第7話 怪我を負った国王

デルデロッテは背後のエルデリオンに

「貴方はここに…!」

と叫び、馬を下りようとした。

が、横に並び馬を付けたロットバルトは、デルデロッテの腕を掴み止め

「お前はここに居ろ!

私が行く!」

そう叫ぶなり、返事も聞かず馬を飛ばす。


進軍を止めた中央王国〔オーデ・フォール〕軍から、たったの一騎。

ロットバルトは馬を進め、森と花の王国〔シュテフザイン〕の軍の、ただ中。

馬から落ち、従者に庇われ倒れた国王の元へ馳せる。


が、近づくと、馬から降りて王を囲み、様子を伺う敵兵らはロットバルトを睨めつけ、揃って剣を抜いた。


ロットバルトは馬を止め様馬から降りると、殺気立つ兵らに向けて怒鳴りつける。

「ええい戦は中止だ!

王のご様子は…?!

傷は、深いのか?!」


森と花の王国〔シュテフザイン〕の兵らは、それを聞いて王に振り向く。

庇われた射手は王に駆け寄り、取りすがって呻いてる。

「私等のために…!

貴方のお体ほど、私は尊くないのに…!」


ロットバルトは棒立ちになる若い森と花の王国〔シュテフザイン〕の兵を押し退けると

「いいから傷の具合を見せろ!

俺には医療の心得がある!」

と凄まじい声で叫ぶ。


やっと、道を空けた兵らの間を抜け、ロットバルトは王に駆け寄った。

矢は左胸に刺さり、ロットバルトは血相変えた。

「(死人を出さないはずが…!

同盟国の王を殺したとあらば、エルデリオンはヘタをすれば追放…!

他に王子が居ないから、それはなさらないとは思うが…)」


ぐったりする王の横に、駆け寄って矢が刺さる箇所に数度、軽く手を添える。

途端、ほっ…とし、冷や汗を滴らせた。

「(僅か…急所は外れたか…!

が、重傷には違いない…!)」


顔を上げると、森と花の王国〔シュテフザイン〕の治療騎士が、背後から血相変えて駆けつけようとする姿を目にする。


ロットバルトは取り囲み、王の容態を覗う兵らに怒鳴りつけた。


「聞け!

領地は既に、我が軍が占拠した!

即時降伏し、王の手当を我らにさせてくれ!

決して、死なせはせぬ!

もし王が命を落としたとあらば、中央王国〔オーデ・フォール〕のロットバルト、貴様らに命、預ける事を誓う!

煮るなり斬り殺すなり、好きにするが良い!

これは騎士としての言葉だ!

決して、たがえたりはせぬ!!!」


兵らは敵国の王子、エルデリオンが従者と兵を引き連れ、迫って来るのを見た。

そして揃って判断を仰ぐように、彼らの強面の将軍を見つめる。


だが、王は苦しげな息を吐く。

「いい…から、戦え。

我に構うな…」


それを聞いた途端、将軍は顔を下げた。

そして上げ、周囲に響き渡る大声で怒鳴る。

「降伏する!!!

条件は、直ちに王の手当をする事!」


エルデリオンは馬を止めると、将軍の咆吼に、直ぐ様叫び返す。

「しかと!

受け取った!

ロットバルト!

王を直ぐ領地の城へ!」


ロットバルトは直ぐ近くに迫る味方兵に、声を張り上げ怒鳴る。

「戸板を持て!

王を運ぶ!!!」


怒鳴るその瞳に、馬から降りて駆け込んで来るラステルの姿を見つけると、頷く。

ラステルは王の胸に突き刺さる、矢に手をかけるロットバルトを見、叫ぶ。


「暫し、待て!!!」

叫ぶと、背追った革袋から薬草を取り出し握り、ロットバルトの横へと駆け込む。


ロットバルトが振り向くと、ラステルは短剣と火打ち石までをも、取り出す。


「…もう暫し…!」

そう告げ、ロットバルトの横に屈み込むと、火打ち石で布に火を付け、素早く短剣を炙る。


矢に手をかけ、ロットバルトはじりじりと、ラステルの準備が出来るのを待った。


「よし!」

ラステルの声と共に、ロットバルトは矢を一気に引き抜く。


ずっっっ!!!

「ぐっ!」


吹き出す血に、ラステルは屈んで素早く、熱した短剣を当てた。


「ぅぐぅぅ………!!!」


激痛のはず。

が、王はそれでも短く、呻いただけ。

ラステルは短剣で傷口を押さえたまま、もう片手で薬草を、王の治療騎士に手渡す。


騎士は躊躇ったが、頷くラステルとロットバルトを交互に見、次にその薬草に視線を落とすと、王の口元に薬草を当てた。


気づいた王は、薬草を口に含む。

暫く、口の中でかみ砕くと、飲み込んだ。


ラステルが、短剣を傷口から少し離し、出血の具合を覗ったのと。

王が気絶したように目を閉じたのは、ほぼ同時。


ロットバルトは横に戸板を置く、自国の兵らを見、頷く。


ラステルは戸板に横たわる気絶した王の傷口を、薬草を当て手で塞いだまま、一緒に歩き出す。


戸板が自分の横を通り過ぎて始めて。

エルデリオンは何が起こったのかを、知った。


ロットバルトはエルデリオンの横を通り過ぎ様

「命は、とりとめました」

と囁いた。


エルデリオンが真っ青な顔色になり、デルデロッテが小声で囁く。

「仮にも貴方はこの軍の指揮官。

せめて気丈な様子でいて下さらないと…」

そう、注意を促す。


エルデリオンはそれを聞いた途端、敵の将軍に頷き

「暴れなければ、縄は打たない。

が、城の地下牢に、兵らと共に、入って頂く」

と告げた。


敵射手は王の側に付き従い、数人の従者が、青ざめて目を閉じる、運ばれていく王の後を歩く。


将軍と他の兵らは敵兵らに促され、領地の門を潜ると、横の石牢に導かれ、大人しく従う。


エルデリオンは無言で俯いていた。

デルデロッテも無言でエルデリオンの横顔を見つめる。


森と花の王国〔シュテフザイン〕は、戦わずして王の負傷で捕虜に。

不名誉な事だった。

が、勝者のはずのエルデリオンは、けして喜べない事態。


よりによって同盟国に無体にも攻め入り、国王に重傷を負わせたのだ…。


その事態の重さを噛みしめるような項垂れるエルデリオンを見つめ、デルデロッテも深い、ため息を吐いた。

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