夏が僕らを置いてった
℘ほたる
1話
真っ白なキャンパスに青色をぶちまけた
アクリル絵の具のツンとした匂いが鼻を刺激する
「うん、いい感じ」
目の前にあるキャンパスに描かれているのは夏の空に合いそうな薄い水色と濃い青の空。いい感じのグラデーションになっていて一言で言うなら快晴。我ながら良い色相いだと思う。
よし、この青色が乾いたら次は白を塗って迫力満点の大きな入道雲を登場させよう。夏といったらやっぱり入道雲だもの
そうしたら風鈴とか向日葵、海月や鯨など、彼岸花とか紫陽花でも良いな何かを描いて。空に浮かばせて空の絵なのに海のような不思議で迫力のある絵を描きたい。
あぁ、考えれば考えるほどアイディアが浮かぶ。これだから絵は止められない
「やっぱり絵って素敵…!」
僕はキャンパスに向かって鉛筆を走らせた
「蒼井、そろそろ終わりにしろよ」
夢中になって絵を描いていたらいつの間にか終わりの時間になったそうで。
美術部の顧問の先生であり僕の担任の先生でもある入江真琴の声が後ろから聞こえた。絵を描いていたのだろうか。着ているシャツは色に染まり先生とは思えないくらいだらしが無い格好をしている
「先生、おはようございます」
「おはよ。おっ中々良い色合いだな。ここの鯨のアイディアスケッチも綺麗じゃないか」
先生は少し偉そうに腕を組みながらキャンパスに向かってそう言った。
「僕もお気に入りなんです」
「おっ、今日は良い空だな。流石夏の朝だ」
先生は窓の縁に腰をかけて空を見上げる。そしてさりげなく話を逸らした。先生はいつもこうだ。自分から話の話題を振ったくせに人の話を最後まで聞かない自分勝手で自由な人間
だから周りからウザがられるんだ。
「妖怪自分勝手ジジイ」
「なんとでも言え」
少しくらい僕の話をちゃんと聞いてくれたって良いじゃないか。
どうせ美術部の部員は僕とあと一人しか居ないんだから。
僕は少しだけ口を尖らせ、絵の全体図を見る為に座っていた椅子から立ち上がった。
立ち上がってみると思い浮かぶ。この広い空に浮かぶ鯨や魚などの動物から紫陽花のような花々の活き活きとしている姿が。
やっぱりこの絵は素敵な絵になりそう。
「そう言えば今日転校生が来るらしいな」
絵を眺めていると、先生が突然そんな事を言い出した。椅子の縁にに行儀悪く座り、昨日の夜ご飯を思い出したかのような感じで。さらりと言ったのだ
「えっ?そうなんですか?」
「あぁ、何やら都会から来たとかなんとか」
「都会から!どんな子なんだろうなぁ…」
女の子かな。男の子かな。何色が好きなんだろう。なんでここに来たんだろう。期待とわくわくした気持ちが胸の中で満ち溢れるのが分かる。
ここは都会でも田舎でもない。まぁ都会と田舎を足して二で割った感じの中都市だ。
だから都会と言うキラキラとしたかっこいい言葉を聞くだけでも気持ちが高まりわくわくしてしまう。
もちろん転校生さんにも興味はあるけど
「まぁ、そゆことで俺はホームルームの準備してくるから、美術室は頼むな」
「…っあ!」
先生は静かに美術室を抜け出し手を振りながら階段を登って行った。
「また勝手に…」
先生の自己中は半端じゃない。
自分勝手で空気を読まない、怒られてもヘラヘラしていて、自分の主張が強め。だから先生の事を気に入っている人はごく僅かな人だけ。多分この学校の先生、生徒からも嫌われている。それくらい自己中で自由な人なのだ
「じゃあ片付けしちゃおうかな」
僕は使っていた筆とバケツ、パレットなどを両手に水道へ歩き始める。バケツの中に浮いていた長年使っている筆が青色になっているのを見て、そう言えば今年はまだ青色の色を使っていなかったなとかこの筆もうそろそろ変えようかなとか。そう考えたりするこの時間が僕は好きだ
少しだけ乱暴に筆を投げて、パレットは水に漬ける。その間に水で適当とバケツを洗い絵の具で染まった雑巾で丁寧に拭いた
拭き終わったら漬けておいたパレットと筆をたわしでゴシゴシと洗う。透明な水が手の間をすり抜けていく。川の水が混じっているからか少しだけ冷たい。
物は大切に。冷たくても、痛くても物は大切に扱う。めんどくさがり屋な癖に口酸っぱく言ってくる先生の言葉だ。
「よし、こんなもんでいいかな」
まだ多少の汚れもあるけど、まぁそれもそれで雰囲気になるし良いでしょ。入江先生のエプロンよりずっとましだし
そんな事を考えている時だった
突然、今年はまだ出していない風鈴の音が美術室に響く
僕は音色につられて思わず後ろを振り向いた
「これ…君の絵?」
のキャンパスのすぐ横に居たのは見たことのない、知らない男の子
その子の長くてサラサラな髪の毛が揺れた
「そう、だけど…」
僕の着ている制服とは違う。青色でシワだらけのシャツ
少しだけダボッとしているズボン
長袖の隙間からチラチラ見える白い肌
うん、間違いない。この子は知らない子だ
そう思った矢先に
急にその子はズカズカと僕に向かって歩いてくる。体幹数ミリ。あともう少し近づいたらキスしてしまうくらいまで僕らは近づいた
「君、凄いね!」
「あんなに綺麗な絵を見たの初めて!」
「あ、うん…」
「ねぇどうやってやったの?教えてよ!」
「いや…あぇ」
肩を掴まれ、酔うじゃないかと思うほど体を揺さぶられる。突然の事に驚きながら、揺さぶられる衝撃により目がぐわんぐわんと回る。強すぎる衝撃、突然尋ねられる質問に僕は変な言葉で返すのが精一杯だった
「あ…ごめん。興奮しすぎちゃった」
「い、いや…大丈夫」
「本当に?水とか飴持ってるけど、いる?」
「ありがと、遠慮しておくよ」
うぅ…まだクラクラする。どんだけ強い力で揺さぶったの、この人
それに、なんで飴なんか持ってるの。ここは学校なのに
「そういや君は?」
「C組の蒼井、です」
「へ~あおいね、あっ俺の名前は」
ほら、と言いながら名札を見せる彼。その名札には第二学年東堂色葉と書いてある。この人僕と同じ学年説。いや、絶対にそうだ。胸に付いている名札が確定演出だもん
「あおいで呼んでもいい?」
「どうぞご勝手に、東堂くん」
「ちょ待って、色葉って読んでよ」
「じゃあ…色葉くん」
「んもう、色葉で呼んでよー」
いや、だってなんか恥ずかしいし
初対面の人にいきなり呼び捨てって失礼だと思うし
「ってやべ、そろそろ行かないと」
「それじゃあまたね!あおい!」ーーーー
「えっ…ちょっと!」
彼は美術室を速攻で抜け出して走り出していく。まるで台風のような人だった。
「何だったの…あの人」
さっきまでうるさかった美術室が急にしんと静かになって、背中に寒気が走るのを感じた
チリーンと風鈴の音がまた聞こえる
それと重なってホームルーム開始の合図を知らせるチャイムの音が聞こえた
「えっ、やっば!早くしないと!」
僕は急いで美術室を飛び出した
夏が僕らを置いてった ℘ほたる @azumaya110206
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