蒼の疾風
吉田 独歩
第一章 レオハルト覚醒編
第1話 嵐の男
その男はまさしく『風』だった。
一瞬で現れ、救ってくれる。子供のときからそうだった。彼の存在は台風とか竜巻とかに例えられた。かと思えば、今度はつむじ風とか疾風とかと形容されるように、一瞬で去ってゆくのだ。
彼の行いは『ある遠くの国にある言葉』を用いるなら『陰徳』と呼ばれるだろう。『ひそかに行われる善行』という意味だ。
彼の存在はまさしく『風』だった。
長々と書いてしまったが、この男のことはアスガルド共和国の人間ならもはや知らない人間はないだろう。
レオハルト・シュタウフェンベルグ。
これは正義と真実の物語。
正義だけではない。
そして、真実だけでもない。
両方を求めた男。ある『人たらし』の記録だ。
レオハルトは子供のときから、人気者だった。
共感する力に優れ、ユーモアも堅苦しい哲学談義もできた。老若男女問わず街の人気者だった彼はヴィクトリアシティ屈指の名家、シュタウフェンベルグ家の次男であった。
何もかも恵まれていたように見える彼には一つ悩みがあった。
父だ。
非常に厳格で、内外問わず恐れられた。通り名は『冷血のカール』。
軍人でトラウマを抱えており家族はみな気を遣った。
そんな父が唯一頭があがらなかったのは、母方の祖母であった。
マリー・オルガ・スターリング。
『銀髪の守護女神』。『アスガルドの生きた伝説』。『被虐の聖女』。
冗談みたいな逸話と渾名に事欠かない伝説の女大将軍だった。武術や戦術の弟子であった厳格な父は彼女と自分の妻にだけは優しかった。年齢を重ね、床に伏せることも多かったこともあったためでもあり、母が『被虐の星の下』に生まれたことも影響していた。このことは父の『厳格な態度を形作る要因』ともなった。
そのことは、勉強熱心なレオハルトも理解しており、祖母のことはいつも丁寧に気遣った。
祖母は父と違い、周りの人間を大事にしていた。若い頃の境遇もあって人間を大事にする習慣があった。生来、寂しがりやな一面を抱えていたこともあって彼女は家族を大事にしていた。そのためか彼女はレオハルトを溺愛し、レオハルトも祖母が大好きだった。
レオハルトが6歳の頃は、祖母は中年の婦人となっていたにも関わらずかなりに美人だった記憶があった。
自慢の銀髪は年齢とともに白髪になってしまったが、整った容姿は間違いなく若い頃、とてつもない美女であった事が偲ばれる。
祖母はレオハルトの自慢であったがプレッシャーでもあった。
ただ、そんな祖母から、人間関係に苦労した経験を聞いたこともあり、レオハルトには軍人ではなく教師として生きる夢があった。それは誰にも褒められない孤独な境遇の子供に希望を与えたいという強いがあった。
『褒めて伸ばすアスガルド一の教師』。
レオハルトはその夢のために、幼い頃から取り憑かれていたかのように勉学に励んでいた。
良い教師も悪い教師もいることはレオハルトも知っていた。学校社会の歪みも幼いながら、本やテレビの報道などで自主学習した。レオハルトはそれでもなお、理想を失う事はなかった。
現実の厳しさを学べば学ぶほど、レオハルトの闘志は高まった。レオハルトは生来の正義漢で、同い年の友達だけでなく、年上の男の子や大人たちが驚嘆するほどであった。
二歳年上の兄マキシミリアンをシュタウフェンベルグ当主とする意見が多かったため、レオハルトは教師としての道を目指そうと考えてた。
それはジュニアハイ、ハイスクールと成長しても変わらなかった。
レオハルトは兄マキシミリアンと共に学校創設以来の天才として誉れ高かった。
二人の成績は常に95点以上をキープし、球技に関しても熱心に打ち込んだ。マキシミリアンはフェンシング部にレオハルトは陸上部に所属し、そこでの大会でも優秀な成績を残した。
マキシミリアンは科学に強く、科学知識の論文を既に大学に持っていくほど優秀だった。
レオハルトは語学と歴史に堪能だった。母国語だけでなく、外国語は主要な大国の言葉が一通り使えた。
このように、二人は優秀な男としてその地域一帯に名が知れていた。だが、二人の間には大きな違いがある。性格だ。
マキシミリアンは父の教育の影響もあって、どこか厳格で潔癖なところがあった。つきあう人間が品行方正であることを最低でも求め、弱い一面を抱えた人間には嫌悪する傾向があった。自分にも他人にも厳しいところが、良くも悪くもマキシミリアンの特徴であった。
一方、レオハルトは社交的で朗らか、謙虚で温厚であった。人間の弱い一面には理解と共感を示し、可能な限り多くの人間に対し優しくあろうとした。その人情家な一面によって失敗も多かったが、彼の身の回りには常に多くの友人がいた。親友も多くできた。
ギュンター・ノイマンもその一人で彼との付き合いはエレメンタリースクール(小学校一年の春)の頃から付き合いがあった。
彼は温厚で知的好奇心に富み、成績はとても優秀だった。ところがマイペースで人に容赦なく意見するところがあり、クラスでは孤立気味だった。彼は上級生に絡まれることも多く、叩かれて泣く事も少なくなかった。
レオハルトはそんな彼を見かね、上級生を説得して彼を助け出した。これがギュンターとレオハルトの友情の始まりであった。
