1000年ぶりに目覚めた「永久の魔女」が最強すぎるので、現代魔術じゃ話にもならない件について

水定ゆう

プロローグ

第1話 千年ぶりの目覚め

 血生臭い臭いがした。

 冷たい空気に乗せられて、全身を包み込むのは嫌な雨だった。

 透明なはずなのに、赤みがかって見えた。目がおかしくなったのかな。××はそう思っていた。


 澄んだ空気は少し前。

 あの青空は今は灰色に包まれていた。もくもくと覆いつくす灰色の雲。そこから滲んだ血の雨が降り注ぐ。あぁ嫌だな。


 目を閉じたくなった。

 不意に瞼を閉じて外界から意識を遮断する。そうしていると気持ちが少し楽になった。××は何かを失っていた。いや失い欠けていた。それを必死になって救い上げようと心に留めをしていた。


「やっぱり私は……」

「何言ってんの、ルカ!」

「はぁ!」


 真向いから声がした。

 そこにいたのは黒髪の少女。背丈はほとんど大差ない。可憐な顔立ちに白い肌。はっきりとした大きな瞳。服装はと言うと真っ黒で金色のボタンが付いた特殊な糸で編まれたコートを着ていた。


「セレナ」

「何思ってるの。死んだ方が楽なんてあるわけないでしょ!」

「別に私はそんなこと思ってない……」

「嘘。今本気で思ってた」


 セレナは本気で叱りつけていた。

 ルカはセレナに肩を思いっきり掴まれて体を揺らされる。その目は強い。


「どんなに辛いことがあってもそれだけは思ってちゃ駄目だよ」

「でもそうしないと、私の心が」

「大丈夫。ルカは強い。誰よりも強い。魔法使いになってもそうやって人を思う心があるのは天性の才能だよ」

「そんなこと……」


 ルカは首を横に振った。

 しかしセレナはもっと力強く肩を掴んで離さない。


「大丈夫。大丈夫だって。だからルカ、貴女は最後までそうでいて」

「そうでいてって、何を?」

「私はルカみたいにはもうなれない。だからルカは誰かのために笑うことができて、悲しむことができる。そんな人になってよ、約束だよ」

「約束って……呪いはやめてよ」

「分かってる。でもそうなりたいんでしょ?」

「やれるだけのことはしてみるよ」

「ありがとう」


 そう言うと、セレナの手が離れた。

 まるで力がスッと抜けたようで、ルカはセレナの腕を掴もうとした。


「待って……」

「大丈夫、ルカは強いから。だからきっといつか……

「よく聞こえない」

「いつか……」


 優しい声。その笑顔はとっても素敵だった。

 だけど声は枯れてしまい、よく聞き取れないでいた。でも分かった。だからルカは——


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 部屋の中。椅子に座り机に突っ伏せる。

 上半身を倒した少女は、朧げに目を開けた。


「ふわぁー」


 大きな欠伸をした。

 薄っすらと目を開けた。最初に映り込んだのは大量に山積みになった本だった。見たこともない文字で書かれた表紙。そこにあったのは少女の持っている本だった。


「ふわぁー、よく寝た」


 少女は目を擦る。

 腕を上げて体をほぐした。寝ぼけ眼を無理矢理見開き、くしゃくしゃになった白紙のページを見返した。


「こんなにくしゃくしゃになってる。よっぽど眠ってたのかな?」


 白紙のページ。乾いた羽ペン。固まったインク瓶が机の端に押し当てられる。

 どれだけの時間を過ごしたのか。時計の文字盤を見てみると、単身が一時を指している。長身は少し単身を過ぎた程度で、外の色は青かった。そこから判るのはお昼時。


「魔導書を書きかけにして眠るなんて。一回外に出よう」


 少女は家の外に出ることにした。

 窓から差し込むのは暖かな日差し。けれど不自然な点が見られた。

 それは日差しの入りが鈍いからだ。確かに少女の判断は間違っていなかった。家の外はしっかりと刈り込んだ樹木に覆われている。それでも日の入り具合から数年は大丈夫にしていた。しかし明らかに暗いんだ。

 そこで早く家の外に出た。

 するとそこに広がっていたのは予想していないものだった。


「なにこれ?」


 少女は固まってしまった。

 家の真ん前を覆うのは非常に発達した樹木たち。天高くそびえる木々たちの葉っぱは光を独占しようと遮る。

 だけど少女は気づいていた。こんなことありえない。

 魔法が使われた形跡もないことから、ある核心を抱いた。


「もしかしてかなり経ってる? それこそ年単位で」


 少女は体から力が抜けて崩れた。

 それがルカが最初に見た光景。この時のルカの脳裏には目録としてはっきりとした数字が思い描かれていた。

「やっぱり千年は経ってるんだ」


 呆れてものも言えなかった。

 だけどその発想は正しく、しっかりと証拠も残っていたんだ。

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