15. きな臭い話

 皆で東国へ行くことに決めた次の三日間は特別なこともなく、平和に迷宮探索をし魔法の練習をして、ご飯を食べて過ごしていた。

 ちょっとだけアリスの俺へ対する態度が前より柔らかくなったと感じる程度だ。


 異変があったのは、さらに次の日だ。


 普通に迷宮へ入って暫くしてからピーテがひそひそ声で言った。


「今日は何かつけられてますね。人数はそこそこです」

「とりあえず、このまま進もう」


 俺たちは気が付いていないふりをして、二回角をまがって様子を見る。


「次の角を曲がったら待伏せしよう」


 俺たちは角をまがって武器を準備する。

 そこへ、なに食わぬ顔でボロイ金属製の鎧を着た五人の男たちが角を曲がってきて、俺たちと対峙する。賊はすでに武器を抜いていた。全員がショートソードと大盾を装備している。盾だけが金ピカで高そうだ。全員猫耳だが、黒い仮面を着けていて顔は分からない。


「おっと。俺たちはたまたま後ろを歩いていただけの冒険者でさあ。通してくれませんかね」

「ずっとあとをつけてきただろ。分かってる」

「それなら、お姫様をこっちに渡してもらおうか。素直に引き渡してくれたら手は出さねえ」


 五対四でこちらが不利かもしれない。俺が最強だったら一人で狂ったように戦うだけで勝てるかもしれないが、そうではない。

 徐々に近づいてきて威圧してくる。俺はとりあえず従うふりをすることにした。


「分かった。言うとおりするから全員殺さないでくれ」


 アリスが息を飲むのが見えた。


「よし。そのまま、俺たちが言うとおりに、俺たちの前を進んで貰う」

「ホクトたちに何かしたら、全員雷で丸焦げになってもらうウサ」


 賊に命令されてアリスが反発する。


「なに、従ってる間は何もしないさ」


 右や左に誘導されて進んでいく。この辺は入り口からほど近いので、敵はほとんど出ない。しかし一度レタスが出て、俺たちが戦わされた。

 そのまま出口から何食わぬ顔で出て、門番の前を通過する。真後ろを取られているので、声を上げたりするとすぐばれる。しかし珍しく門番が声を掛けてきた。


「ちょっといいかな」

「なんだ?」


 賊が聞き返す。俺たちは立ち止まって様子を見る。


「アリス姫様。握手してください。お願いします」


 兵士は笑顔で手を伸ばしてくる。アリスは賊の様子を見ながら、ひきつった笑顔で握手に答える。


「警備、頑張ってくださいウサ」

「姫様。ありがとうございます」


 俺が目線と表情で困っている顔を兵士に向ける。しかし兵士は眼中にないようで、デレっとした顔をしている。


 そのままギルド前を通過する。周りの人はこちらをチラチラ見てくる人が多い。アリスが原因だ。ローブを被っていないので、赤と白の似非制服が目立ちまくる。

 賊たちはダウンタウンの細い道の方へ行こうとする。

 そして細い路地のほうへ曲がろうとした所、路地から兎人族の冒険者が三名でてきて俺たちを通してくれない。


「通らせろよ」


 賊の隊長らしい一人が吠えるが、冒険者はどかないで無視して突っ立っている。

 気が付いた時には、後ろ側にも冒険者風の兎人族が六人周りを囲んでいる。


 賊の隊長は「くそっ」と一言つぶやいた。戦う気はないらしく、剣を地面に置いて降参するようだ。

 兎人族がその剣を拾うとした所、バン! っと大きな音がして煙玉が投げられた。


「煙の外に賊を逃がすな」


 兎人族がメンバーに命令する。怒号や剣が当たる音が響く。


「ウィンド!」


 アリスの声がして風が吹き、煙を吹き飛ばしていく。

 すぐに兎人族が猫人族の賊の剣をはじいて次々に捕まえていく。俺も最後まで煙の中にいた賊の一人の剣を弾き飛ばして剣を突きつける。あっという間の捕り物だった。


