第8話 これはね、検証作業なんだ。

 頭の中で『個人情報表示』と唱える。いつものやつがAR画面のように出てくる。回復属性の部分をタップして、使える呪文を確認しておく。


 デトキシ解毒リカバー回復呪文ミドル・リカバー中級回復呪文ハイ・リカバー上級回復呪文の四つ。俺、浄化魔法取ってなかったんだよな。浄化魔法はどちらかというと、生産系のキャラを育てる際に取るものだったから。さて、どうなることやらだな?


「ソウトメ様。お客様がお見えになっていますが?」


 細くドアを開ける。そこには、受付の青年が立っていた。


「あー、はいはい。男性? 女性? 男性だったら窓から逃げようと思うんだけど?」

「女性ですよ」

「冗談冗談。よかった、俺何か、やらかしたのかと思ったよ」

「うちの宿は、いかがわしいことはお断りしていますからね?」

「何気に冗談きついね」

「冗談のお返しをしただけですよ」


 青年は、笑いながら戻っていく。


「あの、よろしかったんですか?」

「その声、メサージャさんだね? 入って入って、何もないけど」

「その、お邪魔します……」


 制服じゃなく、普段着なんだろうけど。なんだろう? 上下、若草色で、思ったよりも若く見えるんだ。


「じゃ、その椅子に座ってくれる?」

「はい。これでいいですか?」

「うん。あとね、あくまでも『実験台』だと思ってね」

「はい」

「足をひねって筋を痛めたり、擦り傷、切り傷はあるんだけど。悪素毒にかかった人を、治したことはないんだ」

「そうなんですね」

「悪素の噂は耳にしてたけど、ここまで酷いとは思わなかった。でもさ、『治るかもしれないし、そうじゃないかもしれない』みたいな不確定要素の高いものにね、多額の寄付金が必要だなんて噂が立つのは、俺、それはちょっと、おかしいと思うんだ。……かといってね、声を大にして、王家を非難するわけにもいかないからさ。これはね、俺の好奇心を満たすための検証作業なんだ。メサージャさんは、あくまでも俺個人に協力してくれる。それでいいよね?」

「はい。構いません」

「もしさ、治ってしまったとしても、声を大にできないんだ」

「何故ですか?」

『そりゃそうでしょう? 王様に『あんたは無能だ』って言ってるようなものだからね』


 俺は肩をすくめて、声を低くおどけるように答えてみせる。


「治ったら、嬉しいですね」

「頑張ってみるよ」


 よし。悪素『毒』って名前があるくらいだから。これからかな?


「『デトキシ』、……お?」

「あ……」


 まじか。いきなりだけど、少しだけ、黒ずみが減ったような気がする。『デトキシ』を重ねてみるけど、牛歩戦術のようにゆっくりとだけ黒ずみが減っていく。これって、違う呪文を重ねたらどうなるかな?


「『デトキシ』、『リカバー』、もいっちょ『デトキシ』、……お?」


 『デトキシ』を重ねるよりも、気持ち黒ずみが減っているような気がした。


 回数は数えていなかったけれど、気がつけば黒ずみが目で見てわからない程度になっていたんだ。そのあと、気になったことを確認してもらうことにする。


「えっと、悪いけどさ」

「はいっ」

「しーっ」


 俺は人差し指を口元にかざす。


「あ、すみません……」


 見た目でわかるくらいに、悪素毒が消えていくんだ。そりゃ嬉しいだろうけど。


「あのね、足の指も確認してほしいんだけど」

「あ、ちょっとだけ待ってください」


 メサージャさんは俺に背中を向けた。膝を抱えるようにすると、指先を確認してるんだと思う。そりゃそうだよね。前からだったら、スカートの中見えちゃう可能性もあるからね。危険、危ない、用心大事。


 おおよそ小一時間かけて、手足の指先から全ての黒ずみが、消えたことが確認されたんだ。


「これで完治したわけじゃないと思うんだ。再発することも考えられるから」

「はい」


 メサージャさんはものっすごく、ニコニコな状態。


「今晩、お店出るんだよね? お酒を飲んで痛みが出ないか確認してね」


 血行が良くなったら、痛みが出るとかわかりやすいから。


「はい」

「俺が魔法を使えることは、内緒にしておいてほしいんだ」

「はい」

「もし、こんなことができるとか知られちゃったらさ、飼い殺しにされることだってあり得るんだよ……」

「はい、なんとなくわかります」

「そんなことになったら最悪の場合、俺はこの国から逃げなきゃいけない」

「はい、そうですよね……」

「たまたま、目の前にメサージャさんがいただけ。困っていた人を救えるかもしれない可能性があっただけ。でもね」

「はい」

「俺は、責任のある国王でも、神様でもないんだ。だから、この国の人を無制限に助けられるわけじゃない」

「もちろんです、あ」

「どうしたの?」

「私、どうしたらいいですか?」

「何を?」

「どのように、お返ししたらいいかな、と思ってしまったんです」

「あー、それならこれでどう?」


 俺は右手を広げて五本の指を見せる。


「銀貨、いえ、金貨、5枚ですか?」


 ぶるぶると顔を左右に振る。


「いやいやいや。違うよ。『報酬はね、串焼き5本分。銅貨10枚でどうかな?』って意味だよ」

「はい?」


 昨日、お店で支払った金額が、銀貨2枚だったから。指名料入ったって、いいところ銀貨1枚稼げるかどうかだと思うんだ。


「高い? それなら4本分でどう?」

「いえいえ、5本分でも安すぎですよ」

「そうかな? 俺は別に、別にお金が欲しくてやったわけじゃないんだ。あくまでも、検証作業。俺の力がどこまで悪素に対抗できるか? そこに興味があっただけなんだよね」


 一応、肩をすくめて『やれやれ』という感じに、おどけてみせた。


「お金は使ってないし、物も減ってない。多少疲れただけだから、串焼き5本もあれば小腹は満たされる。どう? 間違ってないでしょ?」

「それでよろしければ……」

「いいよ。じゃ、えーっと、銅貨10枚もらえるかな?」

「あの今、細かいのがなくて……」

「だろうと思った。いつでもいいよ。俺がいなかったら受付に預けてもらってもいい。あ、でもね、多かったら受け取らない。お店に返しにいくからね?」

「は、はいっ。そういえば、タツマさん」

「ん?」

「午後からどうされるんですか?」

「あー、えっとね、ギルドだっけ? 少し眠ったらそこにいって、仕事探そうと思ってるんだ。いい仕事あったら、少し腰を落ち着けようかと思ってる。その後は、悪素を調べに出ようかなって。じゃ、明日、結果を楽しみにしてるね」


 少しだけ眠ると言って、帰ってもらうことにした。


「はい。本当に、ありがとうございました」

「いえいえどういたしまして」


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