第7話 夢の続き
いつかの砂地。
いつかの建物。
いつかの死体。
小さな女の子の姿。
いつも見ている夢は、呆れる程に、何度も何度も繰り返される。
昔、昔、華麗で美しい少女と可愛いらしい男の子がいました。
女の子は、赤い模様のワンピースに身を包み、裸足で立っています。
いつも同じ服を着ている女の子。ワンピースは所処破れており、綺麗な肌が見え隠れしています。少女とは対照的に、男の子の服は何処も破れていません。丈夫な靴を履き、毎日洗濯された綺麗な服を着て、それが当たり前だと思っていた男の子。
男の子は、所々真っ赤なワンピースに身を包んだ女性に聞きました。
「ねぇ、どうして服がそんなボロボロなの?」
男の子の問いに女の子は小さく首を傾げました。
ボロボロの服を着るのが、当たり前だった少女には質問の意味が分かりません。
呆然とした顔で女の子は静かに答えました。
「だってまだ着れるから」
不思議そうに首を傾げる彼女に、男の子もまた首を傾げます。
女の子が赤い模様のワンピースを着ている事が、そんな格好で彼女がどうしてここにいるのか、男の子はとても不思議でした。
「君はここで何をしているの?」
「逃げてるの。人を、切っちゃったから」
干からびた土の上に裸足で立つ少女は言いました。
「切った?」
「うん。ナイフで、切ったの」
少女の顔は今までにないくらいの満面な笑みに包まれて行きます。真っ赤なワンピースは模様ではないことに気付き、男の子の顔はみるみるうちに恐怖に包まれて行きます。
男の子は怖くなって走って逃げてしまいました。
彼女は逃げた男の子の背中に言葉を投げ掛けます。
「またね」
いつもいつも、こんな夢を見る。
たまに見る夢は、俺が子供の頃の記憶の一部。昔あった事を、何故か繰り返し繰り返し夢に映し出される。でも、たまに記憶ではない夢も現れたりする。
「あのとき逃げてごめんな」
誰かに向かって謝ったりしてる夢とか。
あぁ、そういえばあれは…。
『あれはルナだよ?』
お前…?お前だったっけ…?
夢の中の女の子の顔なんて覚えていない。
ただ一つ分かるのは、女の子は、愛情に飢えた
いつかの砂地。
いつかの建物。
いつかの死体。
そんな懐かしい恐怖が、四角い画面から再び目に映ったあの時。
俺は死に物狂いでディスクを持ち出した。
夢で見る風景と、四角い画面に映し出された風景が同じだった。だから今日もこんな夢を見るのかな。
きっとあれは、同じ場所。ただ一つ違うのは、裸足で立っていたルナの場所に、ゆりとあゆみがしゃがんでいた事だけ。
ディスクの中身に映されていたあの場所では、ルナの姿が消えて、ゆりとあゆみがそこにしゃがんでいた。
「んー…」
漏れる声は朝日を拒み続ける。
目を開けるが、一気に入って来た光の強さに、また
まぶし…。
ボーっとした頭で、ふと夢の事を思い出す。
彼女は最後は満面の笑みだった。なのに何故か、とても悲しかった。
ぼんやりと考えて、再びゆっくりと目を開ける。そこに映し出されるのは、我が家の天井。
なんで俺…。
俺なんでここで寝てるんだ?野村さんが運んで来てくれたのかな?野村さんが…。
「………っ」
そうだ。
そうだ、こんなのんびりしてる場合じゃない!
