第8話 寒空と猟師の子
レオハルトがイェーガーと出会った場所は、コールドヒルの北部の森林地帯でのことであった。そこでは鬱蒼とした森と雪のコントラストが美しい場所であったが同時に恐ろしい場所でもあった。山やキャンプに慣れている者たちでも、その地域には滅多に寄らない。理由は二つあった。
一つは野生生物。
ヴィクトリアミカヅキグマを始めとした熊やイノシシ、そしてユキガケというここにしかいない中型のトカゲであった。幼児ぐらいの大きさのこのトカゲは雑食で何でも食べる。それが例え、人の子供であっても。
そして、もう一つはその入り組んだ地形だ。
谷や崖、そして木々の生い茂った場所。足場が悪く人間にとって移動が困難な場所をわざわざ出歩く者はいなかった。
イェーガーとイェーガーの居た家の者を除いて。
その場所に十五になるレオハルトが入り込んだことがあった。
それは起きて見る一度の悪夢でもあったが、同時にある奇妙な出会いのきっかけでもあった。
レオハルトがそこを訪れた理由は切迫した理由があった。
長女のテレサ。レオハルトが十五歳の頃だと彼女はちょうど十六歳であった。
彼女は一度誘拐を経験していた。アスガルドの敵は魔装使いだけではない。過激思想に染まった連中は魔装使いより厄介な敵であった。殺戮を正義と信じて止まない悪逆な狂信者どもは森を根城に破滅的な活動を繰り返していた。
テレサは数人の友達と共にその邪悪なテロリストたちに誘拐されていた。
要求はこうだ。
テレサとその友人を返してほしければ、仲間を開放し、オズ連合行きの星間船舶を手配しろとのことだった。
当然、カールは反対しすぐに数人の部下と交渉人と共に山中に向かった。それと同時にレオハルトもテレサの救出のため潜入を図っていた。
蛮勇も同然の行いであったが、テレサがみすみす殺されるのを待つよりマシだと彼は考えた。マクシミリアンは反対したが、隙を見て家を飛び出した。
その日の昼、晴れた冬のこと。レオハルトは一軒の小屋を発見した。
おそるおそる開けたレオハルトは中でうずくまっていた泣き声たちの正体を理解した。
少女たちだった。
何人かの少女たちがそこにいた。
そこにはテレサの姿もあった。縄でがんじがらめの人質が全員そこにいた。
「しー……静かに」
そういって持っていたサバイバルナイフで手際良く縄を切った。
まずはテレサ。そのあとテレサと共に少女たちを開放する。全員の縄を切った後のことだ。
不意に銃撃の音が響く。小屋の外、かなり遠くからのことだった。
「…………テレサ」
「レオ?」
「……この地図の通りに逃げるんだ。良いね?」
地元の人からもらった地図と動物避けの鈴をレオはテレサに渡した。
「い、いや!レオと一緒に!」
「まだ人がいる。人質かも。見てくる」
「危ないよ!」
「見捨ててはおけない」
「……レオ」
「早く!」
「……うん、気をつけて」
少女たちを避難させた後、レオハルトは小屋の裏へと回り込んだ。
テレサたちは小屋から東側に進む。林を抜ければすぐ道に出られるところであった。そこからならば警官隊の拠点に近い。
だが問題があった。
「……な、に……」
レオハルトはテロリストの鉢合わせを恐れていた。だが、予想に反した出来事がレオハルトを襲った。ユキガケだ。
ユキガケは片方の目から血を滴らせながらレオハルトの方に向かって突進する。当時のレオハルトは死を覚悟し、その場にで身構えた。
閃光。
粒子の直線がユキガケの頭部を粉砕する。
レオハルトはふらふらとその場に崩れ落ちた。
「……何者だ」
白い防寒着を着込んだ少年が狩猟用の粒子銃を持って木の上から話しかける。
「……ヤツらじゃないな。観光客でもなさそうだ」
木から降り立った少年はレオハルトに歩み寄った。そして警告する。
「……ここからは戦場になる。早く行け」
「……子供!?」
「急げ」
「……俺も戦わせてくれ」
「……無理だな。銃も持ってないだろ?」
「子供に人殺しはさせられない」
「おい、人のことは――」
そう言いかけた時だ。銃弾が少年の足をかすめる。その拍子に小さな体が雪の上に落下した。
「君!」
「心配ない」
少年は即座に敵の方角を向き、持っていた粒子ライフルで敵を射抜いた。敵が援軍を呼び再度反撃しようとするが、男たちは横から奇襲を受けた。
蛙が潰れたような声を上げ、テロリストたちは鮮血を雪原にまき散らした。白地の大地に鮮やかな赤が広がった。
「……なんとかなったな」
「でも失血!血が」
「……ぐ」
少年は顔を歪めていた。
「駄目だ。動かないで」
そう言ってレオハルトは少年の足の止血をしてやった。
太股から血が噴き出していたので、持っていた白のハンカチを即座に巻き付けた。押さえ込まれた止血箇所が白の布に覆われる。
「……名前」
「え?」
「あなたの名前だ」
「レオハルト。みんなからはレオって呼ばれている」
「名字は?」
「シュタウフェンベルグ。変わった名字でしょ?」
「……イェーガーだ」
「へ?」
「アルベルト・イェーガーだ。……お前に感謝する」
イェーガーは淡々とした素振りで踵を返そうとした。
「待って」
「なんだ」
「なぜ戦ってたの?」
「……親同然の叔父を殺された。だから仇を討った」
