Summer memories

蝶月 菖女

第1話 始まり

「ねぇ、夏休みどこに行く?」


3人の少女たちは今、あれこれと夏休みの計画を立てていた。

最初にそう言ったのは南川 夏希。この3人の中では気が強く、このグループの中の1人、

睦月 流理(むつき るり)とはほぼ毎日のように喧嘩をしている。別に仲が悪いとか、そういう訳ではないのだが、似た者同士ぶつかり合うことが多いのかもしれない。


「そう言われてもねぇ。別に特に行きたいとこがある訳でもないし。静菜(せいな)は?どこか行きたいところある?」


夏希の言葉に続けて答えたのは流理だった。傍らにいる静菜こと水無月 静菜に視線を移しながら尋ねる。静菜は流里と夏希が喧嘩をしたとき、いつも止めに入るなだめ役である。彼女の存在があるからこそ、このグループは上手く回っていると言っても過言ではない。


「んー、今考え中……」


静菜は真面目に考えている風でもなく、のんびりとした口調で答える。


「静菜ってば、絶対真面目に考えてないでしょ……。ていうか、そういうあんたはどうなのさ?私たちにばっかり聞いてないであんたもどこに行きたいか言いなさいよ」


視線を夏希に戻しながら流理が言う。その言葉を聞いて、夏希がキッと流理を睨み、声を荒げる。


「はぁ!?何その言い方!?せっかくみんなで遊びに行くんだから聞いているのに、そんな言い方はないんじゃない!?」


(あぁ、また始まっちゃった……)


静菜は心の中でそう呟くと、頭を抱える。


「だってこういう言い方しかできないんだからしょうがないでしょ?」


流理は悪びれる様子もなく、いつもの口調でそう言い返す。


「開き直るな!!ほんっとにあんたのそう言うところがムカつく!!」


「はぁ……いつもいつもギャーギャーとうるっさいなー……。いい加減にしてくんない?」


「なんですってー!?元はと言えばあんたのせいでしょうが!!」


「なんで私のせいなのよ?」


「どう考えたってそうでしょ!?何なのそのふてぶてしい態度!?」


売り言葉に買い言葉で、どんどんヒートアップしていく2人の言い合いは収まる気配がない。静菜はやれやれと思いながら2人を宥めようと口を開く。


「二人ともー、もうやめなよー。ねっ?」


いつもの口調で2人の間に割って入る。と、一瞬、夏希と流理は動きを止めた。


(良かった、やめた)


胸を撫で下ろし、静菜が安心したのも束の間。しばらくしてまた2人は言い合いを再開した。とっととどちらかが折れればいいのに、と思うだろうが、夏希も流理も負けず嫌いなので相手に謝るなどということは絶対にしない。宥め役の静菜が居ないと、1日中延々と喧嘩を続けているだろう。その上、一回『やめなよ』と言うだけでは収まらないので、2,3回注意をしないといけない。非常に面倒な二人である。


「……ふたりとも!!もうやめな!!」


ぴしゃりと静菜が怒鳴る。すると2人はやっと言い合いをやめた。


「……ごめん……」


我に返った夏希が心底申し訳なさそうに言う。静菜はそんな夏希を横目で見てため息をつき流理の方に向き直った。


「流理も。そんな言い方しちゃ駄目だよ」


小さな子供に言い聞かせるように言う。


「……わかったわよ……」


静菜に言われて、心なしかしゅんとした表情の流理は夏希の方へ向き直る。


「ごめんね、夏希」


「もういいよ。私もちょっと言いすぎちゃったし……」


「よし。二人ともえらい。……もう喧嘩しないでね?」


2人を見ながら静菜が言う。


「それは絶対無理だね」


2人の声が仲良く重なる。こういうときだけ気の合う二人だ。


「……だよねぇ……ははは……」


静菜は乾いた笑いを浮かべる。


「そうそう。そんなことより本題に戻ろっか」


夏希が何事もなかったかのように言った。


「あぁ、夏希と喧嘩していたらすっかり忘れてたわ」


そう言った流理を無視して、夏希は話を再開する。


「さて、どこに行く?」


しばらく沈黙の時間が流れる。10分ほど経っただろうか。不意に静菜が沈黙を破った。


「……特に行きたいって訳じゃないんだけど、ひとつだけ心当たりがあるんだ」


「そうなの?どこ?」


夏希が聞いた。


「んーとね、Y県のN湖なんだけど……3年くらい前、かな。家族でそこに行ったんだけど、すっごく綺麗なところだったから、また行こうねって言ってたんだ」


その時のことを思い出しているのか、静菜の顔は心なしか嬉しそうだ。


「へぇ。ていうか静菜、あんた『特に行きたい訳じゃない』って言っておきながら結局そこに行きたいんじゃない」


もっと早く言いなさいよ、と流理が続ける。


「だーかーらー、そういう言い方すんなって言っているでしょーがっ!!」


「……ねー、結局そこにするの?」


静菜が呆れた様子で言った。


「んー……、じゃあそこにすっか!!決まり!!」


かくして、Y県のN湖に行くことが決まったのだった。

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Summer memories 蝶月 菖女 @blackswallowtail615

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