お題小説:眠る君に秘密の愛を

蝶月 菖女

眠る君に秘密の愛を

(……さて、そろそろ寝ようかな)


読んでいた本から目を離し、大きく伸びをする。と、その瞬間玄関のチャイムが鳴った。

時刻は深夜0時過ぎ。普通なら来客など来ない時間である。そう、普通なら。

しかし、俺にはひとり心当たりがあった。


(……嫌な予感しかしねぇ)


そう思いインターホンの画面を覗くと、案の定、見慣れた茶髪の女が立っていた。


(……よし、寝よう)


無視を決め込み、ベッドに向かおうとしたとき、何度も激しくチャイムの音が鳴り響く。


「……ちょっと!蒼汰居るんでしょ!?分かってるんだからね!早く開けなさいよー!」


チャイムの音に交じってこれまた聞きなれた女の声が響く。すげぇ迷惑。


「開けない限りずっとここに居るんだからー!」


ひたすらに鳴り響くインターホンの音。俺は覚悟を決めてドアを開けた。


「やっと開けてくれたわね。無視しようなんて酷いじゃない?」


むう、とすこし不満げな顔をしながらその女――鈴香にぼやかれる。


「いや、無視するだろ。今何時だと思ってんだよ……」


「え?深夜0時だけど?」


「分かってて来たのかよ!?」


「細かいことは気にしなーい。入るね」


「ちょ、まだ終電あるだろ!?帰れよ……ってうっわ酒臭っ!」


家に入ろうとする彼女を制止しようと肩に手をかけた瞬間、アルコールの匂いが鼻をかすめる。


「そりゃあ飲んできたからねぇ」


悪びれもなく、しれっと鈴香は告げる。どうりでいつもより面倒だと思った。頭を抱えてため息をつく。


「隙ありー!」


と、その間にするっと部屋に入られてしまった。


「あっ」


止めようとした腕が空しく空を切る。俺はまた大きなため息をついて頭を抱えた。


「……で、こんな時間に何の用?」


二人分のインスタントコーヒーを入れながら、当然のように部屋に入り、当然のように俺のベッドでくつろいでいる彼女に問いかける。


「んー何となく?」


「何となくでこんな時間に訪ねて来て、しつこくインターホン鳴らされて、酒の匂いばらまかれるのすげぇ迷惑なんだけど?ていうか近所迷惑。隣人や大家さんに何言われるか……」


コーヒーの入ったマグカップを渡しながら座っている彼女に視線を合わせる。すると、彼女は少し俯き黙り込んでしまった。


「……また、振られたの?」


そう尋ねると、彼女の肩がぴくっと反応する。そして顔を上げたかと思うと、その顔はすでに涙でぐしゃぐしゃだった。彼女は男に振られると何故か俺の元に来る。しかもやけ酒をした後に。


「……だっ……」


「うん?」


「……わ……たし……、彼のために、彼に見合う女になるために、髪形も、お洋服も、全部、彼の好みに合わせたのに、それなのに、君は面白みがないな、って……自分の意思はないのかって……っ」


「うん」


「……それで、他に好きな人が出来たって。そのひとと付き合うって。酷いと思わない……?」


ぼろぼろと涙を流しながら、絞り出すように彼女は呟く。


「……姉ちゃんは愛が重いからなあ……」


頭を撫でながら、小さく呟く。このひとは、ひとたび異性と恋愛関係になると、全力で相手の好みに染まろうとしてしまう。そのせいで相手の方が冷めてしまい、離れていってしまうのだ。いつも大体同じ理由で振られるので、いい加減学んでほしい気もするが。

ちなみに、『姉ちゃん』と呼んでは居るが血のつながりはない。彼女は近所に住んでいた年上の幼馴染で、家族ぐるみの付き合いをしている。それは彼女が就職した後も、俺が大学進学を機に一人暮らしを始めた今も変わらない。


「……まあでも、姉ちゃんの努力も分かろうとしない男なんて別れて正解だったんじゃないの」


何度目かわからない慰めの言葉を言う。彼女は俯いたまま黙っている。


「……それにそのまま付き合っていたとしても、あんたが辛い想いをするだけだし、俺は」


そんな辛そうな姉ちゃんは見たくない、と言おうとした瞬間、彼女の身体がふらっと揺れた。


「姉ちゃん!?」


慌てて彼女の身体を抱きとめ、顔を覗き込む。すると。


「……寝てんのかよ……」


ため息をつき、小さく呟く。彼女は安らかな寝息を立てていた。


「……ほんと勘弁してくれ……」


酔っぱらって深夜に訪ねてきたうえに、泣きわめいて勝手に寝るとはずいぶん勝手なものだ。まあ、いつも通りと言えばいつも通りなのだが。……それを毎回許す俺もだいぶ甘いな、と苦笑する。


「……よっ、と……」


彼女を起こさないように、そっとベッドに寝かせる。


「……う、ん……」


少し身じろぎをしたが、そのまま寝がえりを打つ。どうやら起こさずに済んだようだ。

涙で張り付いた髪の毛をそっと払い、再び彼女の髪を撫でる。


「……姉ちゃんのこと、ずっと想っている男なら、ここに居るんだけどな」


小さな声でそっと呟く。俺のこの想いは今後も伝える気はないのだけれど、愛おしく想う気持ちは止められなかった。


「……おやすみ」


髪を撫でる手を止め、毛布をかける。寝室の電気を消し、毛布をつかんでソファに横たわった。明日はきっと、元の彼女に戻っているだろう。明日の朝食をどうするか考えながら、俺は眠りに落ちた。


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お題小説:眠る君に秘密の愛を 蝶月 菖女 @blackswallowtail615

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