18. 東国方面へ出発

 翌日。俺たちは十一層を探検した。十一層は魚とクラゲが出る魚介類ゾーンだった。

 クラゲは空中に浮いており氷魔法で触手を凍らせて斬りつけると簡単に倒せた。魚も同じように空中に浮いていて、尻尾攻撃がやや強力だったがすんなり倒せた。


「絶好調ウサ」

「もう地上にはあたしたちの怖い物なんてきっとないにゃ」

「ソティちゃん、そんな簡単にはいかないと思いますよ」


 新装備は思った以上に俺たちの体になじんだ。これなら大丈夫だろう。

 あまり資金はないが、いつまでも王宮にお世話になりっぱなしというのも悪い。


「そろそろ次の目的地に行こうかと思うんだ」

「東側の人族の国ですね」

「ああ、今日で問題なければ進もう」


 午後にはいつものように王宮に戻る。王様と話をすることになった。また謁見室だ。

 今日は王様が真ん中に座り隣に王妃様がいる。王妃様はアリスとそっくりで背も低くぺたんこなのも同じだ。

 アリスは俺たちと一緒に、王様たちの対面に並んでいる。


「話してあるようにアリスも一緒に行くウサ」

「いいでしょう。しかし条件があります」


 この国の東隣りにはデコア王国がある。デコア王国は六十年前にこの国、セルフィール王国へ攻め込んできて戦争になった。今も両国間には正式な国交がない。

 セルフィール王国の北側は海になっていて、デコア王国を回避してさらに東のアンダルシア帝国まで船でも行くことができる。しかしこの船旅はたまに嵐に会い遭難をする難所だった。

 デコア王国とセルフィール王国の国境には大河が流れていて非公式ながら船で短時間で渡ることができる。

 王妃様はデコア王国経由で行く安全な道を行ってほしいという。


「しかしデコア王国経由は大変な困難が待っているでしょう。それでもあきらめないなら行ってらっしゃい。無理なら戻ってくればいいわ」

「お母様、分かりましたウサ。行ってくるウサ」


 国境警備隊にいるエルリル第二王女とデコア国王、そしてアンダルシア帝国皇帝への親書を渡された。どれも会えなければ渡さなくていいという。

 親書はアリスが収納にしまった。


「王妃がうるさくてな。少ないが金貨と魔力結晶も持っていくといい」


 王様が金貨五枚と魔力結晶をくれた。デコア王国とは貨幣が違うので、魔力結晶を持っていって売ってくれば現地の貨幣に交換できる。大中小の結晶を数個ずつ貰った。


 準備をして明日の朝に馬車で出発になった。アリスの護衛であるギーナさんがまた馬車で乗せて行ってくれる。



 翌朝。とくに見送りなどはなく馬車は出発した。今度は商品として小麦などを満載しているらしい。木箱に入っているから他はよくわからない。

 俺は御者台でギーナさんに馬車の運転を指導してもらう。

 国境までは送ってくれるがその先は俺たちだけだ。自分で馬車の運転をすることもあるかもしれない。


 アリスが荷台から顔を出してポコジャーキーを差し入れしてくれる。


「ありがとうアリス。でも大事に食べなよ。この先補給できないかもしれない」

「なに。ポコのじゃなくても何かきっとあるウサ」


 四日後、国境の町に到着した。この町は貿易と国境警備隊を中心に構成されているそうだ。

 俺は異世界に来てから初めて人族を見た。


「人族の殆どはこの町まで来て商品を売るとデコア側に帰っていきます」


 ギーナさんが解説してくれる。俺たちは警備隊の本部に真っすぐ向かう。


「アリスとそのお友達、ようこそ警備隊へ。私がエルリルですわ」


 アリスと同じ赤と白の似非制服を着ている。背格好もアリスと同じ一四〇センチで王妃さまと合わせて三姉妹みたいに見える。アリスが親書を渡すと、エルリルはその場で開いて読んだ。


「了解しましたわ。アリスは川向こうへ行きたいのですね」

「はいウサ。お姉様」

「よく聞いて。デコアには獣人たちは普通は入国できないの。でも例外で人族の奴隷になれば入国できるわ」

「そんな。私は王女なのに奴隷なんてウサ!」

「王女でも例外は認められないわ。お父様もお母様も承知よ」

「ちょっと考えさせてくださいウサ」

「奴隷商の所で詳しい話を聞いて、それで決めればいいわ」

「分かりましたウサ」


 俺たちは警備隊を後にして、ついてきた警備隊の人に奴隷商の所へ案内してもらう。

 ギーナさんは奴隷商店の外で待機している。

 奴隷商店はあまり広くない木造の建物だった。奴隷商が一人で管理しているらしい。でっぷりした五十歳ぐらいの人族だった。


「粒ぞろいの可愛い子達ですね。それなりのお値段になりますよ」

「俺は売りに来たんじゃないんだが」


 奴隷商にデコアに連れて行きたいことを伝える。


「でしたら、ホクト様の奴隷にすればいいのです」

「俺のですか?」

「そうです」


 奴隷商は奴隷の説明をしてくれた。一般奴隷と忠誠奴隷がある。

 奴隷は命令には絶対服従である。隷属の首輪の魔法により命令違反をすると痛みなどのペナルティを受ける。

 一般奴隷は黒い首輪をしており、強制的に奴隷にされる。主人が死亡しても次の主人により継承される。

 忠誠奴隷は赤い首輪で、主人に忠誠を誓ったものだけが契約魔法でなれる。契約時に命令に主従が同意した制約を設けることができる。また主人が死ぬと一緒に死亡する。主人を変更することはできない。