「……そんな」
「気にするな。もう……済んだことだ」
「イェーガー、無理をするな」
「俺に構うな」
「駄目だ。少しでも力になりたい」
そうやって押し問答を続けた後のことだ。
カールの怒鳴り声が響く。
「レオハルト!!どうしてここにいる!」
「……父さん」
「このぼんくらのバカ息子が!撃たれたらどうするんだ!」
特大のげんこつを食らった後、レオハルトはカールに引きずられていった。
「イェーガー!また話を!イェーガー!!」
そうしてレオハルトはカールに連れられて森林を出た。
イェーガーは心底不思議そうな顔を浮かべながらその姿をじっと見ていた。
彼の周りには警官と、カールの部下がいた。この奇妙で緊迫した出会いこそがレオハルトとイェーガーの出会いであった。
イェーガーから出た言葉はある種奇妙なものであったが、イェーガーにとって当然の発言であった。それは血の跡のあるハンカチが伴っていた。
「あの時のハンカチだ。返す」
「……イェーガー。どうしてここに?」
「カールには恩がある。天涯孤独の俺を引き取って面倒を見てくれた。軍人としてもな」
「そう……か……」
「仕事にかかる」
そう言って窓の外の敵をイェーガーは精密に狙いを定めた。ブラフもつけて。
その場にあった置き時計が投げられた。それが狙撃されたタイミングでイェーガーは飛び出した
わずかな隙間、小さな敵影、刹那の狙い。
呼吸。そして、引き金。
イェーガーは無事だった。
彼の頬に弾丸がかすめる。
そしてもう一発。
敵影の少女からガラス状の破片が飛び散る。
二人の敵を確実に仕留めていた。
「……完了だ」
「……」
「人が死ぬ場面は初めてじゃないだろう?」
「慣れない。それでも」
「……そのことも聞いている。正直分からない、どうしてそんな沈んだ顔をする?」
「……救える手段がなかったのかなって、思った」
「……否定はしない。だが、全てを救えるほど人間は万能じゃない。現実はきちんと見ろ」
「……わかった。見た上で理想を考えるよ」
「変わらないな。あの日から」
「これが僕なんだ」
「…………なるほど」
イェーガーは得心をした様子でうなずいていた。
「……お前がただの偽善者じゃないことはわかる。前もそうだった。……だからこそ死んではならない。カールが前に俺に頼んでいた。もしもの時はレオハルトを守れと」
「……そうだったんだ」
「ああ、さて俺は一度逃げることにする。警察には嫌われているからな」
「……待て」
「どうした?」
「……カールとヴァネッサのことを教えてほしい」
「……ビリーズキッチン」
「?」
「アズマのヘイキョウから移転したダイニングカフェがある。そこで話を聞こう」
イェーガーはビルからさっと逃げ出した。窓から逃げるには高さがあったため正面からイェーガーは駆け抜けていった。その場にはゴードン少佐とレオハルトそして時計だったものの破片だけが残されていた。
アスガルドの首都ヴィクトリアには、四つの地区が存在する。
古くからの町と言えるのは移住当初アルファポイントとも呼ばれたアルファフォート地区かブラウニー地区が存在する。アルファフォートの外れ、いくつかのネオンが存在する場所にその店があった。
ビリーズキッチン。
かつてはアズマの歓楽街で拠点を構えていたが、ある事件を境に移転したという。それは同時期に起こったギャンググループの破壊活動を恐れていたとも噂をされているが真相が定かではない。
店は隠れ家的な雰囲気で卵やライスを使った料理が絶品だった。
この店の隅っこにイェーガーは座っていた。
短く刈り込まれた黒の髪、意志の強そうな深緑の瞳。背丈は小さめだが、歴戦の老兵に勝るとも劣らない殺気のような雰囲気を纏っていた。
「ここのメシは絶品だと知り合いに聞いた。なかなかだな。アズマ人もなかなかの美食家だ」
「なるほど、ちなみにその人はいつ来る?」
「だいぶ忙しいからな、まだ時間はかかると思う」
「そうか。……僕も頼んでも?」
「構わない」
「……すみません!彼と同じものを大盛りで!」
レオハルトは店の店主に注文を行なった。すると奥の厨房からアスガルド原住民の男が出てきた。浅黒い肌で人の良い笑顔を浮かべた店主だ。
「あいよ!彼と同じエッグライスね!」
そう言って店主は厨房へと再び消えていった。
時刻は午後8時。遅めの夕食となった。
「……大盛りにすると結構出るぞ?」
「この体になってからカロリーが必要みたいでな」
「カロリー?」
怪訝なイェーガーにレオハルトは自分の腕を見せる。レオハルトがその右腕に力を込めると分身をしたかのように高速の振動が発生した。
「こういうことなんだ」
「……ふむ、メタアクト能力か」
「父の形見だ」
「詳しく聞かせてもらうぞ」
「ぜひな」
レオハルトの目の前にオムライスに似た山盛りの料理が運ばれる。
「家族にも連絡してある。さて、食事と共に話しをしよう」
「ああ」
イェーガーとレオハルトは目の前の食事に手を付け始めた。料理は絶品で店主の手際は極めて良かった。イェーガーとレオハルトの話し合いには長い時間が必要だった。
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