親友はもう一人いる。ハイスクールの頃、アズマ国からある一家が引っ越してきた。アラカワ一族と呼ばれるアズマのある一族だった。彼らは多くを語らなかったが、アズマを離れる必要があったと話してくれた。
そんな彼らの次期当主となるタカオ・アラカワと意気投合した。
幼い頃、母を亡くし、末の弟と生き別れ、父がその影響で病気がちになっていると悩んでいた。彼の悩みを聞くにつれて、レオとタカオは意気投合した。
温厚で聡明なレオと沈着で知的なタカオのコンビは有名であった。
『台風と千里眼』と渾名されたこのコンビは街にはびこる悪を懲らしめるためにヒーローのような活動をしていた。タカオは物事を見通す力が強く、彼が考えた作戦は未来予知をしたかのようにうまく言った。レオハルトのトークスキルは高く。頑固で人と衝突することも少なくなかったタカオの良き相棒であった。人情家で英雄的なレオと沈着な頭脳派のタカオ。
彼らの友情もこの頃から始まっていた。
そんなレオハルトだからこそ、もう一人のパートナーと呼べる人物とも仲良くする事ができた。これは本当に運命的であった。
マリア・キャロル。
彼女との出会いは親の代からの付き合いだった。
彼女は母アイリスの親友の娘であった。彼女との付き合いは、子供の頃からも最高であったが、大人になってからもその関係は続いている。互いにとって良き相談相手で、リラックスできる恋人同士であった。
実り多き青春を過ごしながらもレオハルトは勉学を極め、とうとうアスガルド共和国最高峰の大学、ヴィクトリア中央大学へと進学した。
18歳で。
しかし、その二年後にレオハルトのすべてを揺るがす事件が起きた。
それはとても不幸な事だが、同時に『真実の扉』が開いた瞬間でもあった。
再興歴322年。三月三十一日。レオハルトの誕生日の前日だった。
レオハルトは猛烈な勢いで勉学を重ねていた。歴史、語学、教育学あらゆる講義で優秀な成績を残していた。そのそばにはギュンターもいた。彼もまた医学、生物学、理工学などで優秀な成績をとっていた。
学ぶ学問の道は違えど、彼らの友情は健在であった。
その日も、いつも通りキャンパス内を散歩していた。
レオハルトはギュンターとその日の講義の内容を語り合っていた。違う学問の講義は互いにとってなかなか有意義で実り多き日々を過ごしていた。
「どうだった?ジョーンズ先生の講義?」
「……うーん、間違いじゃないけどね……。結論を急ぐところがあったな」
「そうなんだ。彼の講義は人気だけどね」
「たしかにね。ユーモアのセンスが凄いし、聞いてて面白いけど、あの言い方は誤解を招くだろうな」
「誤解?」
「……この国の歴史は分からない事が多いんだ。何となくだけど、誰かが真実を隠している気がする。再興歴という暦名だって、320年も前に『何か』があった事が由来だとしか分かってないんだ」
「ん?教科書だと『未曾有の災害』って……」
「そこなんだよ。そんな大災害があったなら記録を残そうとした人間が多くいてもおかしくない。……いったいなぜ?」
「うーん、それと今日の講義がどう関わるんだい?」
「……教授は、星が吹っ飛ぶほどの大爆発が起きたと言っているんだ。だけど、僕はこの国の軍艦がたまに行くって言う話を聞いた事がある」
「行くってどこへ?」
「……母星」
「……へ?」
「監視する必要があるとしか言ってなかった。おそらく隠し通しておきたいほど重大な事件に見舞われたんだ。国を揺るがすほどの……」
「……といっても僕たちじゃあ憶測の域を出る事はできないからな」
「……」
「……気になるけど、今は結論が出ないね」
「ところで、そっちの先生はどう?」
「……よくぞ聞いてくれた」
ギュンターは涙を流し始めている。
「嫌な先生に当たったか」
「そんなことない!彼はまさしく偉人だったよ!」
「偉人?」
「サミュエル・スティーブン・フリーマン教授だったんだ!」
「え!!」
レオハルトは驚愕した。宇宙物理学の世界的権威だった。
驚くべき事にギュンターは、彼の門下生となったのだ。
「……手紙作戦はバッチリだったようだな。おめでとう!」
「ありがとぉう!でもこれからが本番だな」
「結構気まぐれな先生だって聞くからな。がんばれよ」
「ありがとう!彼の下で勉強して、卒業後は共和国特殊技術研究所の研究員を目指すよ!」
「壮大な夢だ!友として誇りに思うよ」
レオとノイマンは握りこぶしを合わせた。
そのときだった。
「……?」
レオのモバイル端末にメッセージの着信を確認した。宛名は父。内容は一言書かれていただけだった。
『すぐに家に戻ってこい。危険だ』
「……え?」
「ど、どうしたの?」
「戻ってこいって……」
「ど、どうしたんだろう?」
「ごめん!また明日ね!」
「ああ、わかった」
レオはバイクに跨がって、自宅にまで大急ぎで帰宅した。予定が多くあったが一つ一つに断りの連絡を入れて謝った。レオハルトは不機嫌な様子で道路を走る。何かの予感を感じながら。
「……?」
レオハルトは背後のミラーを見たが不審なものを発見する事はなかった。
運命の時はもうそこまで迫っていた。
レオハルト青年の運命を永久に変える大きな事件が。
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