第3話「愚かな侯爵令息」




「このときヴェルナー侯爵令息は格安のお店だと思い味をしめたのか、その後も何度も当店を利用されましたよね?

 ときにはお友達とご一緒に、ときにはお嬢様以外の女性とご一緒に」


支配人が僕を見る目が冷たい。


「お嬢様という婚約者がおりながらお嬢様以外の女性を伴って、エアハルト伯爵家が経営する店に訪れる……ヴェルナー侯爵令息はどのような神経をしているのかと従業員一同、貴方様の人間性を疑いましたよ」


支配人はここぞとばかりに僕に嫌味を言った。


くそっ……! ここは格安の店ではなかったのか。


「二、三人に飲み食いして『ここは僕の奢りだ!』と言ってヴェルナー侯爵令息がお支払いになるのはいつも銀貨二、三枚。

 ブルーナお嬢様はヴェルナー侯爵令息に恥をかかせないために、ヴェルナー侯爵令息のお友達がお召し上がりになられた分の代金も、後日支払ってくださいました。

 貴方様はいつもブルーナお嬢様のお金で飲み食いしていたのですよ」


「そんなことになっていたとは……」


「ですがヴェルナー侯爵令息は、もうお嬢様の婚約者ではございません。

 これからはお嬢様がヴェルナー侯爵令息が当店で飲み食いした代金を肩代わりする義理はないのです。

 ですからヴェルナー侯爵令息が当店で飲食するのであれば、今後は正規の料金を請求させていただきます」


「くっ……僕はヴェルナー侯爵家の次期当主だ。

 僕を店に入れなかったことを僕が当主になったとき後悔するぞ!

 それでもいいのか!」


「では代金を前払いしてください。

 取り敢えず金貨六枚お支払いください。 差額はお帰りのさいお返しいたします」


「くっ……! 

 今は銀貨二枚しか持っていない」


「ではお帰りください」


「そこをなんとかしてくれ!」


腹が減って死にそうなんだ!


「目の前の通りをまっすぐ行って突き当りを右に曲がれば、格安の店が並ぶ通に出ますよ」


確かにあのへんの店は価格が安い。だが味は今ひとつなのだ。


鶏肉はパサパサしているし、味付けは塩だけだし。


「僕はこの店の料理が食べたいんだ!」


「どうしてもとおっしゃるのでしたら、こちら書類にサインをしてください」


「この書類は?」


「ヴェルナー侯爵令息が飲食した代金を、ヴェルナー侯爵家に請求することに同意していただく書類です」


「なんだそんなことか!

 父上なら喜んで僕が飲み食いした代金を払ってくれるさ。

 なんせ僕はヴェルナー侯爵家の嫡男だからな」


僕は何も考えず支配人から出された書類にサインした。


書類にサインをすると支配人は中に入れてくれた。


やった! これで好きなだけこの店で飲み食いが出来るぞ!


このときの僕は格式あるヴェルナー侯爵家なら、金貨の六枚や七枚を簡単に支払えると高を括っていた。


これから待ち受ける運命を知らず……僕は「バッケン」での食事に舌鼓したつづみを打っていた。




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