嘘つき男、お断り。⑥
「っ! 早く離れてください!」
「おお、怖い怖い。そんなに怒る事ないだろー?」
つい語気を荒げた俺に、ロナルド・オルティスは悪びれる様子も無くおちゃらけて見せた。
そんな俺たちの間に、救世主の如く姫様が割って入る。
「⋯⋯オルティス様、レオナルドを揶揄うのもそこまでにしてくださいませ。こんなにも怯えているではありませんか」
「姫様っ!」
姫様の助け舟に感動したのも束の間、聞き捨てならない言葉に思わず反論する。
「⋯⋯⋯⋯シャーロット殿下、私は怯えてなどおりません」
「え? ⋯⋯ですが、顔を真っ赤にして震えていたではありませんか!」
「っ! それは、余りのおぞましさにです⋯⋯!」
俺と姫様のやり取りを大人しく見ていたロナルド・オルティスは突然、大声で笑い出した。
「あははっ! あんた達面白いな! 気に入ったぜ!」
「⋯⋯⋯⋯」
「ふふっ。ありがとうございます」
何処となく馬鹿にされている気がするが、姫様は彼の言葉を素直に受け取り、お礼を言っていた。姫様に嫌味や皮肉の類いは通用しないのである。
それにしても、
——なんだか彼と話していると調子が狂う。こちらに好意的な態度だからこそ、拒否しづらいというか⋯⋯。
謁見の時にも感じた事だが、やはりロナルド・オルティスという男は人の懐に入るのがやたらと上手いのだ。だからと言って、俺が絆されてしまっては元も子もないのだが。
俺は今一度、姫様の結婚活動の最後の砦として、気を引き締めた。
「⋯⋯先程のオルティス様の質問の答えですが、私は孤児ですので親の顔も、出身国ですら分かりません。運良く陛下に拾っていただき、ここまで育てていただきました。ですので、たとえ生まれた国は違っても、このクレイン王国が私の故郷です」
俺を捨てた親の事が気にならないかと言えば嘘になる。しかし、両親の事は決して恨んではいない。
だってそのおかげで姫様や陛下達に出会えたのだから。
「⋯⋯へえ、」
ロナルド・オルティスは俺の話を何やら考え込むようにして真剣に聞き入っていた。しかし、話が終わると先程とは打って変わって満面の笑みになり口を開いた。
「俺も親に捨てられてスラムで育ったんだよ。歳も近いし、生い立ちも似てる⋯⋯俺たち仲良くなれそうだな!」
そう言ってロナルド・オルティスはにかりと笑い、肩を組んでくる。あまりにもスキンシップの激しい彼に、俺は動揺を隠せなかった。
これが彼なりの距離感なのだと分かってはいたが、周りにいる同年代の同性といえばジョージくらいで、彼とはこのようなやり取りはした事が無い。
そのため、こうした今時の若者のノリに免疫が無いのだ。
「ちょっ! いくら私と仲良くなったってシャーロット殿下の心は手に入りませんよ! 貴方はシャーロット殿下の婚約者候補になりたいのでしょう!?」
「おっ! それは俺と姫さんとの婚約を認めてくれたって事かー?」
「私は婚約を認める立場にありません! それに、先ずは婚約者 “候補 ”です。勘違いなさいませんよう!」
今度は姫様が俺とロナルド・オルティスのやり取りをにこにこと笑顔で見守っていた。やっとジョージの他にもお友達が出来たのね、という生暖かい視線がむず痒い。
「わたくしは問題ございませんわ。オルティス様、婚約者候補としてしばらくの間よろしくお願いいたします」
「おう、世話になるぜ」
「そうと決まれば早速、城の中を案内をいたしましょう! しばらく滞在されるのに、ご不便があってはいけませんもの」
✳︎
「⋯⋯それで、此方が食堂ですわ。食事は出来るだけ皆で揃って食べるようにしております」
姫様はロナルド・オルティスに意気揚々と城内を案内している。そんな姫様と彼の後ろに俺は大人しく着いて行く。
「そして此方がわたくしやレオナルド、各大臣達の執務室が並んでおります。後ほど彼らも紹介いたしますわね」
「ああ、よろしく頼む」
ロナルド・オルティスは初めてじっくりと見る城内に興味津々なようで、先程から忙しなくきょろきょろと辺りを見回していた。
すると、彼は一番奥の扉を指差し尋ねた。
「⋯⋯なあ、姫さん。ここも誰かの部屋なのか? 他とは違って随分と頑丈な造りの扉だが⋯⋯」
「この部屋は財務大臣のジェイコブが管理する部屋ですわ。此方に近づくと彼に叱られてしまいますので、オルティス様もお気を付けくださいませ」
「へえ⋯⋯。そりゃ気を付けないとだな」
先程まで姫様の話をにこやかに聞いていたロナルド・オルティスだったが、不意に笑顔が消え翠の目を細めた。
「オルティス様、どうかされましたか?」
常に笑顔を絶やさない彼の、ふと見せた冷めた視線が気になり声をかける。しかし、それも一瞬の事で、次の瞬間にはいつも通りの快活な笑顔の彼に戻っていた。
「いいや、何でもない。さて、今日はこれくらいにして、宿に戻るとするかな。明日から世話になるからよろしく頼むぜ!」
——今のは見間違いだったのだろうか。一瞬、彼の様子がおかしかったような気がするが。
「ではお送りいたしますわね!」
俺の視線に気付く事無く、姫様に続いてロナルド・オルティスは歩いて行く。
俺は、漠然とした焦燥感に駆られしばらくの間その場に立ち尽くしていた。
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