「忠誠奴隷のほうが主人に大切にされている事が分かっているため、デコアでもひどい扱いは受けないでしょう。奴隷をいじめたら主人に復讐されてしまいますから」

「なるほど」

「一般奴隷には誰でもなれます。忠誠奴隷は魔法で認められる必要があるので、必ずなれるとは限りません」


「分かりました。私はホクトの忠誠奴隷になります」

「私もなるにゃ」

「私もホクトの忠誠奴隷になるウサ」


「ホクト様、忠誠奴隷のほうが首輪代と手数料が高いですが構いませんかな」

「あ、ああ。お願いします」

「では一人ずつ契約の儀式をお願いします」


 後ろで三人並んでいた中からアリスが一歩前に出る。


わらわからお願いしますウサ」

「それでは、まずそのローブを脱いでください。奴隷は服装や顔それと特に首輪を隠すことは禁止されているのです」


 アリスがローブを脱いで魔法で収納する。奴隷商が目を見開いて驚いたがすぐに顔を元に戻す。


「これはこれは王家の方のようですが、よろしいですかな。デコアだけでなくセルフィールでも奴隷からは戻れないですぞ」

「よい。もう決心はついたウサ。奴隷になってやるウサ」


 奴隷商は赤い銀色の金属製の首輪を持ってきた。この首輪を無理に外すと死んでしまうそうだ。

 俺は料金である金貨三枚を先払いする。

 俺はアリスと制約について確認する。


「何もなしでよいウサ。しかし優しくしてほしい。これはお願いウサ」


 儀式にのっとり俺はアリスに首輪を着ける。隙間がなく鍵もない。真ん中に鎖を着けるためのリングが付いている。その左右には小さな魔力結晶が装着されている。


「では、奴隷の正式な挨拶の口づけをお願いします」


 アリスは目をつぶって俺のほうに上向きで顔を向けた。アリスの顔がはっきりと赤くなっていた。


「すみません違います。主人の靴の足の甲にお願いします」


 アリスは一度目を開けて気まずそうにする。


「始めては普通にしたいウサ。ホクト、キスしてくださいウサ」


 アリスは再び俺の方を向いて目をつぶる。

 俺と唇を合わせるだけのキスをする。二十秒ほどキスを堪能する。


「ありがとうウサ」


 アリスは今度は俺の前に両手を地面につけて足にキスをした。

 キスをした瞬間にアリスがうめいた。先に奴隷商が説明していたが、奴隷契約の魔法は契約時に苦痛を与え対象者を試す術式が含まれているそうだ。


 アリスが立ちあがった。無事に契約を終えたようだ。


 ピーテとソティも制約について何も無しで良いと主張した。二人ともやはり先に口にキスしてきた。そして無事に契約を済ませた。


 俺は契約を済ますとトイレを借りた。戻ってくるなり三人が順番に言う。


「ご主人様よろしくお願いします」

「ご主人様よろしくにゃ」

「ご主人様これからもよろしくなのウサ」


 俺の呼称がご主人様になっていた。どうやら奴隷商の入れ知恵のようだ。


「ご主人様はやめてくれ。今まで通りでいいよ」


 俺は奴隷商を一瞥してから店を出た。

 三人とも奴隷になったのに妙にうれしそうだった。俺はなぜうれしいのか全然わからないので悩んだが聞いてみた。


「忠誠奴隷は、けっ、結婚と同じような物だとっ、奴隷商に言われましたっ」


 ピーテがテンパり気味に言ってくる。

 確かに一生面倒見るって契約だ。俺、これだと日本に帰るの無理かもしれないな。じゃあなんで旅してるんだろう。

 なんか本末転倒というかよくわからない事態になっている。

 ピーテは顔を赤くして恥ずかしがっている。


「恥ずかしいなら言わなきゃいいのに」

「奴隷とは主人の質問にしっかり答えるべきなのです」


 忠誠心が高いのが良く分かった。いつの間にこんなに俺は好感度上げていたのだろうか。

 この日はこのまま国境の町で泊まることになった。俺は一人、ピーテとソティが二人部屋、ギーナとアリスで二人部屋だ。

 俺はなんだか、気持ちとか決意とかが追い付かないまま、複雑な気持ちで眠った。

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