ディスク!昨日ディスクを見つけ出して…。
俺は直ぐに携帯を取り出した。
野村さんにかけようとする。
あれ…。だが携帯の画面を見て手が止まった。携帯に映されてる数字に釘付けになったんだ。
「…………」
映し出されているのは日付。
「うわ、マジで」
昨日であったはずの日にちから、もう3日も過ぎていた。
嘘だろ。俺、3日も爆睡こいてたって事か…?って早く特別機関に連絡入れねぇと。
俺は急いで竜さんに電話をかけた。
「ゆうか」
直ぐにいつもの真面目で堅い声が耳に届いた。
「野村さんすみません‥さっき起きて‥」
「今まで寝てたのか!?」
電話口から耳に響くような大きな声が届いた。
野村さんのそんな声初めて聞いたな‥。
あれかあらずっと寝てたって言ったら驚くのも無理はないけど。
「はい…。家まで運んでくれたの、野村さんですよね。すみません。成川さんは、大丈夫でしたか?」
俺が申し訳なさそうに答える。
「あぁ、成川も病院にも連れてった。まぁ、火傷は大したことないって二人とも帰されたんだけどな。成川ならもう復帰して出勤してる」
「そうですか。よかった。火傷…?あぁ!」
そういえば。屋敷出だ時火傷して…。でも、袖を
あれ。
「治ってる…」
思わず呟くと、その瞬間ルナの顔が頭に浮かんだ。
前に、会議で皆の傷を治して見せたルナ。
「ルナか…?」
野村さんが電話口で低い声を出した。
「多分、傷口が跡形も無く消えてますので」
「あのっ。俺が渡したディスクって!」
俺が少し声を荒げて聞くと、落ち着いた声が耳に届いた。
「まだ見ていない」
「え…」
「お前が見つけ出して来たものだ。俺たちだけで見る訳にも行かないだろう」
野村さんの言葉を聞き、渡したのが彼でよかったと思った。もし渡したのが大野さんだったら、勝手に見て単独行動に走りそうだし。天音さんは…まぁ行動パターンが読めないからなんとも言えない。
「ありがとうございます」
一人で皆の分析を勝手にし、とりあえず野村さんに感謝した。
「いや。今日出て来れるか?」
「はい!」
「わかった。今日皆に集合をかける」
「わかりました」
「まぁ後呼ぶのは成川だけだけどな」
「成川さん?」
「俺今事務所にいるんだが、お前と成川以外は皆来てる」
野村さんは淡々と答えた。
マジかよ。
「俺もすぐに向かいます」
「わかった。じゃあ後でな」
俺の焦る声を聞き、野村さんが苦笑しながら言った。
「はい。失礼します」
電話を切って、俺は急いで着替える準備をした。
家の戸棚からワイシャツを取って素早く着こなした。スーツを羽織って、ネクタイは付けずに部屋を出る。
玄関に向かいながら、首下に窮屈感を覚えワイシャツのボタンを二つ開けた。
こんなだらしない格好で、遅刻もして、警察官の幹部の一員とされるのも、ラッキーな話だよな。
毎日繰り返される作業。少しずつラフになって行く格好。他の事で手がいっぱいで、細かい所なんか気にしていられなかった。
靴を履き玄関を出る。
庭に適当に止めてある車に乗り込んだ。
ブルルン。
ほぼ毎日聞くエンジン音は、唯一思い通りに動いてくれるもので、焦る気持ちにスピードは加速して行く。スピード高めで発進された服従する車。
何時だって"人"は車の邪魔する。そいつらが通り過ぎたのを確認して、俺はアクセルを踏み車を走らせた。
───………
──……
─…
「おはようございます」
事務所に着くと、皆の視線が一気に俺に注がれた。
「おーゆう! ずっと爆睡こいてたんだって!?」
大野さんが、席に
大野さんの姿を見て、天音さんもニコニコしている。
「はい。さっき目覚めました」
俺も笑いながら答えると、コーヒーを飲んでる大野さんの姿が目に映った。
やはり成川さんはまだ来ていないようだ。
「おー成川!」
えっ。成川さん来たし。早くねぇか?いや、今日は俺が遅かったからか。成川さんはいつも一番遅刻して来るから。
成川さんを見ていると
「…………」
彼とバッチリ目が合った。
成川さんは
「…………」
「…………」
やばい。挨拶しそびれた。なんか気不味い空気だ。
「成川さん、おはようございます。大丈夫でしたか?」
俺は、成川に歩みを進めながら早口で言った。
「あぁ。お前も元気そうだな。行くぞ」
微妙な空気の中、成川さんが一言呟いた。
「………?」
成川さんの言葉に俺は呆然と聞き返すと、彼は面倒臭そうに再び口を開いた。
「ここじゃディスク皆で見れねぇだろ」
あぁそっか。あそこの部屋に行くのか。
「あぁ。そうですよね」
一人で納得して、成川さんと共に歩き出す。
他の皆は、
扉を抜けて着いた先は広い部屋。真ん中には大画面のスクリーンが存在する。ここは、事件の死体などを事細かく見るために作られた部屋。普段なら、大画面に死体が映し出される。パソコンからデータを映してやる簡単な操作だ。
画面に映る死体を見て事細かく書き記した書が事件ファイルとしてページを増やして行くのだ。
死体の詳細まで映し出す大画面は、皆で一つのものを見るには十分すぎるほど。今まで一人寂しく死体と向き合っていた事が鮮明に思い出される。まさかここに特別機関の皆で来る日が来ようとは。
立派な業務用の机が何個も放り出されていた。毎回、ここを使うたびに、新しい椅子と机を引っ張り出すせいだろう。散らばる椅子と机の数を見ると、引っ張り出しているのは俺だけじゃないように思えた。
俺は適当な椅子に腰掛けた。皆もそこらへんの椅子に座り込む。だが野村さんだけパソコンを手にしていた。
ディスクに何が印されているのか、俺達はまだ知らずにいた。あいつらが言う真実というのが、どれほどの闇が潜んでいたのかを。その事の大きさに、俺はまだ、覚悟すら、決めていなかった。
大画面に光を宿す。映し出された光景に、辺り一同、言葉を無くすのだった。
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