ち歩いてるんだ。


「うん。美味しい。さて、まずは、ありがとう」

「なぜです?」

「黒森人族の皆さんが移住してくれたのはね、この都市にとっても有益なことなんだよ」

「あれって本当だったんですね?」

「あぁ。彼らの技術力は、魔界でも屈指だと噂があるほどなんだ。実際、見てきたんだよね?」

「はい。小さな集落ですが、むき出しの土とはいえ、転圧された道の状態といい。屋敷の壁から何から、風呂に至るまで、木製とは思えないくらいに見事でした」

「そうだろうそうだろう。で、本題に戻ろうか?」

「はい。実際に『手で触れて』、『匂いを嗅いで』、さすがに『味見』はしていませんが――」


 俺は、黒森人族集落に浸食していた、悪素毒の状況。集落の先にあった、木の根から滲む、目で見える状態の悪素について、事細かに説明をしたんだ。こちらへ連れてきた人たちの、親の世代で生存している人がいなかったことも。


 あぁ、失敗したよ。スマホで写真、撮ってくるんだった。いくらバッテリーがいつ切れるかわかんないからって、口で説明するよりは見てもらった方がわかるからね。


「なるほどね。ソウトメ殿でも無理だったわけだ」

「はい。毒素や病気として散らすのと、訳が違うんでしょうね」

「ソウトメ殿ならもしやと思ったんだけど、回復と浄化は別物とみていいのかもしれない」


 俺だって、もしかしてと期待はしてたんだ。けれど、駄目だったからなぁ。手に触れたものだけでも散らすことができたら、また違ったんだろうけど。


「そういえば、『龍人族の聖女様』はどうなんです?」

「あぁ、あの話ね。あの国、アールヘイヴはね」

「はい」

「私の祖国や、このワッターヒルズと違って、他の国や都市へ情報を流さない」

「あらら」

「けれどね、穀物の収穫はここずっと豊作で、アールヘイヴの主な収入源になってるんだよ」

「それはすごいですね。黒森人族の集落は、悪素毒の被害で、収穫がほぼ難しくなっていましたから……」

「龍人族の聖女様はね、ソウトメ殿と同じように、この大陸、いや世界屈指と言っていいだろうね。それほどの、浄化の使い手なのは間違いないんだ」

「浄化ですか」

「そうなんだ。アールヘイヴはね、悪素毒を解決してるという噂なんだよ」

「本当ですか?」

「ただね、根本的なものではなく、アールヘイヴ国内限定とも言われてる。その証拠が、穀物なんだ」

「なるほど」

「とにかくね、私も情報を集めてみるよ。少なくとも、ソウトメ殿がいてくれたから、悪素に対抗できなくとも、人を救うことができているんだ。改めて、ありがとうと言わせてほしい」

「いやはや照れますね……」

「そうそう。黒森人族の姫君と噂される、ロザリエールさんが」

「はい」

「ソウトメ殿の思い人だったのかな?」

「いや、それもその……」

「あははは。これはなんとも、クメイくんも苦労しそうだ」

「勘弁してくださいって」

「彼女がそうだったんだね。『二度死んだ』か……。やって見せたんだろう? 『あれ』を」

「何の話でしょう?」


 二度死んだって、あのことだよな? 一応、とぼけておいた方がよさそうだわ。


「まぁとにかく。明日からまた、治療のほう、よろしく頼んだよ」

「はい。では失礼します」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る