Night tale ~よるのおはなし~

佐楽

第1話 踊るうさぎ

ふと屋根の上に目をやると、なにかが旗を振りながら踊っていた。


よくよく目を凝らすとそれは真っ白なうさぎのぬいぐるみのようなもので不規則な動きでひょこひょこと回ったりしながら白い旗を振っている。


あれは何かしら、と姉に聞くも姉には見えなかったようで屋根の上を一瞥して苦笑すると私の頭を撫でて言った。


「何にもいないわよ」


そう言う姉の背後ではまだうさぎはくるくると踊っていた。

食い下がろうとしたが、その時家の中から母の声が聞こえたので姉に手をひかれてその場を後にせざるを得なかった。


夜中にそっとベッドを抜けて、家を出る。

屋根の上ではまだうさぎが旗を振って踊っていた。

ぼんやりと淡く発光しているようで、絵本に出てきた妖精なのかもしれないと思った、



その翌日も相変わらずうさぎは屋根の上にいた。

私はうさぎがいつまでいるのか観察してみることにした。

私はうさぎの様子をメモに描いてみることにした。

「なにそれ?」

近所に住む、私より少し年齢が下の男の子がやってきて私の手元を覗きこみ尋ねた。

「あそこにいるうさぎさんを描いているの。見えない?」

私が指差す方を少年が眺めたが、ぶんぶんと首を横に振った。

「みえなーい。お姉ちゃん嘘つきだねー」

嘘つきといわれムッとする。

「見えないならいいわ。私には見えるもの」

少年は嘘つき、嘘つきと言いながら私の傍を離れていった。



それはうさぎを初めて屋根の上に発見してから一週間後の夜だった。

いつもと同じように私はベッドを抜け出し、うさぎを観察しているとどこからか馬の蹄鉄の音が聞こえた。

辺りを見回せど、こんな時間に走る馬車などそうそういない。

しかし馬車は地を蹴っているのではなかった。


うさぎが旗を振るのを目印にするように、空から馬と、それに牽かれた馬車が降りてくる。

しかもその馬も、馬車に乗った御者も骨だけの姿であった。


骨だけの馬はうさぎのいる屋根の上に着地すると、後ろの馬車から降りてきた御者がうさぎの頭を撫でてそのまま屋根に吸い込まれるようにすっ、と屋根の下に消えていった。



私は慌てて、しかしなるべく密やかに家の中へと戻った。

そして階段を駆け上がり、廊下の端の部屋から微かに明かりが漏れているのを見つけるとそっと近づき細く開いた扉の隙間から中を覗き見た。


「やぁ、ネリー。具合はどうだい?」

骸骨はまるで、気安い客人のようにベッドに横たわる祖母に語りかけた。

「ここ最近で一番よ。昨日まであんなに苦しかったのにねぇ」

病に臥せっているとは思えないほど軽やかに祖母が答える。

相手が骸骨だということすら気にしていないようだ。

「そりゃそうさ。せっかくの旅立ちの日に元気でなくちゃ。さぁ、行こう」

骸骨が手をのばす。

「ええ、よろしくね」

祖母がその手をとる。

ふいに、部屋から明かりが消えた。

そういえばあの明かりは何だったのだろうか。

「さて、行こうか。お嬢さん、もう隠れてなくて大丈夫だよ」



突然呼び掛けられて、びくりと肩を震わせる。

「ははは、そりゃそうだ。でも取って食ったりしないから安心おし」

表情のない骸骨が快活に笑う。


おそるおそるドアを開き、部屋に入ると祖母はまだベッドに横たわっていた。

先ほどまで話していたとは思えないほど深い眠りについているようだった。

「ネリーは、おばあさんは朝になったら声をかけておやり」

骸骨はくるりと踵を返すと、部屋を出ていこうとする。

「ま、待って」

私は骸骨を引き留めようと、手をのばしたがどこを掴んでよいかわからずその手は宙を掻いた。

「ん?なんだい?」

骸骨が不思議そうに振り返る。


「私、あなたともっとお話がしたいわ」


骸骨がきょとん、としたのがなんとなくわかった。

そしてすぐからからと笑い出した。

「それは嬉しいね」

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