「俺たちを生かして迷宮から出たのが失敗だったな」

「ちくしょう」


 捕り物を終えると、兎人族の隊長以下がアリスの前にひざまずく。


「全員捕らえ終えました。いかがいたしましょう」

「助かったウサ。処遇はまかせるウサ」

「はっ」


 アリスはローブを被るとまた迷宮の方へ戻ろうとする。ちょっと待ってくれよ。


「この後どうする?」

「どうって、迷宮へ行ってやり直しじゃウサ」

「今日は何か疲れた。もう休みにしようか」

「ホクトは軟弱ウサ」

「まあね」


 しかしギルド前方面を見た所、なにやら人々がひそひそ話しながらこっちを注目している。


「う、やっぱり今日は休みにするウサ」


 アリスは進行方向を王宮方面へ変える。さすがのアリスも注目の的の中、突き進むのは苦手なようだ。


 しかし賊とはいえ人を斬りそうになった。魔物は平気で斬ったり叩いたりしていたが、会話が通じる相手を殺すのにはまだ抵抗がある。

 アリスも賊を迷宮内で魔法の餌食にしなかったことについて、殺してしまうかもしれない。あと盾が何か嫌な感じがした。と言っていた。

 後から確認したところ実際にあの盾は魔法抵抗力がある高価な装備だったそうだ。

 アリスはいままでも騎士団と一緒の時に何度か迷宮内で盗賊と遭遇したという。それらは騎士に斬り捨てられて殺されたようだ。

 姫様を襲った賊は、自供をさせられた後に反逆罪で処刑されるだろう。


 これからの警護について確認したらアリスが警護をつけて歩くのに反対のようだ。


「いままでも、これからも危険度は同じウサ。陰から守るだけでいいウサ」


 アリスの護衛のギーナさんは反対したがアリスは頑固で、結局ギーナさんが折れた。

 ただし迷宮の出入りの確認は前より厳しくするようだ。特に仮面、ヘルムで顔を隠したまま通るのは許されなくなる。顔隠すのがダメならアリスは毎回ばれることになるが、それはしょうがないということになった。


 これからも賊と会った場合にどうするか考えないといけない。


「なるべくなら殺したくはないウサ。殺すのが普通になって自分が殺人鬼みたいになるのが怖いウサ。でも誰かに仲間をやられそうになったら容赦しないウサ」


 俺も同感である。ただ今回ちょっと目立ったので他の盗賊に対する警告になったのならいい。


 ついでの情報として迷宮の門番は、上司にこってり絞られたらしい。



 この日は結局暇になったので、この前の油の残りを使って揚げパンを作ってみた。こちらでは高価な調味料の一つである砂糖をたっぷり振りかけてやった。


「甘くて美味しいにゃ」

「サクフワで美味しいです」

「うん、美味じゃウサ」


 皆に好評で何よりだ。

 以前カニパスタが出てきたので、ついでにパスタ揚げも作ってみた。こちらは塩味である。固いパスタを油で揚げるだけだ。


「ホクトさんは天才です」

「パスタがカリカリに変身にゃ」

「こんな風になるのねウサ」


 甘いのとしょっぱいのを交互に食べてみんな満足のようだ。

 俺は一本のパスタ揚げをアリスに食べさせてみる。


「はい、あーん」


 アリスはちょっとずつ高速に食べると、俺の手まで食べられそうになった。ぎりぎりで手を放して事なきを得る。


「アリスさんだけずるいです。私にもください」


 俺は次にピーテにも食べさせる。ピーテも高速で食べた。


「あたしだけくれないなんていやですにゃ」


 ソティも同じように食べる。


「もう一回くださいウサ」


 アリスが二回目を催促する。結局、全員に催促されて三周した。

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