森と花の国の王子

@tennoneiro

偶然の出会い

第1話 森の中の美少女?

 その日、大国オーデ・フォール《中央王国》の王子、エルデリオンは森の中にいた。


高い木々に囲まれ、遙か頭上から、輝く光が降り注ぐ中。

濃いグレーのマントを頭から被る、背の高い従者を連れ、木漏れ日の中、馬を進めていた。


王子エルデリオンの、年の頃は16。

そろそろ年頃だからと。

妃候補の数多あまたの美女と出会ったが、誰もが眼鏡にかなわず、しっくり来なくて。

父王に

『経験のため諸侯を旅すれば、心躍る出会いもあるやもしれぬ』

と勧められ、若年の頃の修行の旅とは違い、今度は花嫁捜しの旅に出た。


エルデリオンのさらりとした、真ん中分けの明るい栗色の髪は。

肩近くで緩いカールがかかり、下に伸びるほど濃い栗毛に色を変え、肩を覆ってる。

色白で端正な顔立ち。

理知的なヘイゼル(緑がかった茶色)の瞳。


宮廷では彼が姿を見せると、年若い少女達は一斉に頬を染めて振り向くほど。

とても姿の美しい貴公子だった。


けれど…。


エルデリオンは自分の花嫁になる事を熱望する、少女達を思い返す。

“誰もが美しく。

もしくは可愛いらしく。

話していると楽しい。


なのに誰一人として、ときめかない…”


エルデリオンは顔を上げる。

うっとりする花の香り。


ここはエルデリオンの住む、オーデ・フォール《中央王国》とは山一つ隔てた北方に位置する隣国、シュテフザイン《森と花の王国》。


起伏の多い大地にそびえ立つ木々と、どこを見ても咲き乱れる花々。

小さく、素朴な国。

エルデリオンはこの国が好きだった。


大陸エルデルシュベインの中央に広がる、東西に延びる平地。

その殆どがエルデリオンの国、大国オーデ・フォール《中央王国》。


煌びやかで華やかなオーデ・フォール《中央王国》とは全く違う、シュテフザイン《森と花の王国》は。

民は素朴で質素。

皆おおらかで心温かく、男達は狩猟をし、女達は花を植える。


森の中に幾筋も差し込む陽の光は、まるで神がシュテフザイン《森と花の王国》の民を、祝福するかのように荘厳に感じられる。


チャリ。

剣の触れ合う音。


興味を引かれ、エルデリオンは音の方へと馬を進める。

木々の間から。

一瞬長い金の髪が輝き、ひるがえるのを見た。


エルデリオンはその金の髪のぬしに興味を引かれ、一目見ようと手綱を取り、馬を急かせる。

従者は隙なく気づき、直ぐ拍車をかけ、あるじの後を追った。

離れないように。

けれど、距離を置いて。


木々が開けた草地で、金の長い髪の主が、華奢な白い手に。

大ぶりな剣を、持て余すかのように持ち上げながら、息を切らしているのが見えた。


エルデリオンは馬を止め、馬上から剣を持つ少年の姿を見つめる。


長い、金の髪が波打つように、陽光にきらきら輝く。

年の頃は十三、四。

小さな顔。

整った、とても綺麗な顔立ち。

そして…なんとも愛らしい口元。


白いシャツにモスグリーンのローブを、茶革のベルトで止め、同色のズボンをはいていた。


少年だと思った。

けれど甘やかで愛らしさすら漂わせる、その美貌はどう見ても少女…!


エルデリオンはその姿を一目見た途端、目を見開き視線で追い続けた。

「(こんな美しい少女は、初めて見た…!)」


大国オーデ・フォール《中央王国》の、美女揃いの侍女達ですら。

彼女のみずみずしい美貌には勝てやしない…!


金の長い髪が。

彼女が首を振る度、流れるように揺れる。


夢中になって彼女の一挙一動を見つめている…と、エルデリオンは突然気づく。

それでも視線を、外せなかった。


大きな、柔らかな輝きを放つ明るい青い瞳。

鼻筋の通った、形の美しい鼻。

頬は上気してピンク。

小さくぷるん…とした唇は…白い肌に、紅を添えたように赤い。


カン!

年上の男が振り下ろす剣を、彼女は自分の剣を両手で握り込んで、弾く。

エルデリオンは感嘆した。


“剣を振り上げる姿は…なんて甘やかな愛らしさを放ってるんだろう…!

どの仕草も…一瞬も、愛らしさをそこなわない…!”


…多分やんちゃな彼女は、男装して。

剣を習っているんだ、と推察出来た。

相手の男は身分が下のよう。

丁寧な口調で、剣を持ち直すよう勧めてる。


彼女は息を切らしながらも剣を両手で握り直し、しばらくは打ち合うものの。

てんで歯がたたないように、落胆して剣を下げた。


「もう、おしまいですか?」

供の男に言われ、彼女は息を切らし、頷く。


「あなたは振りが大きすぎる。

だからすぐ、疲れてしまうんですよ」


男に言われ、彼女はすねたように口を尖らせた。

「だって、剣が重いのだもの」

「あなただって、じき戦に出なければならなくなるから。

もう少し、鍛えないとね」


その言葉を聞いた途端。

エルデリオンの心臓は、ドキンと高鳴った。


「(…少女では ない…?

まさか…やはり、少年なのか?!)」


その時、二人は森の木々を背に。

馬上にいるエルデリオンに、突然気づく。


無邪気に遊んでいる時に、ふいによそ者に気づくように。

得体の知れないものに、ハッとして。


とっさ彼女は、供の男の後ろにほとんど隠れるようにして。

少し怯えたように、エルデリオンを伺った。


エルデリオンは彼女のそんな可愛らしい様子に、苦笑をもらす。

短い吐息を吐き、ゆっくりと馬を降りる。


彼らに歩み寄りながら、マントのフードの両側に白い指をかけ、頭からフードを滑り下ろした。


ゆったりとした仕草。

フードの下のエルデリオンの顔立ちと、その姿は。

気品漂う、非の打ち所のない端正な貴公子。


供の男は安心した様子で、美少女に振り返り

『大丈夫ですよ』

と、安心させるように微笑みかけた。


美少女は、その青年を見つめる。

額の真ん中で分けた明るい栗色の髪は、下に伸びるにつれ濃い色になり、肩に垂れる毛先が緩やかにカールしていて。

顔立ちはとても端正で、気品が溢れてる。

ヘイゼル(くすんだ黄緑色)の瞳は優しげに見えたけれど、瞳の奥には強い意志のようなものが見て取れた。


その物腰のたおやかさから、一目で身分の高い青年であると、供の男は推測する。


エルデリオンは彼女の警戒を解こうと、努めてにこやかに。


そして優しげに、微笑みかけた。

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